第15話



クローゼットの中で、若い二人は指を絡め、お互いの震えから、むしろ同調し、一体感が生まれていた。



ヤスオは現状を咀嚼(そしゃく)し、ゆっくりと語りかける。



「今から喋る言葉は、独り言だが、自分の心の内側をさらけ出した本心のみだ」



「俺には宝物がある」



「その宝物は、この世のすべて、何にも替えること叶わぬ宝物だ」



「俺はその宝物を、この身千切れようとも、すべてをなげうってでも、命を賭けて守る!!」



その瞬間、タケルはユリの肩がすぼまるのを感じ取った。



「この16年間、職場の上司の機嫌を損ね、左遷(させん)にもあった」



「ホワイトカラーで入社し、この不況に煽りをうけ、リストラの危機を脱するため、ブルーカラーの末端になり下がり、収入も減った」



「力仕事でギックリ腰になろうとも、以前は部下だった男に『おい!』『そこの!』『出来損ない!』と名前ですら呼ばれなくなり、足蹴にされ、ツバを吐かれようとも、頑張れた」



「俺は幸せ者なんだ」



「たった一つ、たった一つだけでも、決して逃げてはならない支えがあるからだ」



「親子ゆえの恥じらいか、いや、近すぎて、あまりにも当たり前すぎて、言えなかった言葉」



ヤスオは膝をついた。



「生きていてくれている。それだけで幸せにしてくれる」



「たから」



「16歳になる宝だ!!」


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