プレイ・1


 私たちの遊びは、一般的な男女のアレコレとちょっと異なる、いわば特殊なものだ。括られた枠は割と知られているんじゃないかな。いわゆるSMプレイってやつで、性的倒錯とも言うんだっけ。世の中を探せばそこそこの仲間が居ると思う。だけど、やっぱり一般的な観点から見ると、へんてこで気持ち悪いとも思われちゃうんだろうなってわかってるから、仲間を探す。今回の相手になるおじさんは広義で言えば同じ枠に括られるんだけど、狭義で言えば同じ趣味とは言えない。お互いに妥協し合って、会うことを決めた。


 遊びの間、私は着衣のままで、相手は全裸になる。セックスもオナニーも、キスもしない。相手のちんちんにもノータッチ。メインディッシュは暴力にも近い。接触はあんまり得意じゃないけど、すごく嫌いでもないからキスが出来ない代わりにハグをした。へんてこだけど、これが私たちのセックスの形なんだと思う。



───ねえ、志穂は好きな人いないの?



 亜希に言われた時、私は苦笑するだけに留めたけど、あの時私はどう答えようか迷ってた。だって私はへんてこだから。きっと知られちゃいけないことだ。きっと気持ち悪がられることなんだ。亜希に嫌われたくなかった。亜希に変な目で見られたくなかった。だけど、だけど、自分を変えることも私には無理だった。だって、これが、私なんだもの。


 普通の女の子みたいに、男の子を好きになってみたい気持ちはある。だけど、私は好きになった相手からキスやオナニーやセックスみたいな私にとって嫌なことをされるのが嫌だし、好きになった相手には相手にとって嫌なことをしてしまうのが嫌だし、だったらどうすればいいんだろう。私はたぶん性嫌悪ってやつで、それなのに私の愛の形はSMプレイだし、もしかしたら場所が違えば同じような趣味を持つ同級生にも出会えたのかもしれないけど、今現在の環境ではそんなことにはなってなくて、自分の異常さばかりが目立つんだ。地味で目立たないのが取り柄の私が。


「大丈夫、緊張してる?」


「えっあっ…うん、してるかも」


 つまんだおせんべいを食べる手を止めて、考え事に勤しんでいた私に、おじさんは心配そうに首を傾げた。


「緊張しないで、大丈夫。志穂さんの好きにしていいから」


「うん…楽しんで。えっと、お風呂入る?」


「そうだね」


 おじさんがワイシャツのボタンをぷちぷち外している。へんてこだ。私は何をやっているんだろう。


「志穂さんはお風呂入る?お湯溜めておく?」


「私は終わったあとでいいや。お湯張りはどっちでもいいよ」


「じゃあお湯入れておくね」


 おじさんが浴室に入った。ベッドの脇に畳まれず脱いだままの形の服が散らかっていて、笑う。『おじさんが持ってきた黒いバッグ、何が入ってるのかな?』って思って、私はそっとジッパーを開けた。中からは、たらいと500mlのシリンジと数本の麻縄、ガムテープや金槌が乱雑に入っているのが見て取れた。大人の道具だ…これを何に使うのかなんとなくわかるけど、私は使えないなあ。ゴツゴツしていたのは盥だったのかな。浴室を窺いながらまたジッパーを締めて戻した。シャワーの水が磨りガラスやタイルの床に当たる音が、浴室から聞こえていて、漏れ出た湯気と一緒に石鹸の香りがしている。


 おじさんが戻ってくる前に、いろいろ物色しておこう。ソファの近くの机に、車の鍵と財布が置かれているのを確認してついでに財布の中身も確認する。車の鍵はそっとソファの影に滑らせて隠した。隠したことに特に意味はない。なんとなく、なんとなく。財布にはお札がわんさか、なんてことは全然なく、正直、大した金額も入ってなかった。よくわからないカードばかりの財布。現役女子高生と会うっていう体験は出来たんだからその料金はまあ前払いってことで、諭吉を一枚引き抜いて、財布を元あった場所に戻した。



 ほどなくして、おじさんがお風呂から出てきた。バスタオルが小さく見える。おじさんは全裸で、暑い暑いと独り言をつぶやいて、ベッドに向かい、頭のところのパネルをいじってエアコンを入れているようだ。おじさんのちんちんがぶらんぶらんしているのを、私はチベットスナギツネの目で見ていると、おじさんがベッドによいしょと座って私に言った。


「さて、俺はどうしたらいい?」


「そうだね…とりあえず、ベッドの脇そこに膝立ちして」


指示されたおじさんは、脇に膝立ちをして頭の上で腕を組んで目を閉じた。


そして私は、おじさんの玉を下から抉るように爪先で蹴り上げたのだった。

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