遊びの話

無垢

 すすむさんは、ベテランさん。職業は配送業。大柄な体躯で、筋肉質。肌色は小麦色より浅黒い。顔は50代の割には若々しい。広い額に、それなりに高い鼻と落ち窪んだ眼窩、隈と間違えそうな涙袋。アプリでメッセージ交換してから、LINEも交換した。その折に見せてもらった写メだったが、印象として、控え目に言っても、彼はイケメンではなかった。だけど、配送業という世間知らずな私にも身近な、といっても通販の配達員との交流や、年賀状のアルバイトをした程度だけど、職業あるあるなんかも交えて面白い話をしてくれた。の話もした。仲良くなる前にお別れしてしまう人ばかりだったから、会話が続くこと自体が私には珍しく、楽しく、たくさん話をした。直接話したことはなく、文字のやり取りをしながら、7月の時点でから半年が過ぎていた。


 進さんとの待ち合わせの日は、朝からジリジリとした日が射していた。夏休みに入ったため、私は制服ではなく普段着を着ていった。白いタンクトップに黒地にピンクの模様のある半袖のパーカーを羽織り、黒い編み上げホットパンツといういでたち。おしゃれ初心者なので、ダサいとかは飲み込んで欲しい。待ち合わせ場所はいつもの駅だったけど、進さんは車で来るって言ってた。私は身構えていた。今まで車持ちと会うのは避けていたから、とても緊張した。私の拙い想像の中では、うっかり港に運ばれ売られたり、山に運ばれ埋められたりするのではないかと考えて怖かったんだけど、私の中のちょっと自暴自棄な部分が、それでもいいんじゃない?なんて思ったので、それが私のなけなしの行動力を押したらしい。

 待ち合わせ場所には進さんは現れなかったが、代わりにLINEが来た。



[ごめん、駅前に車を停められないんだ。少し移動してくれないかな?]



 大通りまで出ると、私の前に進さんらしきおじさんが乗った黒いセリカが停まった。曲線が綺麗な黒光りしたスポーツカーだ。背中というか後部には羽が付いている。すごい。絵に描いたようなスポーツカーだ。やばい。こういう遊びをするおじさんだけに、お金持ちっぽいなと思った。進さんは、車内から助手席のドアを開けて私を招き入れた。私は緊張していて、上手く笑えなかった。

 私が身構えていたのは、初対面の車持ちには注意すべし、と漠然と思っていたからだ。だから私は今まで、車持ちとは会わないと決めていた。だけどその日、私はその車に乗った。これは一種のチャレンジだった。


 それから私たちは、というか私は、車に乗せられ数分揺られて運ばれて、高架下の駐車場まで行って車を降り、そこから程近いホテル街の端っこにあるラブホテルに入ることになった。進さんは車から降りると、トランクを開けた。トランクから出てきたのは黒い大きなボストンバッグだった。触ってみるとゴツゴツした金属の感触がした。それにとても重そうだ。

 「これは遊びの道具だよ」と進さんが言った。

 ホテルまでの距離はほんの少しだったけど歩くので、私は手持ち無沙汰で彼と手をつないだ。女性とスキンシップを取ること自体がご無沙汰だって話だったので、お手手繋いだり腕を組んだりしてあげようと思っていたんだけど彼の隣に並ぶと私は見上げなければ相手の顔色が覗けないくらい体は大きいし、体格差もあって、腕は組めなかった。握った手のひらは乾いて暖かくて大きかった。



「まるで親子だね」


「俺の子供は君とそんなに変わらない年だから、まあ親子みたいなものだよね」



 ホテルに到着すると、いつものようにパネルに表示された複数の部屋から選んでボタンを押し、目線の隠れた受付で会計を済ませて、私と彼は軋んで揺れるエレベーターに乗った。部屋は403号室。渡された鍵には、ホテル名と部屋番号が書かれた半透明でオレンジ色のキーホルダーがついていた。旅館みたいだなと思った。


 部屋に着くと、私は遊びのルールをそれとなく話しながら、備え付けの棚から粉末のお茶を取り出して、備え付けの電気ケトルでお湯を沸かした。棚にはお茶菓子としておせんべいの小袋もあったので、封を切って早々に食べ始める。まずはリラックスが必要だ。


「そういえばなんて呼べばいいですか」


「なんでもいいよ。進は本名だし、進さんでもおじさんでも」


「じゃあ、おじさんで」



その日、私はおじさんと会いました。

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