日々の話

思考・1

 抑揚のない声で説明しながら背中を向けて板書する、壮年で枯れ枝のように華奢な教員は歴史の木ノ原先生だ。昼休みを終えた五時間目。机に突っ伏して寝る男子や、教科書に重ねた雑誌を読む女子もいる。木ノ原先生は、積極的に生徒へ注意をしないと定評のある人で、静かにしてさえいれば何をしていても文句は言われない。


 私もスマホを堂々と机の上に置いている一人で、板書の合間にスマホをいじったりなどしている。さっきから私のスマホのLEDは明滅しっぱなしだ。慣れた手つきで画面をスライドさせると、とあるアプリを開いて通知を確認する。


 通知は、ちょっと特殊な出会い系アプリからのもので、なんで通知が来ているのかといえば、私が昨晩


[誰か暇な人遊びませんか?]


とスレッドを立てたからだ。

 たった数時間おいただけなのに、通知が画面を埋め尽くしているしその通知もひっきりなしに増えている。自分で立てといてなんだけど、よくもまあこんなありふれた文句に食いつくものだと呆れるところ。(彼らが自称する)身長と体重、職業や居住地などの情報から、自分の好みで数人をピックアップしてメッセージを交換する。数回のやり取りでできるだけ安全そうな相手を選んで、会うのだ。


[ホテル代のみ、負担お願いできますか?]

 金銭を要求しなければ、レスはつきやすい。


[すぐに会いたいです]

 やりとりの時間が惜しいわけではないが、ひと晩限りだと相手にもわかりやすい。


 遊びのわかりやすいフレーズだ。

 私は今日も、慣れた指で文章を打ち込んだ。



 一晩限りの束の間のぬくもりにだって、チョイスは大切だ。

 私は甘ちゃんの世間知らずだと自分のことを思ってるけど、遊ぶ時間を提供してあげてるんだもの。その時ばかりは、私にも役割があてがわれるんだ。だから、そこに私と時間のお値段をつけたって、文句は言われないはず。欲張りすぎなければ、だけど。一夜限りの相手に気持ちを添えたお値段を。お値段は、お金だけとは言ってない。私の場合は事後に「お気持ち」をいただいている。



───社会的に誰とも繋がれないならば、それは人間ではない───

 って、社会学の先生が言っていたの。だから私は、自分は人間じゃないんだなって、そんな気がした。


 私は目立つ生徒ではない。白い肌も細い手首も、儚さというよりは不健康さからくるものだし、かといって成績もドベじゃないし、突出して良い成績があるわけでもない、可もなく不可もなく。どこにでもいそうな、その他大勢のうちの一人…と形容される。それが私、深山志穂だ。



 地味な容姿、流行りものには疎かったし、協調性には欠けてどこか浮いた存在だと自覚もあるけれど、その地味さばかりが際立って、自分を茂みの中のただの雑草にしてくれた。友達がいないわけでもない。良い意味でも悪い意味でも、目立たない。

 人気者ではないが嫌われ者でもない、クラスメイトともうまくやっていける。



 私の家族は変わってる。俗に言う変人ってやつだと思う。他の家族がどんな形か知らないから、たぶん変わってるって思ってる。でも家出をするほど嫌なわけじゃなくて、ただ変わってる家だなって思ってるだけで、特段強い不満があるとかじゃない。

 クラスメイトから聞かされる家族像と、そう、ほんの少し違っているなってそんな認識。



 私は、頭の中で何かを思い描いたり、自分のことを考えるのが好きな方だ。口に出すよりもまず考えるから、いつも何を考えているのかわからないと言われてた。今よりもっと小さい頃は不思議ちゃんとも言われた。今は気を付けて雑草の一本になれるように努めている。


 現在も過去も、とりとめなく流れ続けて、今は実在するのかわからない。私が私で有り続けるために、私は思考をやめない。考え続けることが、私という存在を、残し繋げることだと思っていた。思考を止めたらきっと自分は自分ではなくなるのだと、無心にそう思えてわけもわからず漠然と不安だった。


 知らないことは、知るまで、それを知らないからだ。それは、当然のことではあるが、知るまで気づかないんだもの。


 あとにして思えば、それは随分と遠回りな道のりだったんだ。


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