少女S

ぶいさん

始まりの話

好きな人はいますか

 春は始まりの季節、と誰かが言った。


 ここは関東のとある高校。風で土埃が舞うグラウンドの先で、白い光に照らされている校舎の中の、とある教室。午前の授業を終えて、昼休みが始まる。少年少女たちの賑やかな会話や雑多な喧騒に満たされていた。向かいの車道から聞こえる車の排気音が遠い。窓から見える道路は排気熱で揺らいでいた。


 窓際の、後ろから数えたほうが早い席に私がいる。焦茶色の髪、ほんの少し伸びてしまったストレートボブ、日焼けしていない少し白い肌。白いブラウスの袖先から覗く細い手首。紺色のスカート。幼さの残る顔。私だ。よくも悪くも目立たない生徒、それが私、深山志穂みやま しほだ。


「ねえ、志穂は好きな人いないの?」


きっかけはクラスメイトである亜希からの何気ない問い掛けだったような気がする。

 私はきょとんとして、数秒ほど中空を見つめては考えて、問いにかぶりを振りつつ曖昧に笑う。


「うーん…特には、今のところはいないかなあ…」


 御法川亜希みのりかわ あきは、私のクラスメイトだ。出席番号が私と1つ違いで席が近いのでなにかと亜希とお喋りすることが多い。亜希は自分が喋り倒せば返事はなくてもそれでいいといったちょっと押しが強いところがあって、けれどそれがあんまりおしゃべりが得意じゃない私とは相性が良かった。

 くせっ毛を指先で弄りながら、亜希はなんともなしに尋ねてきた。地味で目立たない私とはタイプが異なる、肩まで伸ばした髪は赤味を帯びた茶色でそのせいか髪の毛が重くならずふんわり軽く見える。健康的な肌色に快活そうな笑顔。色つきリップにチークをはたいただけの薄い化粧。可愛らしい小さなぬいぐるみのついたストラップがいくつもスクール鞄からぶら下がっている。


「ふーん…つまんないのー。あっ、それでね……うん、そうそう───」



 机に掛けられた半開きのスクール鞄の中から週刊誌を取り出した亜希は、私に向けて頁を見せてきた。このアイドルがどうのとひとしきり喋ったところで、興味はすぐに逸れ別の話題に移った。

 目を上げると、賑やかな声を上げていた男子グループはそぞろ歩いて談話コーナーへ移動したらしい。教室には自分たちを含め、異なる女子のグループがまばらに残り、髪色の派手な女子たちは姿が見えなかった。おそらく今日も屋上へ行っているのだろう。屋上は彼女らのたまり場になっている。

 亜希だけではなく、女子の話題は毎日飽きもせず特別変わることもなく、現在やっているテレビ番組のことだとか、ドラマの登場人物に想いを寄せては誰が好きだとか、主題歌を歌っているバンドでは誰が好きだとか、そういった話で塗りつぶされていた。


 私は流行りには疎くて、そういうものはよくわからないし、興味もさほどなかったけれど、亜希がいつもあまりにも目を輝かせて楽しそうに話すから、ふんふんと相槌を打って聞いている。亜希の口からとめどなく流れる話し声も、周囲の喧騒も、耳を抜けて流れていく。会話として成立しているのかいないのか、私からの返事が生返事でも亜希は気にしていないようだ。

 目の前の彼女が今日も楽しそうでなによりだ。


 私は手元で絶え間なく明滅し続けている携帯を横目で触りながら、目の前で話し続ける亜希に、意見を求められては曖昧に笑った。


「私には、よくわからないかなぁ…」


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