第32話「メンヘラ姫様とドエス女王様」

「ど、どうしましょう……。本気でどっかいっちゃったんでしょうか?」

 マリンちゃんは涙ぐみながら、そういった。これを発見してからマリンちゃんは警察に相談するかどうかずっと悩んだあげく、とりあえずわけわかんないから、ふて寝していたらしい。そこにタイミングよく俺たちが現れたのだった。


「ま、まずは警察だろう。可能性は低いだろうが、この字がマキナのものと決まったわけじゃない。もしかすると誘拐かもしれない。」

 マリンちゃんが無事で、マキナだけ誘拐される可能性は低いと思うが、失踪ならば取り合えず警察に頼るべきだろう、女の子の失踪なら彼らだって真面目に動いてくれるさ。


「で、でもその心配はないと思います。あの、LINEでビデオメッセージ来てましたから。」

「な、なんだよ。それを早くいってくれ。早速だが僕もそれが見たい。」

 そういってマリンちゃんは、ゴリゴリに装飾してあるカバーのついたスマホを取り出した。装飾が、血まみれの女の子が、リンゴを刺すデザインなのはもはやそれが何の暗示なのかわからないが、マリンちゃんが相変わらずメンヘラなのだということだけはわかった。

 マリンちゃんは僕らの方にスマホを向けて再生ボタンを押した。

 画面にはどうやら屋外にいるらしいマキナが映っていた。バイクでどこか向かったのだろう、ライダーズスーツを着ている。


『マリーン、おはよう。書き置き見てくれた?それともこっちのメッセージの方が先かな。あのさ私マリンより好きな人できちゃったから、その人と旅に出ることにするね。結構、長い旅になると思う。でもね、必ず会えるから、いつかね。まぁでも待っててとは言わない、待たなくていいよ私のこと。マリンはマリンの幸せを見つけてほしいの。でも誰かに依存してなきゃ生きていけないなら、あの童貞の先輩と一緒にを探すのもいいかもしれない。』

 そういって、一度呼吸を置いて再びビデオのマキナは話を続ける。


『その部屋の家賃とかは私が払っていくから、気にせずに使ってていいからね。っていうかその部屋買っちゃったから、自由に使っていいよ。うん、マリンの生活費までは面倒見れないけどそれは大丈夫だよね。』

 買ったって、マキナはそんなにお金持っていたのか。


『ごめんね、マリンのこと好きだったのは嘘じゃなかったんだけど、人生をかけてみたい人に出会っちゃたからさ。だからみんなに会わずにに出ていきます。警察とかに言わなくても大丈夫だからね。それじゃあね、マリン愛してるよ。』

 ふとマリンちゃんを見ると、また涙ぐんでいた。何度もこれを見て泣いたのだろう。よく見ればまぶたのあたりがはれあがっている。なんてひどい女だろう、マキナは。


『あと、あの童貞の変態マゾ先輩にもごめんなさいとありがとう言っておいてね。ひょっとして今これを見てるかな。じゃあ言っとくか、太陽先輩、言わなかったけど先輩のこと結構好きだったよ。でも先輩があんま本気じゃなかったよね。先輩が本気で好きになれる相手が現れるといいね。』

 な、なんだと、この女、最後にそんな爆弾を俺に残していく気か、なんだよ、好きだったんならなんで俺を置いてどこか行こうとするんだよ。ちくしょう、俺までなんだか、涙があふれそうじゃないか。

 ちらっと畑を見ると案の定、俺を見てにやにやしてやがる。


『それじゃあね、みんな。また会おうね。』

 そこで映像は終わっていた。

 マリンちゃんのLINEにはおびただしい量のメッセージがマキナに向かって送られていたが、すべて未読のようだ。なんか最後の方はほとんど、「死ね」と「死ぬ」なんだけど。あぁ、まぁそりゃマリンちゃんはふて寝するしかないな。


 3人の間に沈黙が訪れる、三人中二人が失恋したようなものだから仕方ないのだが。そういえばマリンちゃんと僕は恋敵だったのだが、そろって誰かもわからないやつに敗北してしまったのだ。

 そして最初に口を開いたのは、この件にあまり関係のない男、畑だった。


「……ま、気落ちしてるところ悪いんだがよ。マキナがいなくなったのとソラがいなくなったのは果たして偶然かな。」

 畑は僕ら二人の両方の顔を交互に見ながらそうやって聞いてきた。僕に聞いてきたのだろうが先に口を開いたのはマリンだった。


「そ、ソラ君もいなくなったんですか?」

 そうかその話をしに来たのに、目の前の衝撃にそれを伝えるのをすっかり忘れていた。


「あぁ。ソラも昨日から話ができなくなっている。マリンちゃん昨日マキナを最後に

見たのはいつだい。」

 僕はマリンちゃんにそう尋ねた。


「……えっと、12時に私が眠るまでは覚えてます。あぁでも何時ごろかわからないけどバイクの音が聞こえたような気がするから、その時に出ていったのかもしれないです。」

 12時まではいたのか、あっそうだLINEのビデオの時間みればいいじゃないか。

「マリンちゃん、もう一度スマホかしてくれ。」

 半ば強引にマリンのスマホを奪って、僕は先ほどのビデオの投稿された時間を見る。

「午前3:12か……。」

 僕が畑に起こされたのは午前4:30、うーん千葉港を出たのが何時だったかな、2:30とかそんなもんだったんだろうか。

 いろいろやったけどあっという間だったからね。速攻でビルに潜入して、姫を助けて高速道路突っ走って、なんだかんだ1時間くらいで片づけたのか。

 だからそれで考えると僕がソラの最後の声を聞いたのも3:00位ってことになるのかな。


 そして畑が口を開いた。

「この映像なんだが、これ海の音聞こえるよな?あとたぶんマキナが背にしているのはコンテナだと思うんだが、これってひょっとして千葉港なんじゃないのか。」

 確かにわずかだが海の波の音が聞こえる気がする。あとは汽笛のような音も。

 そうだよな、僕もなんとなくそんな気がする。

 もしこれが海ならば向かったのは千葉港の可能性が高い。


ソラとマキナが同時にいなくなったのは偶然なんかじゃないとするならばだが。そして、おそらく偶然などではないだろう、何らかの意図で二人はここで待ち合わせた。

 目的が何かはわからないが、十中八九、今この二人は行動を共にしてるはずだ。


「あのマリンにはよくわからないんですが、マキナ様が一緒に旅に出る相手はソラ君ってことなんですか?」

 マリンは、テーブルに両手をつけて上半身をグイと僕と畑に突き出すようにして聞いてきた。

「根拠があるわけじゃない、タイミングと状況的にそう思うだけだけどね。マキナが好きになった相手というのはソラだろう。それがいったい何を意味をするのかはわからない、が今はとりあえず、千葉港に行ってみようと思う。もしかすると何かがわかるかもしれない。畑、車を貸してくれるか?」

僕は畑の顔を見る。


「乗り掛かった舟だ、運転もしてやるよ。」

畑は車のキーを指で回しながらそう言った。相変わらずなんていいやつなんだ。僕たちは一生友達だよ、畑。


「マリンも行きます、こんな形で振られたままなんて絶対いや。」

そういってマリンちゃんは立ち上がって、そのまま玄関に向かおうとする。


あの、マリンちゃんせめてその目のやり場のない格好を着替えてくださいね。

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