第12話「男だってコイバナしたい。」

 千載一遇の童貞喪失チャンスを迎え、僕には是非もなかった。

「お……」

 としゃべろうとした僕をさえぎったのは、マキナだった。


「先輩、チャンスじゃなくて、ピンチだから。おちついて。大体マリンが考えてることはわかる」


 ――なに、チャンスじゃないだと!?

 マキナってやつは、僕に抱かせてくれないばかりじゃなく、僕の他人との恋まで邪魔する気か?

 しかし、マキナはそんな僕の思いとは無関係に話を進める。


「マリンあんた私に復讐したいのね?あんたの気持ちに答えず、しかもあんたから、河原を奪った私が憎くて、復讐する気ね? マリン、あんたしばらく私んとこ来なよ。……私が一緒にいてあげるから」

 怒りのせいなのか困惑のせいなのか、なぜかマキナは涙ぐむような声でそういった。

 

 が、マリンは間髪入れずに、「いやだよっ、この変態レズブスが、あんたんとこ行ったら、どんなイヤラシイことされるか分からないじゃない!」

 というひどい暴言を今度はハイトーンボイスで叫ぶようにして放った。


 もう、声のトーンが常に違うから、どれが正常なのかわからない。こりゃあ、もしアニメ化されたら声優さんが大変だな。

 

 しかし、マキナも負けずに強い口調で返す。

「でも、太陽先輩のところには行かせない。私はマリンを助けるつもりだったけど、結果マリンを助けることにはならなかった。せめてマリンのことは私が最後まで面倒みる、見させてマリン。これは私の責任よ……」

 こんな必死なマキナを見たことはない、目には涙を浮かべている。しかし、いつになく強い口調だった。


「私のこと好きなだけでしょこの変態。一緒にいたいだけじゃん。なにかっこつけてんのよ」

 そう答えるマリンの口調は厳しい。

「そうよ、あなたのことが好きなだけ。悪いっ?あなたと同じことしただけ。」

 感情的なトークが二人の間を交差する。

 男二人と宇宙人には口をはさむすきがなかった。

 そういやこの宇宙人しばらく何も話してないけどいいのか。お前メインの話じゃないのかこれ。


「ふーん、だったら『この変態マキナと一緒にいてください。ご主人様』って言ってみなよ。土下座しながらねっ。そうしたら、あなたのところに行ってあげる。私のこと愛してるなら出来るよね? それともやっぱ口だけ?」


 突如とんでもないことを、恐ろしく冷たい声で、そして蔑むような眼でマキナをみながら、マリンは言った。

 もちろん、僕はいやこの場の全員が『なにを言ってるんだ、マキナはマリンちゃんを助けたんだぞ』と思ったが、とても口を挟めるような空気じゃなかった。


 そんな提案をマキナが受けるはずはないおもってたが、少し間をあけた後、


「わかった……」

 といって、マキナは頭を床にこすりつけるのだった。そして命じられるがままにマリンの要求した言葉を放つのであった。

 そんなマキナの姿を見たくなかった。


 僕はただこの壊れた状況についていけず、ただただ立ち尽くし、何もしゃべることも、何も考えることも出来なかった。



  ☆彡☆彡☆彡



「太陽はマキナの気持ちわかったのか。」

 ソラは、マキナがマリンを自分の部屋に連れ帰った後、そう聞いてきた。


「土下座した気持ちってことか?どうかな、その場の勢いってやつなのかなぁ。俺に女の気持ちはわからないよ。」

 僕はすでに空になったジャックダニエルのグラスの氷をまわしながら考える。

 実際僕はあの土下座を止めようと思った。そりゃあそうだろう、意味が分からない。マキナはマリンを救おうとした。結果がどうあれそれは事実だ。

 

 それなのにあの女はマキナを悪者扱いした。とんでもないメンヘラくそ女だったのだと思う。それにしてもなぜ土マキナが下座する必要があるんだ?

 あんなの俺の知ってるマキナならきれいなハイキックを決めて、ぶっ倒してるはずだった。


 あんなマキナは見たくなかった。絶対土下座なんてさせたくなかった。しかし俺の体は動かなかった。というよりあの場面での思考は止まっていた。

 いま、こうしてこう思うのはまさに結果論だ、結局どうにもできなかっただろう。


 自己反省を続ける俺をよそに、畑が見解をソラに話す。

「ソラ、太陽にその質問に答えるのは難しい。たぶんほんとに何もわかっちゃいないからなこいつは……」

 畑はまだ僕の部屋にいた。腕の歯形がまだ痛々しい。

 畑は自分でグラスにウィスキーを注ぎ、ストレートでそれを飲み干す。


「なんだよ、わざわざ言われなくても、そんなこと知ってるさ」

 ふてくされながら僕は答えた。


「…せっかくの機会だ、太陽の内面をえぐるかもしれないが、俺の推測ってやつをいろいろ語っていいだろうか。長くなるけどな」

 もったいぶって畑は言った。


「そんなのは好きにしてくれ、えぐられるほど僕に深い中身はない……」

 久しぶりに畑と酒を飲んでるが、こんな雰囲気は初めてだな。(この間の飲み会にバイトで畑は来ていなかった。)


「……太陽ってマキナのこと好きなんだよな?それは間違いないか」


「……ま、まぁね、いまさら隠すようなことでもないよ」

 さんざん飲み会とかで公表している事実であるし今さら隠すようなことじゃない。


「そうか、じゃあお前マキナがマリンと同じセリフ、土下座して頼めばそばにいさせてあげるっていうこと言われたら、それに同意するか?」

 マキナに土下座か……。


「もちろんだ、むしろご褒美じゃないか」

 すでに何度もしてるし、言われれば喜んでやるぞ。


「そうだなお前はそれをするだろう。特にみんなの前とかならな。……ただそれはな、真剣な場面じゃないからだよ。お互いに冗談が通じないような場面ならお前は絶対にそれをしない。もちろん、そんなことマキナも言わないだろうが、冗談が通じる状態だからこそお前は土下座でも何でもするんだ」


「……。」

そうかもしれないと思って、僕は何も答えられなかった。


「さっきのマキナとマリンにそういう遊びの要素はない。あれは正真正銘、恋愛の真剣勝負だったよ、だからこそ俺らは口をはさめなかった。完全に二人の話なのさ」

 俺ら男二人をはじめに、ソラはもちろんってことか。


「マキナには、マリンしか見えてなかった。あの時マリンがたとえどんな要求をしようとも、受けるしかなかったんだとおもうよ」


「なんでそこまで……冷静に考えればただ、相手がおかしいこと言ってるだけってわかるだろ。助けた側のマキナがなんでそんなことするんだよ、おかしさはマキナだって‥‥」


「そこが、お前が絶対理解できないってことなんだよ。太陽は誰かを狂うほど好きになったことなんてないだろう。こいつのためならなんだってできるって思ったことないだろう」

 急に畑が熱くなって話し出した、酒のせいだろうか。いつものチャラい感じを彷彿とさせない。僕は黙る、もちろんソラも黙って聞いている。

「自分がどう思われたっていいとか、たとえ相手がどんなに間違ってたって信じようとかって思ったことがないだろう」


 しかし、僕もさすがにずっと黙ってるわけにはいかない。


「そんなのそりゃあそうだろ。自分を捨ててまでなんて、そんなの偽善だ」

 つい僕まで熱くなって少し声の大きさが大きくなってしまった。


「……そう、偽善だな。冷静に考えりゃ。相手がおかしい要求をしてきたり、狂いだしたらそれを導いてやるのが正しいさ」

 今度は熱さをおさえた畑が、熱くなったそんな僕を落ち着かせるようにして、一度僕の言葉を反復する。


「でもよ、正しさに何の意味があるんだ? 恋とか愛とかなんて狂うためにあるんだよ。相手のことも自分のことも考えない。それがおそらく、本当に恋に狂うってことだと思うよ。マキナもマリンも恋に狂った……。別に自分のためでも相手のためでもない。ただ自分の欲望に素直なんだよあの二人は。本質的にあの二人は変わらない、かなり似た者同士なんだと思うよ。お前と違ってな」


「そんなの……僕にはかけらも理解できない。でもそれを畑は愛だっていうのか? なんか、僕にはただ理性を失っただけというか、愚かなだけとしか思えないよ。」

 特にマリンちゃんの一連の行動は本当に理解不能だ。僕が絶対に選ばない選択肢のみを選んで今回の話になっている。意味が分からな過ぎて怖い。


「だから、お前にはわからないよ。たぶん一生わからないよ。行為に意味を考えてるだろう。大概の行為に意味なんてないのさ、そこに気づこうぜ。あらゆる行為に意味が必要なのか?意味がないとやっちゃいけないのか?意味のない行為だってたくさんあるだろう? そればかりじゃないのか世の中なんて……」

 行為に意味がない……とても僕には承服できない話だ。だから僕は何も答えず無言を貫く。


「太陽が何も言わないなら、俺はじゃあソラ君に聞きたいな、なあ宇宙人的には今回の二人をどう思うんだ?」

 唐突に話をソラにふった。

 そしてスマホ仕掛けのソラは思慮深げに見解を語りだすのだった。


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