第11話「メンヘラ姫様にご用心!」

 畑はあの後、僕らに待つようにだけ指示をして、どこかに行ってしまった。

 あれから7時間経って、ようやく待ちわびてる僕らに連絡がきた。


「太陽、マリンって子は確保したぜ。とりあえずは無事だ、マキナのところ連れて行っていいか?」

 マキナはずっと不安げな表情で僕と畑の連絡を待っていた。2人でいる間、僕は何回か会話をふってみたがあまり進まなかった。こういうとき、何を話したらいいのかわからないのは、僕が童貞だからなのだろうか。


「マキナはそこにいるよな?」

 電話越しに畑は聞いてきた。

「マキナならまだ俺の部屋で一緒にいる、マリンちゃんはここに来るってことだな?しかしなんでマキナのところに来る必要があるんだ」


「なんでも、帰る場所がないそうだ。マキナの名前出したら、『マキナちゃんに引き取ってほしい』ってなった。おれもお前らにいろいろ事情説明しなきゃならないからさ、どのみち今からそっちに向かうわ。寝るなよ、あと酒用意しといてくれ、ラフロイグあったよな?」

 ラフロイグって、あの機械みたいな味がするやつかあんなん飲めねぇよ。


「ない、ジャックで我慢してくれ」

 僕はジャックダニエル一筋。

 未成年諸君に説明しておくと、ジャックダニエルっていうにはバーボンウィスキーの一つで、じゃあそもそもバーボンとは何かというと、って始まるときりがないから、そこはぜひググっていただきたい。


「まぁそれでいいや、1時間もあれば着くから、それまでマキナとよろしくやっててくれ」

 無事の報告があってマキナは喜ぶと思ったが、すでに軽く寝てやがった。おいおいマリンのこと心配じゃ無かったのかよ……。


「おい、大地起きろ。マリンちゃん無事だってよ。」


 マキナは飛び上がって起きた。

「……本当? よかったぁ……よかったよぉ……心配したよぉ。」

 寝てたじゃねぇか……。

「大丈夫かなぁ、ひどいことされなかったかな。」


「とりあえず無事だってよ、それでなぜか帰る場所がなくて、マキナのところに来たいからってことで、今こっちに向かってる。」


「えっ、マリンちゃん部屋に来るの?やったあ、うれしい。」

 その報告を聞いて満面の笑みを浮かべるマキナ、先ほどまでの不安な表情はどこへやらだ。


「帰る場所ないってなんだろうな。部屋に帰ればいいのに」

「一人になりたくないんじゃない?私が言うのもなんだけど、マリンちゃん友達多くないし、寂しがり屋だからね」

 ……まぁホスト通いするくらいだからな。

 しかし、この後、僕は帰る場所がないという理由がとんでもないものだったということを思い知らされるのであった。


 そうして、一時間後畑はマリンちゃんを連れてやって来た。マリンちゃんはなぜか、手錠っていうか、インシュロック、あぁ結束バンドだ!コードを束ねるやつで手を拘束されていた。口にも布きれをくわえさせられている。


「組の人の話だと、若頭と河原はあっさり指示に従ったらしいが、一番暴れたのがこの女で仕方なく拘束したってことだった」

 畑はそう言って、マリンちゃんにくわえさせてある布をとり、話せるようにした。


「あーっ、やっと話せるー。あっ、マッキーナだあ。あいたかったあ。こいつら、ひどいんだよー!急に私とキリのへやに乗りこんできて、キリをどっかに連れていっちゃって、私のことも誘拐したのよー」

 マリンちゃんは、ものすごいキーの高い声で、畳みかけるように一気にしゃべった。

 どういうことだ。話が見えないぞ。キリってのは河原の源氏名だよな。

 この子は監禁されてたっていう話だったはずだが。


「おっさんたちが、マッキーナと知り合いとか、マッキーナのところつれていくっていうから、おとなしくついてきたけど、本当にマッキーナのところだよぉ」

 マリンちゃんはマキナの顔をみて表情をぱあっと明るいものにして、今にも抱き着きたそうにしてたが、手にはまだ結束バンドがされていたためそれはかなわなかった。


 おとなしくついてきたといっていたが、結束バンドとか、畑の腕の歯形とか、顔に引っかき傷があることから考えて、おとなしく連れられてきてる訳じゃなさそうだな。そして、畑は台所からはさみを持ってきて結束バンドを切った。

 

 すると、急に表情を変えてマリンちゃん神妙な面持ちでマキナを見つめ、詰問するように問いかけた。

「で、マキナお嬢様どういうことですか。マキナ様がわたしを誘拐するように指示したんですか。」

 急にマリンのしゃべり方ががメイドになった。なんだ、なんだ、どういう性格の子なんだ。さっきから、しゃべり方というか、テンションが安定してなさすぎだ。

 マキナは急に聞かれて戸惑っている。


「なんで?誘拐って、わたしはむしろ監禁されてるマリンを助けるために動いたんだけど。えっ、どういうことなの?監禁されてたんじゃないの?」


 その質問にはマリンではなく畑が答えた。

「いや、監禁はされていた。しかも結構えぐい感じに、なんつーかあんま詳細にいうとR指定なんで言わないが、なんていうかSM的っていえばいいのか?そんな感じで拘束されてた」

 想像するに、デスノートのミサミサみたいな状態かな。それだったら別にR指定でもない気がするけどもっとやばい感じか。

 

 マリンちゃんはまた声のキーを甲高いものにしてしゃべりだした。アニメ声のまるで幼女みたいなしゃべり方だ。本当に見てて不安になるくらい人格が安定していない。

「ちがうよー。監禁はされてたけど、っていうかそういうプレーしてたんだよっ。わたしは1週間、キリからすべての自由を奪われて、なにもかもキリのいわれるがままにされるって、そういうあそび。キリが本当にマリンのことを愛してるから愛しすぎてるからそうしたいっていったの。監禁してずっとそばに置いておかないと、キリが狂いそうになるんだって! 話を聞いたとき、すごいゾクゾクしちやったあ。」

 

 おいおいおい、話があやしいほうにむかってんぞ。マリンの言い草だと。河原とマリンには合意があったってことか?

 だとしたら、俺らって恋路の邪魔しただけ??

 いや、でも。

「ヤクザのおっさんも一緒にいただろう。君は変に思わなかったのか。」

 僕は怪訝な表情を浮かべながらマリンに尋ねる、やくざがいたのに合意も何もあったもんじゃないだろう。


「うん、だから、あいつのせいなんだって、キリはかわいそうだからあいつから、自由になれないんだって。あいつの奴隷なんだって……ホントかわいそう。で、せめて私といっしょにいたいから、私を売り飛ばすって名目で私のこと監禁して、一緒にいることにしたの。だからね、オヤジの目を盗んでキリといっぱいよ。すごいヤバかったよ」

 なんだよ、なにがどうなってやがる。おれも、マキナも呆然として二の句がつげない。


 真実は何だ?


 商品に手を出すなといった十文字と、実際は手を出していた河原。

 十文字が手を出すなといったのは商品の保護のためじゃなく、河原とマリンの関係への嫉妬なのか?

 河原は本当に愛情のゆがみで監禁したのか。


「だって、仕事は?メイドの仕事があったじゃない。連絡もしないで休んで、みんな心配してたよ!」

 今度はそんなマリンに怒ったらしいマキナが、声を荒げながらそう聞いた。しかし、そんなこと関係ないとばかりに気だるそうにマリンは返す。


「えっ、そんなのどうでもいいですよお。だって、キリとずっと幸せだったし。キリはね。今度もっと幸せになれるものくれるっていってたー。」


「マリン、本当にあなた売られるかもしれなかったの。見て、このラインの文面を!あなたのこと一千万で変態どもにうるって!」

 ソラが手に入れたラインの記録は、マキナにも共有されていた。それをしっかり、マリンにみせつけた。


「知ってたよお。だって、いってたもん。俺のために変態どもに売られてくれって。でね、あたしはっていったの。だって愛する人のためにボロボロになるわたしって、最高にするんだもん。ほんと、ヤバかったあ。」

 なに言ってんだ?ゾクゾクするからだと……ゾクゾクするために売られてもいいだって?

 ヤバいやつだ、こいつ、本当にヤバいやつじゃねえか。

 ここまで、終わった発想がもてるもんなのか。わけがわからない。


「人間ってのは、不条理なことや、不合理なことを時に選ぶとはおもっていたが、ここまでなのか……」

 ぼそっとソラが僕にしか聞こえない声で言った。


「ねえ、キリはどうなっちゃうの?」

 再び、低い位トーンの声に戻して、マリンは畑に尋ねた。

 畑は冷たく答える。

「どうなるかは分からん、がまあ二度と会うことはないだろう。あいつがクスリをさばいてたのはたしかだ」

 マリンにとって衝撃だろう。いびつだったとしてもそこまで愛した相手なのだから、その相手と二度と会えないショックはいかほどのものであろうか…‥。

 しかし、彼女から次に出た言葉は更に予想外だった。


「……ふーん。つまんないなあ。もっとぞくぞくしたかったのに。……ねえ、そこのひと。そう、そこのさえないあなた」

 なんだ、俺のことか。俺の方をみている。


「ねえ、あなたが、キリを奪ったんでしょ。分かるよ。ねえ、責任とってよ。私のことゾクゾクさせてよ?私、あなたのことを気に入っちゃった♡」


 マリンはひどく妖艶ようえんな表情をみつめながら、おれをじっとみつめた。


 ど、どうしたらいい。なんだ、どういう状態だ。正解がわからないぞ。これはチャンスなのか、ピンチなのか。

 流れのままに身を任せればひょっとして、童貞を捨てられるのか。

 僕はこんな切迫した状況にありながら、そんなきわめて利己的な感情に身を支配されていた。


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