第9話「CRY死す、クライシス」

 さて、僕たちはまだ僕の部屋にいた。

 何せ何の手がかりもないのだ。

 まず僕の役目は警察に報告に行くことなのだが……。


「警察に言いに行くのはいいんだけどさ。もうそれだけで解決じゃないか」

 わざわざ危険を冒して何かする必要はないと思うので、至極当然の提案をしてみる。


「きっと警察はすぐには動いてくれない、証拠があるわけじゃないし……。そりゃあケータイのラインとか、監視カメラとか状況証拠的なことはたくさんあるけど、それをどうやって説明するの?令状も取らなきゃいけないし、とても今日中には無理」

 マキナはひどく冷たい視線を僕に向けながらそういった。

 そうか、そうかもしれない。確かに警察はすぐには動いてくれない、僕にもそんなことが昔あったことを思い出す。


「じゃあ、今日中ってことは、もう直接乗り込むくらいしか手がないってことだな」

 といいながら僕はその場でシャドーボクシングを始める。

 僕はキックボクシングをやってて強い設定だから、たぶん直接乗り込んでも問題ないだろう。この物語が始まって初めての見せ場がやってくるようだ。


「そうだな、河原のケータイはもはやコントロール下にある。場所はすでに特定済み、上野のマンションの最上階の角部屋だ。マリンのケータイのGPS反応も最後はその場所で途絶えているから、そこに監禁されてると思って間違いないだろう」

 ソラのスマホの画面が地図に切り替わり、ある一点が青い点で表示された。


「なら決まりだ!相手は一人だし乗りこんじまおうぜ。僕もマキナもそこそこ腕っぷしには自信があるしな」


 マキナはちなみに新空手道大会女子の部で優勝の経験がある。僕は、ちびっこ空手大会で準優勝の経験があるぜ。というのはおいといて、予測不能のバックハンドブロー使いとして周りからは恐れられているのさ。打たれ強さにも定評がある。


「ちなみに、相手は一人じゃない。先ほど河原が言っていたボスのケータイもそこにはあるようだ。LINEのやり取りを見る限りまず間違いないな。」

 

「一人じゃないのか…。しかしそれでも、まあ、ホスト相手とかなら負けねえさ。」


「すごい度胸だな。ちなみこのボスってやつは、紫桜しおう組 くれない会の本部長、十文字一じゅうもんじはじめってやつなんだが、これにつっかるとは、ほんとうに太陽はおとこの中の漢だな、恐れ入ったよ」

 まじかよ!混じりっ気のないやくざじゃんそれ、そういうの出てくる系か。


「それはやく言ってくれよ!紫桜組って、最大の指定暴力団じゃねぇか。本物のやーさんかよ。しかも紅会っていったら渋谷、歌舞伎町まで抑えてるすごいでかいとこだ。そこの本部長ってどんだけ大物が出てくんだよ」

 さすがにやくざ相手に突っ込む気は起きないって、ソラさん冗談が過ぎますよ。 


「なに、なんなの、それってえらいの?」

 マキナは事情がよく分からないようだ。


「そうだな、組長っていうのが、この場合は会長だけど、それがトップ。次が若頭。そしてそのあとが本部長だから3番目ってことだ、場合によっちゃ本部長の方が実権があるときもあるらしいけどね。ただ、紫桜組っていうのは確かも建前上ご法度だったはず。なかでも紅会はわりと硬派でね。むしろ、クスリを捌こうとする外国人とか半グレを抑えるような立場なんだよ。その本部長が河原とつるんでるってのはなぜだかよくわからないなあ。」

 僕はものすごく饒舌で、やくざ情報をまとめてみたのだった。


「ずいぶん詳しいのね」

 昔ニコ動でついセクシー画像につられて、極道ものの映画に飛ばされてからというものの、すっかり極道映画のファンになってしまったんだよね。越智オチにゃんが好きすぎるんだよ。

 わからない人は、白竜、越智で検索するといいぞ。

 ちなみに、半グレっていうのはやくざを破門になった人で一番たちが悪いといわれている。まさにルール無用だから何でもやるらしい。


「本部長の十文字が河原とつるんでる理由も、画像フォルダー探ることで分かった。まぁあんま見せるようなもんじゃない気がするが、これを見てくれ」


 すると、ソラが映っていたケータイ画面が写真に切り替わった。

 40過ぎの坊主のおっさんがホスト風のイケメンと濃厚なキスをしてる。それも1枚や2枚じゃない……裸でキスしてるのまであるぜ、おぞましい。

「…イケメンの方が河原で、はげが十文字ってことか」

 なるほど河原はかなり甘いマスクだ、悪さしなければジャニーズ的な。


「二人はゲイってことなのかしら。それならマリンが、まだ無事な可能性は高くなったってことかな」


 僕は少し考える。

「河原は強姦で捕まってるし、商品に手をさすことが多いって話だから、ゲイじゃないんだろう、どっちもありバイかもしれないけどな。おっさんの方はガチかもなぁ。おっさんが、河原を気に入って囲っているってところか。河原の方は何か弱みでも握られてるんだろう。お金かなやっぱり……」


 しかし、とはいえ、河原はホストやってるだけあって、かなりの甘いマスクをしている。マリンって子も夢中だったらしいし、お金に困るってことはなさそうだけどな。

 それにしても、よくこんなおっさんとそんな気になるよ。イケメンも楽じゃないな。


 そういやベルセルクのグリフィスも、部隊のためにきもいおっさんに抱かれてたな。あぁよかった僕イケメンじゃなくて。よかったぁ、イケメンじゃなくて本当によかったぁ…。

 けっ、イケメンなんて死ねよ。


 いや、今はそんなことどうでもいい。ヤクザ相手にいったいどうするか。

 問題はそこだ、なんとかこのホモ情報は利用できそうだが。


「ふふふ太陽、考えろよ。河原はクスリの売買をやってる疑惑があったんだぜ」

 ソラは俺にはみえてるけどなって感じで、僕に意見を促した。


 ‥……クスリ、紅会……。そうか……。


「河原はクスリの売買が紅会にばれたんだな。そこで十文字が出てきた。本当はかなりの落とし前をつけなきゃいけないところを、十文字はある取引を持ち出したのか!」

 多額の金か、あるいは海に沈められるか。それよりは……。

「おれの愛人になれってこと? うわぁ。きもいなぁ」


 そう、マキナの言う通り、見逃す代わりに愛人になれと迫ったんだろう。

 河原に断る余地はなかったてことか。

「その辺がきもいのかどうかは宇宙人の俺にはよくわからないが、そういうことなんじゃないか。かなり背景が見えてきたところで……さてどういう策を練るか」


 身体をもたないソラは。情報を操作する以外はできない。実行は俺らでやるしかない。数時間以内に、ヤクザを相手にする方法か。


 いま、3時か。大学の講義は終わってるころだな。


「畑しかいないだろうな」


「畑って畑先輩ってこと、なんで?」


 畑瀬織はたけせおりはキックボクシング部で同じ学部の同期だ。夜はキャバクラのボーイでバイトなんてしてるが、いたってまじめで、ほとんどの単位をAで取得してる。単位さえ取れればいい僕とは大違い。そもそも取れてさえもいないのだが……。


「今の話を聞いてて最も早い方法がおそらく畑に頼る方法だ。とりあえずここに呼んでいいか」


「いいけどさ、なんで関係あるの。夜のバイトしてるのは知ってるけどそれが何って感じするけど……」

 その疑問についてはすぐにわかることになるさ。

「あと、ソラのことも畑には話すしかなくなるが、構わないか?」


「全然かまわないよ。友達が増えて退屈しなくてうれしいぜ。」

 こいつ、なるべく人間にかかわりたくないんじゃなかったのか。


「ひょっとしてソラは、接点を持ったあいてをすべて友達だと思ってるのか?」


「もちろんそうだが、ちがうのか?」


 なんてことだこいつ、とんでもない間違いをしてやがる。さすが無機生命体、人間のことを全く理解してないな。よし僕が正しくレクチャーしてやる。


「いいか、友達ってそんなに簡単になれるもんじゃないんだ。相手と自分の距離をよく見て探り合いをしながら、お互いにお互いをそんなに嫌いじゃない、悪くないなって少しずつ距離を詰めていくんだよ。そして、少しずつ価値観とかを近づけていって、気づいたら心の壁がなくなっていた。そうやって初めてできるのが友達ってもんなんだよ。僕クラスの手練れでも、半年はかかるような大変なことなんだぜ」

 

 どうだ分かったか宇宙人?これが正しい人間の在り方なんだよ!

 

 LINEであたらしい友達が追加されましたって表示が嫌いだぜ。

 友達のバーゲンセールかよ。そんな簡単なもんじゃねぇんだ強敵ともを作るのはよ。


「先輩……」

 マキナはかつてないほど冷徹な、そして浮浪者を見るかのような視線を僕に向けていた。


「すっごいきもい」


 僕の天使は僕に無慈悲な一撃を加えた。


 僕は心の中に浮かぶ暗い椅子に座り、泣きながら死んだ。

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