第6話_ある彼の時間_3
カラオケ店のディスプレイには、自分たちにとって恒例のタイトルが表示されていた。
大学の同期の結婚式と二次会を終え、新郎新婦と別れて三次会でカラオケに行くのが、サークルの同期の誰かが結婚したときのお決まりのコースだった。
二十代の後半に入った頃、サークルの同期でバカをやっていたグループのなかの一人が結婚した。まだ体力も気力も充実していた頃だった。
新郎新婦を祝福し、笑いながら酒を煽り、思い出話に花を咲かせて、それから別れるのが惜しくて朝までカラオケで時間を過ごす。退室の時間が近づいた頃に、誰かが入れたある曲をみんなで歌い、歌い終えたときに誰かが「結婚式後にこれを歌うのを、俺たちのルールにしよう」と言い出した。曲の終わり、前のフレーズにかぶせるようにして飽きるほど繰り返すリフレイン。終わりがないのが、新郎新婦を祝うのにちょうどいいじゃないか。徹夜明けでナチュラルハイになっていたメンバーはそれに賛同した。
そのルールは現在まで生きつづけている。さすがに毎回カラオケで徹夜はするほどの体力はなくなったが、残れるメンバーが終電まで残ってカラオケに参加するようになった。
曲がはじまり、マイクを持った同期の横でメロディーを口ずさむ。
今回の結婚式は少々特殊だった。サークル同期どうしのカップルで、大学を出てから一度別れ、それからヨリを戻した二人。男のほうが転勤になっていて、女がそれを追いかけた。式は転勤先の九州、鹿児島だった。
今回ばかりはカラオケを断って帰ろうと思っていたが、結局流れでつき合わされてしまった。聞けば、どいつもホテルを予約しているという。どうにもならなければネットカフェでもいいだろう、そんなことを考えて、愛すべきバカたち、同期と接する機会を優先することにした。
カラオケのイメージ映像を見ながら、酒でやや混濁している自分の頭の中は記憶の整理を始めた。
十年前に別れた元彼女が式に参加していた。
大学時代から付き合い、社会人になって別れ、そして三か月前に駅で偶然、再会を果たした。
彼女は新婦のほうと親しかったから、参加していたのだろう。
先日再会したとき、もしももう一度偶然会えたら、そのときは、運命を信じようと約束した。
今回のことは偶然じゃないし、出会った場所も東京でもないから、ノーカウントだろう。恐らく彼女もそう考えているはずだ。
それでもどうしても、気まずい緊張をお互いに感じていた。
同期たちには別れたことを積極的に話すでもなかったが、十年も経てば、さすがに察してもらえていたようだった。
お祭り好きの同期たちにしては、おとなしいくらいの反応だった。
曲はいつのまにかリフレインの部分に入っていた。
何度も何度も同じフレーズを繰り返しながら、思う。
終わりがないから、この曲は新郎新婦を送るのに縁起がいい。
でも、終わりのない曲も終わる。少しずつ音量を落として、最後には消えていく。
そう。「フェードアウト」。自分と彼女のあいだにあったはずの熱のように。
自嘲気味にそう考えたが、新郎新婦に申し訳ないような気がして、考えないようにした。
退室と会計が終わり、カラオケ店の外に出る。
談笑している同期の男たちにまじりながら、今夜の宿のことを考えていたときだった。
誰かがタクシーを停めた。
同時に、自分の両側に同期の男たちが付き、腕を掴まれる。
「ちょっ、ちょっと、なんだよおまえら」
「いいから抵抗するな、悪いようにはしねえよ!」
そう言う悪友は、悪友の評価に恥じない悪い笑いを浮かべていた。
停まったタクシーの座席に放り込まれる。
「うまくやれよ!」
「だから、なにがだよ!」
問いかけに返事はなく、並んだ同期たちはみんな揃って人差し指と中指だけを伸ばしてクロスするような、拍手するような奇妙なジェスチャーをして、にやにやしている。
本当にわけがわからず、若干の恐ろしさを感じたとき、同期の一人が助手席のドアを開けて、運転手に千円札を二枚渡しながら言う。
「お釣り、いいんで。交通局の前までお願いします」
「……はい」
運転手も戸惑い気味だった。
同期が扉を閉めて車から離れ、わけのわからないままタクシーは動き出した。
「……大丈夫ですか?」
運転手が怪訝な顔で訊いてくる。
「交通局は、遠いんですか?」
「そうでもないですよ、ワンメーターで着くかもしれません」
「泊まるところありますか」
「市電で町の中央まで行ったほうがいいかもしれないですね」
「はあ……じゃとりあえず、おねがいします」
「はい」
悪友たちのことだ、なにか悪だくみでもしたのだろう。
そう考えて、シートに背中を預けた。
やがて、交通局と書かれたシンプルな建物の前でタクシーは停まる。
なにが起こるのかと訝しみながらタクシーを降りるが、特に何も変わったことはなかった。
スマートフォンになにか届いているかと考えたが、なにも反応はない。
途方にくれて、ひとまずすこし離れた所に見えるコンビニの看板を目指して歩く。
土地勘のない場所を深夜にひとりで歩くのは、不安だった。
市電の駅と思われる、ホームらしきものが道路の中央に見えてきた。タクシー運転手の言葉を思い出す。何も起こらなかったら、そのまま市電で町の中心まで戻って宿をとるか。
そんなことを考えていると、道路の向こう側から市電が走ってきた。東京では見ない珍しさもあってぼんやりと眺める。
市電から客がぽつぽつ降りてくる。
それを見て――思わず立ちどまり、目を、見ひらいた。
彼女が、いた。
「は?」
と口に出し、同時に、悪友たちの企みを察し、やられた、と思った。
彼女はきょろきょろとあたりを見回して、そして、自分の姿を見つけ。
すごくすごく、微妙な、ひきつった笑顔を見せた。
それから、彼女はその笑顔のまま、市電の駅の表示板を指さした。
そこには確かに「神田」と書かれていた。
どっちも独身なら、逆に気兼ねすることもないだろう――悪友たちの心中を推察するならそんなところだろうか。
心のなかで、悪友たちに毒づいた。
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※この章についてはも陽野ひまわり様の”駅(ひまわりver.)”の設定をかなり強引に参考にさせていただきました。
毎度すいません。
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