第12話

「もっとも、暴かれたくないものを持つ人間はそういう一言がブラフになり、大概慌てるものだけれどな」

 至極自然にそんな言葉が出るトキはやはり、子どもらしからぬ面を持っているようだ。

「トキ、キミねぇ…」

「もう一つ。これはあくまでおれが思ったことだから、確かなことは言えないが…」

そこで一呼吸置くと、トキは呟いた。

「お前の描くものには祈りが見える」


 息を呑んだカイルは、答える言葉を持たなかった。

 そしてトキも、カイルに答えを求めているようには思えなかった。

 驚きに目を見張るカイルを、トキはまっすぐに見返す。

「おれは、これほどまで精霊に対し情を通わせた絵を描く者を知らない。カイルの名、ラスタウィードはブックの絵師となる資格を持つ者。ブックに関わってこそお前は今以上に輝けるはずだ。なのになぜ、絵師として生きることを選ばない」

 この少年は何者なのか。

 恐れを悟られぬよう、カイルは苦笑で紛らわせた。

「…随分と絵師に詳しいんだね。君は一体どこでそんなことを覚えて来るんだよ」

 答えながら、辺りが暗くなっていることに気づく。

 これだけ暗ければ、顔色が変わったことも気づかれはしないはずだ。

 安堵しながらランプに火を入れようといつも置いてある場所に手を伸ばしたが、生憎あいにくとマッチを切らしていた。

 キッチンにある予備を取りに行こうと、身を翻した時だった。

「これを使え」

 かたわらから差し出された光に振り向けば、トキは右手に持った輝きをランプに近づけた。

 光が輝度きどを増し、ちりちりと煙を上げて火が灯る。

「戻れ」

 言葉と共に、輝きは音もなく宙へと消えた。


「今のは、精霊…。君は、ブックマスターなのか」

 トキは笑みを浮かべ、よく響く声で語り始めた。

「ブックマスターとは、ブックを用いて精霊を召喚する魔術師の総称であり、階級は七つ。〝レス〟の20体から始まり、〝ライト〟50、〝ブロンズ〟100、〝シルバー〟200、〝ゴールド〟300、〝プラチナム〟535、最上級の〝マスターオブマスター〟ともなれば、555体の精霊を使役する」

 トキが街中を走っている単なる子どもなら、そんな知識など持っているはずがない。

「お前の描いたサラマンダーからは、絵師たちの使うラズの根を煮詰めたインクの匂いがした。そしてキャンバスからはブックの紙に漉き込まれる鉱石、レイジアの匂いも。だから興味を持った。ここにあるいくつかも、同じ作業を経て描かれているものがあるな」

 警戒するカイルの視線など気にすることなく、絵を描く際にいつも使っている椅子を右手だけで器用に引き寄せたトキは、背もたれをまたぐようにして腰を下ろした。

「どうだ?ハズレてはいないはずだが」

「…間違ってはいない」

 そんなトキの左手には、文字も何も描かれていない本が広げられている。

「マスターオブマスターはブロンズランク以上の登録が義務づけられている、アカデミー卒業者が所属する組織、『ケルベロス』にも十人といない」

 正確には九人だけどな、落ちる呟き。


 ブックマスターなら、その程度は最低限の知識として備わっているのかもしれないが…なぜトキには、カイルの絵にレイジアやラズが使われていることまでわかったのか。

 茫然と、目の前の少年が左手に持つブックに視線を落とす。

 そこには、幾分茶色味を帯びた、何も描かれていない紙が見えるだけだが…。

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