第5話

 普通の者には見えない糸がブックの周囲に複雑に絡み合っているのが、ユーリの目には映っていた。

 挿画そうがほどこされた方には何も感じない。けれど呪いをまとう方もブックとなるならば、この世界であれを使える者は、トキ以外にいるとも思えなかった。

 だが…


 己の願いのために、彼にすべてを押し付けることなど許されるだろうか。

 つかの間ためらったが、やがて愚問だったと笑う。

 何があってもトキがユーリを救わぬ道を選ぶはずもなく、たとえそれが逆の立場であっても同じだと。

 再びトキと、そしてオルガにまみえる時を望む自分が、たとえ神にだって許されなくとも構わない。

「お前はもっと傲慢になれ」

 たびたびトキはそう言った。

 だが、彼は知らない。

 ユーリがトキを、自分にとってのただ一人の主と定めたそのこと自体が、どれほど傲慢でわがままであったかを。

 数多あまたの精霊を従え立つ姿は、ユーリにとってこの世界にある光そのもので、側にいたのはトキという少年の持つ輝きを、誰よりも近くで見ていたかったからだ。

 アルファザードの家に帰れば父がいて、母がいて、彼がいる。それだけで幸せだった。そしてオルガという輝きまで今、側にある。

 僕はこれ以上なく傲岸ごうがんで不遜な人間だ。

 こんな風に、大切に思う何かを…それも一つではなく、望んだ数だけ手に入れられる者が、世界にどれほどいるだろう。


「…今から僕が言うことを聞いてほしい」

 ユーリはオルガに呼びかける。

「空にある、二つの紙束は見えているよね?」

 オルガは頷いた。

「ああ。皆紙片や精霊のようなものに姿を変えられ、宙に浮かぶあれに吸い込まれて行った。これはどういうことなんだ?それに、あれは一体…」

「僕にも、どうしてこんなことが起こっているのかまではわからない。けれど、おそらくあれはブックになろうとしているもの。…何者かの手で、この町にいる人たちは精霊たちの宿るブックに変えられた」

 はっと顔を上げ、オルガはユーリを見た。

「そして多分、こうして僕らが残されているのにも理由があるはずなんだ」

 注意深い視線を空へと向けた彼女は、小さく呟く。

「もしもあれが二つのブックなのだとしたら…表紙がないな」

 残されたのは二人だけ。

「これも僕の推測でしかないけれど、お互い特別なものを持っているからこそ、選ばれたのだと思う。君も僕もおそらく…人より強いものに守られているから」

 オルガはほんの一瞬目を見開いた後、淋しげな笑みを見せた。

「…そういうことか」

 呟いて、指に宿る守護者のリングを見下ろした。

「私とユーリが、共にあることは叶わないのだな」

「…ごめん。守れなくて」

「お前のせいじゃない」

 オルガは首を振る。

「ただ、僕は信じてる」

「…ユーリのマスターのことだな」

「僕らがどれほど変わろうとも、彼は必ず僕を、君を、皆を救う方法を見出してくれる。あれはそういう子だ。だから心配しないで。必ずまた逢える」

 微笑んだユーリに、オルガは笑い返した。

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