13
三十分後。ビルとビルの隙間に
「……華、どう?」
虚空をタイプしていた華が視線を寄越し、首を振る。魁人は口を曲げ、背を預けた壁から少し顔を出す。隙間なく張り巡らされた黄色いテープのホログラムに囲われたマンション周囲に、五台のパトカーが点在している。それなりに見慣れた事件現場の光景に、CALLの文字が被さった。左耳に手を当てる。
『霧城さん? どうでした?』
『シロ』
重々しい、ヒグロの声が短く答えた。頭痛を
『通報も出動履歴もちゃんとある。パトカーのナンバーも、間違いなく警察に登録されたもの。なんの事件かは捜査中だけど、出動理由を見る限り強盗らしいわ』
『強盗、ですか』
視界内の窓を適当にどけ、現場の方に目を向ける。キープアウトテープのホログラムの前、
『……けど、手帳を見せても二人は現場に入れてもらえなかった、と。どこまで話した?』
『殺人事件の調査で被害者の知り合いを当たっている最中、とだけ』
『で、向こうはなんて?』
『今住民に詳しいことを聞いているから後にしろ、ですね。一応それで引き下がりましたけど』
『うん、正しい判断』
自分達が受ける案件は特殊なものであるが故、事件や捜査内容の大概には守秘義務が出る。たとえ相手が同じ警察で、元々の担当者であっても変わらない。が、魁人が口をつぐんだ理由は別にある。
『きな臭いですね』
『そうね。それに、タイミングがあまりに良すぎる。なんとなく、華ちゃんの気持ちもわかる気がする』
『勘弁してくださいよ……疑われてる真っ最中なんですから』
冗談めかしたヒグロの言葉に、狭苦しい空を
ヒグロはひとつ咳払い。
『とにかく、そこは今入れなさそうね。聞き込み、続けるんでしょ? そこから近いところまでナビしようか?』
『お願いできますか』
『わかった。三分だけ待ってくれる?』
魁人は華の背をポンと叩いてマップでルートを確認。左手を数度シェイクして手の平に浮くメニュー画面を動かし、目のアイコンの位置でストップ。タップ、フリックを繰り返して暗視モードを選択すると、真っ暗だった路地がはっきりと見えるようになった。
「こっちから行こう。あの見張りの目は出来れば避けたい」
意外にも素直に頷いた華を連れ、狭い路地をすり抜けるように進む。街の空に浮く街灯、公園のゴミ箱すら警備ドローンに変わった現代において、こうした路地には不思議と監視の目は存在しない。忍び足で進みながら、魁人は華に問いかける。
「華、現場に入れてもらえないことって今までもあった?」
「あったよ。ヒグロさんが入るなって言うから」
「……霧城さんも入れてもらえなかった、ってことは?」
背中越しに、居心地悪げな沈黙が迫る。年齢こそ魁人を大きく下回っているが、キャリアは華の方が長い。少々の沈黙思考を経て、華はおずおずと口を開いた。
「……何回か、あった。ヒグロさん、何回も怒ったけど葉木吹さんが……」
「止めたんだ?」
背後で小さく頷く気配。魁人の脳裏に朗らかな、しかしどこか仮面じみた葉木吹の笑みが蘇る。誘拐に使われたと思しきトラックが入ったマンションと、
考え込みながら路地の角を曲がり、また直進。遠くに見える街の光をぼんやり眺めながら路地を出かけたその寸前、足を誰かに捕まれた。
「うわっ!」
足を引き抜き振り返る。目を丸くして固まる華と目が合い、ともに路地裏の端に視線をずらす。非監視ドローンの旧式電子ダストボックスの隣、あふれたゴミ袋にもたれかかった小さな人影。暗視の視界に飛び込んだそれを見て、魁人は思わず息を呑んだ。
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