12

 やや時をさかのぼり、剛流のマンション地上階駐車場。

 視界端のデジタル時計を落ち着きなく確認しながら、剛流はトラックの周りを忙しなく行き来する。いかつい顔に玉の汗を浮かべ、ネクタイをいじる部下をどやす。

「おい、スーツのしわ伸ばしとけ。だらしねえ」

「ハイ」

「それとあんまネクタイいじんな」

「ハイ、すみません」

 硬い声音で姿勢を正す部下の服装を確認。ダークスーツも新品同様で、靴に至るまで汚れはない。隣にいる男も、その隣もだ。トラックを背に並んだ二人のたたずまいに問題はない。

「いいか。これからお出迎えするのは長狭谷連合のトップ、長狭谷ながさだに厳辰げんだち組長だ。くれぐれも、失礼のないようにしろよ……」

『ハイ』

 緊張しつつも明瞭めいりょうな返事に、剛流は重くうなずいた。

 現在、ありとあらゆる手段で防犯が為されている社会において、大っぴらな犯罪には強いバックが不可欠だ。法務、政治、警備に口と顔が利く、強大な組織があって初めて剛流達は商売できる。

 そういう意味で、長狭谷連合は超優良物件だ。法律・刑事に関わる者を複数抱え、納金し、規則を守れば大概のことは許してくれる。ブルージェットのような、致命的なミスさえ無ければ。

 剛流は親指の爪を噛む。長狭谷から商売の許可を得てから早五年。バカな警察の目をあざむいて順風満帆の暮らしをしてきた。そこへ舞い込んだこの案件は、いわばハイリスク・ハイリターンのギャンブルである。

『社長。北ゲートは異常なし』

『南ゲートも問題なし。連合の車は来ていません』

 見張りの声が脳裏に響く。五分ごとの定期連絡に、剛流は素早く切り返す。

『わかった。警戒を続けろ』

『ハイ』

 二人同時の返事を流し、左右に目を走らせる。地上階駐車場はマンションの足元を貫通する四角いトンネル状で、剛流達は駐車場中央のはじに寄り、トラックを背にして立っている。いつ連合が来てもいいように、だ。

「……ガキは」

「寝ています。きつめの麻酔を打ったので、覚醒はないかと」

「ああ、そうだな。そりゃそうだ」

 部下にうなずきながらも、剛流はもやめいた不安を抱えていた。

 自分に火傷を負わせた、あの爆発。あれは確かに、物理法則を超越していた。そこらの会社が作る新物質・新製品には、魔法と見紛みまがう物がいくつもある。しかし、所詮どれも自然法則の範疇はんちゅうで、科学的に説明できた。

 だが、あの時のあれは違う。爆弾専門の部下が降参し、監視映像でも分析できない。唯一の手掛かりは、奪おうとしたかんざしの一部が光ったことと、それと同じデザインのものが超高級武器カタログにっていたこと。

 もし簪が本物ならば大発見。連合での立場をより盤石にするお宝である。ただ、やはり爆発の低威力がどうしても気になってしまう。

「…………」

 小脇に挟んだカタログを開き、該当ページを引き当てる。そこには子供の髪にあったのと同じかんざしの写真のみがあり、説明文は一切ない。前ページに掲載された仕込み杖・提灯ちょうちん・細長い針にはあるのに、だ。

 角ばった顎に手を添え、剛流は昔のことを思い出す。初めて長狭谷の前に立ったあの日、彼の隣に控えた側近は、手も動かさず剛流背後の者を斬首した。冷徹に笑う長狭谷の解説と血飛沫を受け、震え上がったあの時のことを。

「チッ」

 舌打ちし、雑誌をトラックの上に放る。同時に、際限なく湧く疑念を胸の内から締め出す。あの簪が真でも偽でも、もはやさいは投げられた。選択に責任を持たねばなるまい。約束の時間まで、あと五十分弱。

「おい、お前ら」

 剛流が並び立つ部下を睥睨へいげい。背を伸ばし、ごくりと唾を飲む男達に、剛流は冷たい声音で語る。

「約束の時間まで一時間切った。ビッグビズまでもうちょいだ」

 緊張した面持ちで、耳を傾ける部下達。剛流はじっとりと汗のにじむ手を握り、弁に熱を流し込む。

「この取引が成功すりゃあ、俺達ゃさらにボスの覚えが良くなるぜ。連合幹部ン中で一番貢献してる俺達だ。ともすりゃ、最大級に優遇してくれるかもしれねえ。クソ忙しい仕事を頑張った甲斐もあるってもんだ! そうだろ!」

『ハイ』

「今までは順調だった。けどな、本当の勝負はこっからだ! 必ずビズを成功させる! 裏のトップまで上り詰めるぞッ!」

『ハイ!』

 乱れなく飛ぶ強い返事が、剛流の不安をいくらかぬぐう。

 危険はある。しかし、動いた以上止まることは許されず、一人だけでは進めない。金と人脈、売れる内臓まではある。あとはカリスマだ。今ここで、地獄まで部下を連れていけるカリスマの有無を確認しなければならない。

 息を吸い、再度部下達に口を開きかけた、直後!

『ぐあああああああああッ!』

 ZZZZZTTTTTTTTTTT!

 剛流の脳裏に絶叫と雷じみたノイズが響いた。視界端、北ゲートを見張る部下の名前を潰すDANGERロゴ。すぐさま北向く剛流の網膜インプラントは入り口で跳ねる五つの管状くだじょう物体を捉えていた。FABBBBOOOM! 物体が破裂し白い煙が駐車場に立ち込める! 破裂音が連鎖し煙が密度を増していく中、剛流は銃を抜いて叫んでいた!

「なんだ!? おい、何があったってンだ!? おいッ!」

『社長……敵しゅ……』

 BOOMBOOMBOOOOM! 爆発音が見張り番の声をかき消し、DANGERロゴはDEADロゴに変化した。

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