11
「華、華」
迷宮めいた住宅街を歩きつつ魁人が呼ぶと、すぐ右隣が青白くフラッシュ。透明化インプラントを解除し姿を現した華を片目で見下ろす。
「……いた?」
「うん」
前と魁人を交互に見ながら、華が
「これ、だよね。院長先生が言ってたの。でも、これ……」
「ああ」
魁人は画像を前に顔をしかめる。この手口には、覚えがあった。
「
ジェイラーとは、闇金が時折使う違法機械化動物を差す。
違法改造手術を施した動物を債務者に押しつけ、積みこんだ武装や通信ジャミングで自由を奪い、看守じみて見張らせる。被害者は連絡や外出もままならず、リアルタイムで増えていく借金コールを聞いて過ごす羽目になる、というわけだ。
華の足が、苛立ったように早くなる。やや
「……捕まえられるよね?」
「まあね」
歩幅を上手く調節し、横並びの位置を維持。
「武装とカメラアイは確実っぽいし、関連を証明すれば会社丸ごとしょっ引ける。暴行誘拐の事実確認が通らなくても無期は確実。ただ……」
不満げに揺れる小ぶりなツインテールの頭に、ぽんと手を置く。見上げてくる小さな瞳に、あくまで冷静な顔を取り
「二課の領分に踏み込んでるから、班長に言って一度様子見。そのままやっていいなら令状取ってガサ入れする。どっちにしろ逮捕は確実。すぐいなくなるわけでもなし」
華はしばし口を曲げたが、しぶしぶ
「ところで倉島さん。あのおばさんと何話してきたの?」
「ん? 普通に羽黒のこと聞いたけど。そしたらさっきの闇金を紹介された、羽黒に訴えたけど取り合ってもらえなかった、って」
半ばとぼけたように返すと、華の目が細まった。魁人のスーツを握りしめ、片手を背負ったリュックサックの上にやる。小学生らしからぬ鋭い眼光に、魁人は観念して両手を上げる。
「……わかったよ」
肌を刺す剣呑な空気に、空中操作。これまでの話のデータにヒルビスなる少女の画像を添付する。
折り鶴に指名され、示された場所に行き、話を聞けば捜査対象の黒い噂と横のつながり。さらにそこは折り鶴の差出人がいた施設。歳の割りに
データが詰まったファイルアイコンフリックすると、リュック上にある華の手がさっと動いた。確認に入る幼女の隣で、データをヒグロの元へ送信。
「さっきの折り紙、送った写真の子が書いたものらしい。言っとくけど、俺はその子のこと知らない」
「……ほんとに?」
「調べてもいい」
首を
「でも、絶対ヘン。なんで知らない子の折り鶴が倉島さんのところに来るの。しかも事件絡みって……」
「まぁ、出来過ぎてはいると思う」
ぼやき、担いだケースを
通りが開け、街並みが整然とした住宅街から高さまばらなビルの群れに変化する。ちらほら増えてきた人の様子を横目に左手指を軽く動かす。華の肩がビクリと震え、すぐに通信が確立された。
『折り鶴はともかく、これで剛流が殺人犯なら話は早い……けど、そんなわけはないだろうなぁ』
『なんで?』
『動機がない』
脳裏に響く声に即答。情報を組み合わせ、自分の推理を展開していく。
『話から察するに、剛流は、羽黒弁護士にカモを流してもらってたんだと思う。場合によっちゃ、法律的な口添えもしてもらえたはず。殺すのは明らかに損だ』
『ついカッとなって……とかは?』
『ない。一時の怒りに流されるやつが、カメラに映らず、誰も騒がせず、なおかつ警備ドローンを黙らせて、証拠を綺麗に隠滅するのは流石に無理だ。わざわざ拷問して、足のつきやすいマインドハックまでする必要も全くない』
『でも、犯人は……』
物言いたげに反響する華の声に、否定を返す。
『……できないとは言わないけど、色々と薄い。羽黒の会社は結構な人数がいるし、何より警備システムは作動したままだった。普通は切ってからやる。先輩の話だと、警備用の特注アンドロイドが起動もせずに首斬られてたらしいし』
『ステルスインプラントは? 私と同じで』
『あるかもしれない。けど社員は、全員席に座ったまま首を斬り落とされてた。普通、一人首切れた時点で大騒ぎになるし、映像見ても全員の首がいきなり、同時にゴトッて落ちた。少なくとも、ステルスだけじゃ説明できない』
華は眉を寄せて腕を組み、フクロウめいて首をひねった。飲みに出るサラリーマンや外食に向かう家族とすれ違い、本格的に暗くなった街を
『とりあえず、今は霧城さんの連絡待ちかな。先輩が見た偽羽黒が剛流だったら話は早いんだけどー……』
『……ないんでしょ?』
『ないだろう。何か飲む?
『いいの!? あっ……』
ばっと振り向いた顔が一転、怪訝そうなものになる。疑わしげにこちらを見ながら、華はややトゲのある声で言った。
『折り紙のこと、言うからね?』
『どうせ報告するからいいよ』
半ば
『はい倉島』
『
『お願いします』
横目で耳に手を当てる華を見て返すと、ヒグロは立て板に水めいて話し始めた。
『まず、潮流ファイナンスのテナントはつかめなかった。企業登録されてないから闇金で確定。GPSなし、住宅地の監視カメラに映像無し。完璧クロね。しかも大きめの組織に抱えられてる』
『あぁ……やっぱり』
思わず落胆じみて呟く魁人。タトゥー式PCはかなり前に普及した代物なのだが、防犯やテロ対策用に様々な制約がある。具体的にはGPSの強制記録、通話履歴の保護、街灯ドローンの常時スキャン等。これらの隠匿は軽犯罪の
加えて、街のセキリュティシステムをハックするのは困難で、PC製造技術も一般公開されていない。しかし、裏社会にはセキリュティ抜けの闇PC生産技術が存在し、強い組織が権利を握る。剛流はそこに連なる者で、追跡は、難しい。
だが魁人は……そしてヒグロも、刑事である。
『それで、場所の特定は』
『…………』
『……霧城さん?』
口を閉ざしたヒグロに、再度問いかける。回答の代わりとばかりに光るメールアイコンを叩くと、マンションのひとつをピン留めされた千代田区のマップが出現。コピーを取るべく操作しかけた魁人の指を、ヒグロの逡巡気味な声がとどめた。
『実はね。位置特定してる間に、そのポイントで妙な信号を拾ってね……』
『妙?』
頭を左側に傾ける。注意深く、聞き逃さぬように。
『その辺りをスキャンしてる最中に、詳細不明のシグナルが出た。GPSなんだろうけど、ナンバー不明、二度目以降のキャッチ不能。羽黒の通信履歴にあった、三十回以上通話してる人間十人のシグナルを重ねても不一致。ざっくり言うと、誰のでもない』
『誰のでもないってそんな……』
半信半疑で魁人はぼやく。
一般にはあまり知られてないが、現日本は国民総番号制度を導入し、全国民にそれぞれナンバーとGPSを与えて登録している。シグナルナンバーは人の誕生、あるいは戸籍を得た際に発行されるため、誰のでもないシグナルは無い。
『バグとか、誤作動じゃないんですか?』
『そうならそうでいいんだけど……』
珍しく歯切れが悪く答えるヒグロ。
『このマンション、丸ごと一つ買い切られてるのよ。しかも持ち主の名義がきな臭いし、セキリュティも独立してて外部からのアクセスは不可。ちょうど、街灯ドローン監視範囲の隙間にあるし』
『犯罪者の隠れ家にはうってつけ、ってことですか。わかりました。探ってきます』
『ええ。なんかあったら連絡するわ』
通話終了。左手を耳から下ろし、華を見下ろす。
「時間、大丈夫?」
「おばあちゃんにメールしといた。……どうするの?」
疑念混じりの視線から目を逸らし、少し考える。
単純に考えるなら、リストの参考人を訪ねるべきだ。
一方で、剛流が羽黒と太いパイプを持っていたのは確定。何かしらの情報はあるかもしれないが……望み薄。しかしてピンチと表裏一体のチャンスをはらんだシュレディンガーの猫。
訪問リストを呼び出しざっと確認した魁人は一人で
「言ってみるか。マンション」
「ん」
ヒグロに一報連絡を飛ばし、魁人は華と歩き始めた。
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