09

 同時刻。潮流ファイナンス隠れ家のマンション。

 長狭谷の番号をコールしながら、剛流は痛む火傷に眉をしかめた。

 数刻前。突如起こった爆発に巻きこまれた彼と部下は、多少の火傷を負いつつ生還。騒ぎを聞きつけた近隣住宅や火災警報をどうにかさばき、部屋で応急手当をしていたのだ。

「クッソ……なんだってんだあのガキ……」

 った人工皮膚じんこうひふパッチの上から火傷をつつく。あの爆発の後、部下に徹底調査をさせるも、爆薬の類は発見できず。加えて、爆発の中心にいたヒルビスは無傷。この妙な事態を説明する理屈は、ひとつしかない。

(あのかんざしの力か……)

 部下をけしかけた瞬間、輝いた簪の瞳を脳裏に描く。物理法則をねじ曲げる超兵器。あの爆発がそうだとすれば、タネの無い爆発と爆心地の人間が無事なことも、一応は納得できる。

 ただ、納得いかない点もいくつか残るが……眉根を寄せる剛流の耳に、ドスの利いた声が飛び込んだ。

『どうした』

「おぁっ! ……ああ、スミマセン長狭谷さん。何度も何度も」

 音声通話に頭を下げる。対する電話向こうの長狭谷は早口。

『急ぎらしいな』

「ええ、それがですね。先ほど連絡したルヴァードについてなんですが……マジでホンモノっぽいです」

 タイムイズマネー。剛流がモットーを刻む一方、長狭谷は数秒押し黙った。

『少し待て』

 返事を待たず通話を保留。剛流の設定した旧世紀ロックが二分ほど流れたのちに、長狭谷は電話を取り返す。

『待たせたな』

「いえ、そんな。……もしかして、商談中でした?」

『気にするな。それより、確かなんだろうな?』

 さっきより遅い口調の確認に、剛流はエアディスプレイのひとつをのぞく。

「確かです。持ち主が子供だって思って無理矢理奪おうとしたんですがね。これがまた手痛いしっぺ返し食らいまして……」

『しっぺ返しだと? 大事ないのか』

 画面には、狭い部屋を斜め上からった映像。中央に固定された椅子に青白いケーブルで縛られた少女が力なく項垂うなだれている。気絶した彼女とつけっぱなしのかんざし一瞥いちべつした剛流は、鼻を鳴らした。

「ええまぁ。少し火傷しただけです。普通にピンピンしてますよ」

『少し……火傷?』

 長狭谷が訝しげに問い返す。着替えたスーツの腹をでつけ、剛流は口と首を同時にひねる。

「ええ、火傷しただけです。トラックのドアぶっ飛ばすぐらいの爆発だったんで死んだかと思ったんですが、フタ開けて見りゃちょっとの火傷で……なんか、伝説にしちゃ弱過ぎるといいますか……」

 言い訳めいて話す剛流のこめかみに、冷たい汗がにじみ出た。今更ながら贋作がんさくの可能性。もしあれが偽物だったら。降って来た不安が圧し掛かる。

『……まぁいい。真贋しんがんはこっちで確かめる。それで、場所と金だな』

「え、いいんですか? 場所ぐらいこっちで用意しようかと」

『構わん。四時間後にそっち行く。今どこだ』

「目黒にある、マンションです。すぐアドレス送るんで」

 急いでメールフォームを起動し、長狭谷てに現在地を送信。律儀に出る送信完了の文を確認すると、長狭谷のかんぐるような質問が響いた。

『ところで、持ち主とやらはどうした。してやられたらしいが、その後は』

 剛流は素早く監視画面に目を戻す。画面内の少女は相変わらず微動だにせず、覚醒した気配はない。かんざしも光っておらず、沈黙を貫いている。

「寝かせたというか、なんというか。……とりあえず、今は縛って見張ってます。ブツも一緒です」

 返答、そして無言。ビズで鍛えた剛流の勘は、長狭谷が思考中だとすぐに見抜いた。うたぐられてるか。小さく、しかし確かに早まる鼓動を聞きつつ、固唾を飲んで次を待つ。贋作の可能性とケジメの不安が、胸中に暗雲を持ってくる。

 都市伝説の兵器を模造する技術。本物だとして、そもそも孤児院の娘が何故そんなものを。トラックを吹き飛ばしながら無事な自分。冷酷な長狭谷。熱狂と興奮の後に押し寄せてくるネガティブイメージ。

 永遠じみた一分が過ぎ、長狭谷はおごそかに言った。

『詳しい話は着いてから聞く。待ってろ』

「りょ、了解……」

 通話終了。剛流はソファーにもたれると、肺中の息を吐き出した。

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