05

 七月二十六日、十四時三十分。潮流ファイナンスの隠れ家マンション、地下駐車場。

「どぅわっはぁッ!?」

「社長!」

 SLAM! 吹き飛ぶ剛流はトラック壁面に背中からぶつかった。駆け寄る社員の手を借りて立ち上がり、鈍く痛む背をさする。

「い、い、痛っ……てぇぇぇなァーもぉ!」

「こっち来ないで!」

 うめく剛流に怒鳴るのは、反対側に立つ少女。整った顔立ちではあるが、竜胆りんどうめいた暗い紫のシニヨン以外、取り立てて特徴的な箇所はない。服装もオーバーオールにベージュのTシャツという質素なもので、首にはぼんやり光る首輪がまる。つい数時間前に仕入れた商品を前に、剛流は部下にささやきかける。

「ちょっとちょっと、どうなってんのよ。こんなイキのいい子いたっけ? もっとこう、無抵抗なのばっかだったはずだよね?」

「いえ、それが……髪のアレに気づいたらいきなり……」

「ブチ切れたの? それまで大人しかったのに?」

「ええ、その……はい」

 事態を飲み込めていない部下の隣で厚いくちびるを曲げる。徴収ちょうしゅうしたカタなど一々記憶はしてないが、少なくとも回収に手間取った覚えはない。剛流は部下の肩から離れた。

「えーっとね、お嬢ちゃん。そのね、髪についてるやつをね、ちょぉーっとおじさん達に見せてくれないかなァ? 大事なのはわかるんだけどね、ちょっとだけ」

「嫌」

 少女は猫なで声をばっさりと切る。のっぺりしたサングラスの下、剛流のまなじりがぴくついた。

「……どうして嫌なのかな?」

「嫌だから。髪飾りさんは渡さない」

 にべもなく即答し、シニヨンをまとめるかんざしに手を伸ばす少女。赤い円にふちどられた丸い膨らみと、それに伸びるすすきのモチーフ。一触即発の空気の中、剛流は数瞬前を思い出す。

 嶽斬武装大全最終ページのルヴァードを持ったガキがいる。部下の報告を受けた剛流はその子供を隔離幽閉したトラックに突撃。改造脳直結型サングラスのズームと記憶写真の照合が一致すると同時に、有無を言わさず飛びかかった。だが、謎の力によって剛流の背中はトラック壁に打ちつけられた。少女は無傷。

「剛流さん。オレはアレがどーいうモンなのか知らないンですが……なんか知らないンですか」

 ひっそり耳打つ部下の一人に、苦虫を噛んだような顔で言い返す。

「……知らねェ。最後の五つは名前と形以外書いてねェんだ。今すぐこっちバラせるモノじゃねェと思うが……」

 ルヴァードという兵器が裏社会で伝説となる理由。それは、何よりも強いからに他ならない。

 うわさによると、ルヴァードは武器に目玉をつけた形で、普通の武器に比べて恐ろしい破壊力を持つという。曰く、拳銃型なら装甲車二台を弾一発で貫通し、刀剣型なら核シェルターを野菜めいて斬り捨てるほど。

 それだけでも十分強力ではあるが、それで社会重鎮は動かない。武器兵装は時経ときへるごとに強くなり、威力だけでは時の波に流される。ルヴァードを百年伝説たらしめるのは、各武器ごとに与えられた神の力なのだという。

 裏で生きる剛流は当然、神など全く信じない。だが一方で、自分の知る常識や科学では測れない事象を感じることがごくまれにある。例えば、今のような。

 引きつる顔の肉を動かし、笑顔を作る。隠した左手を動かしながら、再度問う。

「ねェ、本当にだめかなァ。ほんの二秒でいいんだよ?」

 少女は簪に触れたまま剛流をにらんだ。赤に囲われた膨らみが目蓋まぶためいて開かれ、象牙色ぞうげいろに浮く紅白の菱形ひしがたさらした。

「嘘。絶対に嫌」

 真っ直ぐな敵対の意志を向けられ、剛流はこれ見よがしに舌打ちをする。しかしその口は笑ったまま、むしろ嗜虐的しぎゃくてきに歪み始める。

「ちょっとちょっとォ。おじさんがこォんなのお願いしてるのに、それは無いんじゃないかなァー。あ、もしかしてさ、調子乗ってる? 自分かわいいからなんもされないって思っちゃったりしたでしょっ!」

 突如饒舌じょうぜつになった剛流から、少女は離れようとする。が、靴のかかとは半歩進まぬうちにトラック内壁に当たって止まった。距離は約一メートル。荷台の扉は硬く閉ざされ、開けるのは剛流と部下のみ。逃げ場は、ない。

「いけないなァ。かわいいからって調子乗るのァ良くないなァー。そんなワルイ子にはァ……」

 左手で操作を終え、両手をサングラスのレンズ端にあてがう剛流。レンズに『懲罰』の文字が出ると同時に、フレームの仕込みスイッチを押した。

「オシオキしとかないとなァーッ!」

 VOOO! VOOO! VOOOOHHH! 少女の首輪が発光し激しいノイズをまき散らす! 倒れ、もがき苦しむ少女を見ながら剛流はサングラスを操作。ノイズがボリュームを増し悲鳴とユニゾン! VOOOOOOHHHH!

「あっ、ああああああああああッ! ああああああぁぁぁッ!」

「アッハッハッハッハッハッハッ! 今だ、盗れッ!」

『ハイ!』

 命令に従い二人の部下が大きく踏み出す。片方が少女を押さえつけ、片方がかんざしを奪おうとしたその瞬間、簪の瞳が血のように赤い閃光を放った。直後!

 CABOOOOOOOOM! トラックの扉が、爆炎によって吹き飛ばされた。

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