04

 七月二十六日、十六時三十二分。警視庁第四小隊会議室。

 傾きかけの陽光に照らされるホロディスプレイから顔を上げ、魁人は葉木吹に問いかけた。

「……手がかりゼロ、ですか」

「ああ」

 短く答え、葉木吹がウィンドウに手をかざす。応じて流れるスクリーンには首なし死体が並ぶ室内。

 死体は全て乱れのないスーツ姿で、デスクに突っ伏す形で死亡。机上きじょうの頭部は首から出た血で赤黒い。こちらに鉄の臭いがただよって来た気がして、魁人は思わず鼻をつまんだ。凄惨せいさんな写真がスライドし、鑑識のデータが現れる。

「指紋に靴跡、繊維毛髪に至るまで、なんにも出て来やしなかった。わかったことっつったら、凶器が切れ味鋭い刃物で……」

「連中が反応できねえ速さでぶった斬られたってぐれーだな」

 リクライニングチェアに持たれナジームが欠伸混じりに言葉をいだ。円環状のデスクに置いたケースをコツコツと小突こづく。

「でもって、社長は拷問されて死に、色んなデータが抜かれてた。現金げんきん電金でんきんも取られてたっけな」

「ただの強盗じゃなさそうね」

 おとがいに手を添える。かたわらで不安そうにする幼女をでてやりながら、データを詳しく精査していく。会議室に集まる仕事仲間の様子を見つつ、魁人は頬のエンブレムに手を触れた。

 放課後、全ての授業を終えた魁人を待っていたのは、葉木吹からの再コール。指定された会議室に入るとナジームとヒグロが先に着席しており、少し遅れて葉木吹がヒグロ隣の幼女を連れてきた。会議室の総勢五人。これが魁人の属するチームメンバーだ。

「それで、お金以外になんのデータが抜かれてたって?」

「名刺、顧客名簿、社員データ、ナンバー、アドレス、認証キー、免許各種だな。抜かれたって言うよりは、コピペされてたんだが」

 きながら答える葉木吹に、ヒグロは目を丸くした。

 三世紀前のユーザー大暴走事件以来、インターネットは規制が厳しい。免許制、無期懲役を含む厳罰、あらゆるデータの干渉監視。よりクリティカルな情報ほど堅牢けんろうに守られ、奪取には高いリスクが付きまとう。

「個人情報ごっそりコピペ? まるごと盗るんじゃなくて?」

「ご丁寧に全部まるごと残ってたってよ。あ、追跡は難しいらしーぜ。なんだっけか……使用履歴がどうのこうの、つってたかな……」

「冗談よしてよ……」

 ヒグロが呆れたように首を振る。データ盗難の基本は消して奪うだ。コピー・アンド・ペーストすれば元のデータが残る上、履歴りれき辿たどれば誰の手に渡ったか一目でわかる。よってデータを履歴ごと奪い、死体と残留データをハ抹消するのが常套手段じょうとうしゅだんだ。

 死体あり、拷問のあとあり、コピペの痕跡ありの状態で犯人が発見できないというのはまずありえない。なのだが。

「誰も気づかないしカメラにも人っ子一人映らねえ。DNAも見当たらねえ、ネットで探しても出てこねえ。しかも相当な武力を持ってる」

 トレンチコートのポケットを漁り、葉木吹は巾着袋きんちゃくぶくろを揺らしてみせる。口には銀の機械リング。

「そんな超常現象、幽霊じゃなきゃコレ以外にないだろう。俺達の分野だ」

 引き締まった表情でヒグロ、薄ら笑いを浮かべてナジームが席を立つ。葉木吹はホロウィンドウを全て消去し、巾着袋をコートにしまった。

「とりあえず、まずは足だ。ガキ出したっつう偽弁護士は、俺とナジームの方で追う」

「あいよ」

「嬢ちゃんはデータ方面から頼む。S課に話はつけてある」

「早くていいわね」

「ハル坊、魁人についていけ。魁人……おい、魁人」

「ん? ……あ、はい!」

 四人が座してうつむく魁人に視線を向ける。気配に気づいた魁人は顔を上げ、慌てて立ち上がった。

「寝不足か? 話は全部聞いてたんだろうな」

「だ、大丈夫です! ちょっと、考え事してて」

「そうか」

 返す葉木吹はわずかに苦笑。巾着を入れたのと逆のポケットをまさぐりながら、空中をタイピングする。

「ハル坊と一緒に、直近の通話相手を当たってくれ。リストは今送る。それとな……」

 魁人の視界端に手紙マークが点灯。同時に、葉木吹はポケットから取り出した物を放った。赤い放物線を手で包むようにキャッチすると、手の中でカサカサした感触が伝わってくる。

「お前さん宛てに手紙だ。先にそこ行っておけ。報告書は詳しくな」

「手紙? 俺宛てにですか」

 言って両手を開いた魁人の胸を、嫌な鼓動がノックする。

 翼裏にボールペンで『くらしまかいと様』と書かれた折り鶴が、死にかけの虫めいて痙攣けいれんしていた。

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