interlude2

 七月二十六日、十四時四十八分。都内某所。

 合成特殊シートの上で、青樫あおがし逸場早いつばさは屈辱の内に土下座を強要されていた。彼の周りをぐるりと囲むのは、殺伐たる処刑人めいた雰囲気の者達。老若男女、服装も様々であるが、全員が胸元に金のバッジを着けている。

 蝙蝠こうもりのタトゥーを入れた額をシートにこすりながら、青樫は自分の手下に恨みを連ねる。彼は都市部ではばかせるチームのリーダー。率いるのは、他チームが登場と消滅を繰り返す中、十年残るカラーギャング。その名を、ブルージェットといった。

 学生、浮浪者、ビジネスマン。表の人種から恐れられるチームのかしらは、より大きな脅威にさらされていた。

「青樫ィ……もう一回言ってみろ」

 下げた頭に、ドスの利いた声。青樫は内心文句を重ねつつ、謝罪の意を口にする。

「こ、このたびは……私と私のチームを助けていただき、まことにありがとうございました」

「次」

「部下の不始末が原因で、多大なご迷惑をおかけしたことを深くお詫びし、以降このようなことが起こらぬよう、教育して……」

「ふざけんなコラァッ!」

 ZGRACK! 衝撃が青樫の骨を震わせる。取り囲む者たちが固唾かたずを飲み、あるいは身震いするのがわかった。心の中でざまみろと笑った直後、メタルブルーの髪をつかまれ引き上げられる。鼻先が触れそうな距離に、鬼めいた形相。

 トラバサミのような金歯をめた、傷だらけの強面こわもて。大きな裂傷れっしょうのある右目からはトゲめいたカメラが三つ飛び出し、青樫の甘いマスクをギョロギョロと見澄みすましている。彼の名は長狭谷ながさだに仁岱じんだい。十六の非合法組織と十八の企業からなる犯罪シンジケート、長狭谷連合のトップである。

「反省だ? 反省したらどうだってんだ? お前らのために使った金ェ帰ってくんのか? ア? それともなんだ。テメェら全員ボランティアすっかオラ?」

「す、すいませッ……」

「すいませんじゃ済まねえんだよガキィッ!」

「ごぁっ!」

 SMASH! コンパクトなアッパーが青樫の顎を撃ち抜く。直撃のダメージと追撃のインパクトに脳を揺すられ、視界が激しくフラッシュ。改造腕を構えながら、長狭谷は歯軋はぎしりをする。

「よく聞け。お前らのせいで潰れた工場はなァ、お前らのためにあるんじゃねえんだ。今日取引できねえせいでどんだけの人間迷惑すっと思ってんだって聞いてんだよオルァッ!」

「ぶげっ! す、すいま……」

「すいませんじゃねえっつってんだろうがッコラァ! 何度も言わせんじゃねえぞ無能猿むのうざるが! 謝んなら弁償しろッコラーッ!」

 数発プラスインパクト。鼻と頬の骨に嫌な感触が走り、血が垂れる。

「しかもなんだ!? サツに現場見られた挙句商品キズモノにしようとしただァ!? 女は丁重に扱えっつっただろうがッコラーッ! クソガキのッ! 手垢ついたらッ! 価値下がるって最初にッ! 言っただろうがァーッ! っぞオラァーッ!」

 顔面に手加減無しの鉄拳制裁が連続で叩きこまれる。視界がにじみ、顔がれあがるのを感じながら青樫は歯を食いしばった。最後の一撃でノックアウトされて仰向けに倒れる。

 ひとしきり殴った長狭谷は腰を上げ、肩で息をしながらひかえる側近に顎をしゃくった。苦悶する青樫を革靴で踏み、鳩尾みぞおちをねじる。

「なんでテメェみてえなゴミガキを出してやったかわかるか青樫ィ。連合のこと吐かれたら困るからだよ。でなきゃテメェのガキ教育できねえカスの願いなんざ誰が聞き入れるかってんだ。いいか、今回テメェらのせいで無駄遣いした金はなァ、カスチーム全員の命じゃ足しにもなんねえほど高額なんだよ。だから……」

 CEEEEEEEEE! 長狭谷の言葉をぐように、鋭いサウンドが部屋を満たす。側近を除く全員が、倒れた青樫の両手足を押さえつけ合成シートに大の字拘束。身の危険を感じた青樫が、飛びかけた意識を引き戻して暴れ出す。

「ひッ……ま、待ってくださいよ! 何するンですか!」

「決まってんだろ。ケジメつけンだよ」

 下がる長狭谷と入れ替わるように、側近が青樫の前に現れる。血痕けっこんさびをべったりとつけたチェーンソーをうならせ、感情のない目で青樫を見下ろす。扉の方へ歩きながら、長狭谷は無慈悲に宣告。

「腕二本、借金のカタでもらうぞ。テメーらのために使った金、五千万を半年以内に全額返せ。それ以降は一秒一割で利子つける。払えねーなら地下行きだ。……やれ」

「ちょ、ちょっと……待って! 待ってくれえぇぇぇぇッ!」

 悲鳴に構わず後ろ手に扉を閉じる。外で待機していた男が一礼し、淡々と報告事項を口にする。

「お疲れ様です、ボス。剛流さんからお電話です」

「剛流? ……取引延期の連絡はしたよな」

 闇金経営のびた四角い顔を思い出し、長狭谷は首を傾げた。

 剛流の潮流ファイナンスは連合の重要な資金源だ。よって、連合絡みの重要連絡は真っ先に回す。女児の買い取りについても、話がついたと聞いている。

「なんでも、直接お耳に入れたいことだと。ひどく興奮しておられましたが」

「興奮……まぁいい。後始末は全部終わった。俺が直接出る。園衝えんつき、中のガキのおしめをかたせ」

「恐れ入ります。こちらの方はお任せください」

 深々と頭を下げる側近を残し、長狭谷はオフィスに向かう。去っていく彼の背後で、青樫の悲痛な絶叫が壁ごしに響いていた。

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