03
予鈴のチャイムが講師の話に水を差す。黒板モニタに大写しされた図面と居並ぶ生徒を一瞬見比べ、機甲技術解剖学担当の教授は不機嫌そうに手を打った。
「じゃあ今日はここまで。宿題はー……そうだな、エーテルエンジンと水素エンジン、あと核エンジンの共通点を挙げて、どれが二足歩行型ロボットに組み込めるかを三千文字以内で書いて来い。期限は来週の授業チャイムまで。出さなきゃ0点。はい解散ー」
口早に言ってさっさと出ていってしまう教師。視界スケジュール帳に宿題をまとめる魁人に、近場の男子が不安げに声をかけてくる。
「なぁカイト。宿題、なんつってた?」
「聞いてなかったのか……」
呆れ半分で魁人が言うと、彼は不満げに口を曲げた。
「だってあの先生むっちゃ早口じゃん。聞き取り辛えんだよ!」
「わかるよ。たまに板書追い付かないしね。……けどさ、居眠りしといてそれはなぁー」
「ね、寝てねえって!」
弁解する男子に、立ちつつ口の端を
西暦2477年。ヴァムフィムなる宇宙人と接触して二世紀、地球の内外で様々なことが起こった。
急速な技術革新に始まり、小国同士の大戦争、火星や海底への移民、人工太陽の生成と故障による
荒廃ゼロ。緑豊かで食糧補給も万全。理想郷と言われるようになった日本だが、その実
「んっ?」
ぼうっとレポート文を
『暇な者は送った住所の場所に来ること』
非常時以外学業優先と言われた以上、サボタージュは基本不可。文面を見るに、せいぜい手が空くなら手伝え程度でそれほど深刻ではないらしい。自分の出る幕はないだろう。
●
一分後。荒川区某所で、葉木吹は物々しい雰囲気に包まれたビルを見上げていた。地上から屋上までを箱状に
「やれやれ。昼間っからコレかよ」
ぼやきつつ、部下五人にメッセージを飛ばした葉木吹はテープの結界に触れる。野次馬バリアを幻影のようにすり抜けた彼に、
「よぉハギ。腰折って遠出してご苦労なこったなァ」
「何時間ぶりだな、マガラダ。お前さんこそ、えらく
「わかりきったこと聞きやがって……」
葉木吹が混ぜっ返すように言うと、マガラダは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「人足りねえからって呼ばれたんだよ。ここ担当のがドンパチやってオペ中なんだと」
「願ったりだろ。マタ仲間と残業代が増える」
「増えてたまるか」
軽口を叩きながらも、葉木吹はビルに足を踏み入れる。六階建ての雑居ビルは、フロア全てがひとつの会社のものらしい。入り口のホロスクリーンには『羽黒法律事務所』と表示され、各フロアにある担当部署を案内している。
「で、ガイシャは」
「四十七。頭からケツまで、社長以下全員だよ」
「先言っとくぜ。この階に便所はねえ」
「脅してくれるな」
レッドカーペットの道を足早に過ぎ、テープの壁をすり抜ける。
テープの向こうは、アラベスク模様の絨毯を敷き詰めた、
そして、入り口の真反対。入室者を待ち受ける巨大な風景画を背にしたデスクチェアに、死体がもたれかかっていた。
刀で両肩を貫かれ、口からは
「……なるほどなぁ。こりゃあ、昼飯吐いても責められん」
「だろ? 下の階は首チョンパで終わってるんだが、ウチの若いのはそれでもダメだ。こんなホトケ、見せられるかよ」
話し合う二人の声に、鑑識たちが振り返る。死んだ魚めいた目に光を差すと、彼らは素早く立ち上がってお辞儀した。
「ああ、葉木吹警部補。お疲れ様です」
「お疲れさん。……社長がホトケか」
「はい」
チーフの鑑識が応え、
「まぁ
部下を
「刀は誰のだ?」
「誰のって、そりゃコレのだろ。おらよっと」
BOFBOF! 部屋に投げ込まれた物体を、柔らかな絨毯が受け止める。続いてテープをすり抜けたのは、浮遊ケースを犬めいて連れた、ガラの悪い青年だった。整えもしないボサボサの金髪に、端の尖ったサングラス。スーツもシャツもだらしなく着崩され、開いた喉元には炎のタトゥーと黄金のペンダント。いかにもチンピラといった風情の彼に、葉木吹は軽く手を挙げた。
「ナジームか。意外と早かったな」
「ちょうど近場フラついてたから来てやったんだよ。感謝しろよな」
生意気に言い、ナジームは転がった床に放った物体を蹴る。それは一見、泣き別れた人の頭部のようだが、首の切断面から
「……義体筋肉使ったアンドロイド? こんなの、どこから……」
「階段登ってすぐの天井裏だ。大方、怪しいの来たらこいつらが降りてグサッとやるっつーハラだろ。
チーフがアイコンタクトし、鑑識は頭を持って部屋を出ていく。マガラダに下へ行くと手振りで伝え、葉木吹は大部屋を横切った。入り口で待つナジームが、近くに来るなり喉を鳴らす。
「なあオイ。マジで気づかなかったのかよ、オッサン。もう歳か?」
「そうだなぁ……壁のカメラとマシンガンは気づいたんだが、天井裏はなぁ……」
後頭部を
そのうち、自分も警備用兵器に殺される日が来るかもしれない。他愛もないことを考えながら、葉木吹は青年を見下ろした。
「それよりナジーム。お前さん、聴取の方はどうなったんだ。終わってこっち来たにしても早すぎねえか?」
「…………」
無言で葉木吹を見返し、ナジームが嫌そうな表情でタトゥーを突く。意図を
『逃げられたんだよ』
『……何?』
意外な一言に
『二人目シメてる真っ最中によ、なんだか言う弁護士が釈放だっつって全員連れていきやがった。で、これだ』
五秒と経たず、葉木吹の視界に受信のアイコンが点灯。点滅する手紙マークをタップするとともに展開されたデータを見た瞬間、葉木吹は目を見開いた。
『おい……こりゃどういうことだ』
『どうもこうもねえよ。ガキ共連れてったヤツがそれ置いてったんだよ。だから
チャットで不満げな声を
『羽黒貫なら、あそこで死んでるぞ』
『そうそう、したらあそこで死んで……』
「………なんだ、んぐっ!」
声を上げかけたナジームの口を素早く
『気づかなかったのか? 玄関に看板あったろ』
『そ、そりゃあ見たけどよ……アタマがこっから取調室まで来るわけねえだろ? 来ても下っ端のパシリだろ普通。だから息子かなんかだと……』
『……まぁ、それもそうか』
手をコートで
死亡時刻は午前一時半。負傷から十四秒で活動停止。ナジームが取り調べを始めたのは昼前のはずなので、その頃には既に死んでいるはず。ならば単純に考えて、殺人犯が社長を
『なんで殺人犯がチンピラ連中を釈放させるんだ……?』
『知らねえよ。本人に聞きゃいいだろ。つーわけで、オレからは以上だ。切るぜ』
チャットを切り、二人は
「で、どうすんだよ刑事殿。ここに突っ立ってるわけにもいかねーんだろ」
「……そうだな。とりあえず、またチンピラ捕まえるところから始めるか。なんか知ってればいいし、知らなくても誘拐の経緯は吐いてもらう。……吐いたか?」
にやりと笑い、肩をすくめて首を振る。今後のプランを練るトレンチコートの背を、マガラダの
「ああ、待て葉木吹。うっかり忘れるところだったぜ」
「ん?」
コートをまさぐり取り出したのは、赤い折り鶴。ツンと尖った尻尾をつかんで渡してきたそれを無造作に受け取る。
「お前ンとこのだろ? 中は見てねえ」
「さっき電話で言ってたやつか。どれどれ」
電子に埋もれ、とうに消えた知育玩具を様々な角度から見る。頭、首、胴を翼の裏部分を覗き……葉木吹は眉間に
「あ? ンだよオッサン。なんかあったか?」
「…………。いや、なんでもない。行くぞ」
折り鶴をポケットに突っ込み、足早に歩きだす。すぐ前を過ぎた、難しく考える上司の横顔に、ナジームは首を傾げた。
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