01
ネオンライトに
「噛んで」
「あ……」
ぶっきらぼうな一言に、魁人は思わず
「……い、頂きます」
小さく礼を言い、小さな黒い
目頭をつまみながらシートにもたれ、ボトルを返す。ややあってボトルがひったくられ、複数個のガムを噛む音が聞こえてきた。察するに、全て流し込んだのだろう。この人の
「覚めた?」
「はい、バッチリ……」
もごもご返事をしながら、魁人は赤髪の女性を盗み見た。年の頃は二十代半ば。紺色のスーツを着こなすスレンダーな
だが、今現在その真紅の瞳は静かな怒りを
『なァー思ったんだけどさ、今回の結構可愛くね? つーかエロくね?』
『はぁ? 節穴かよ。……いや、お前着衣が好きなんだっけ!』
『マジかよ変態すぎるわ引くわ! あ、そういや前借りたAVも着衣モンだったわ。マジだわコイツ』
『うわきめェ! アッハハハハハハハハ!』
ガリガリガリッ。隣から聞こえる
現実逃避気味に広告を眺める魁人。医療、化学、サイバネティクス、その他もろもろの技術に
「はぁー……レポートやんなきゃなー……」
さっと
『はい、倉島』
『マガラダだ。定期報告』
脳内での応答に、酒焼けした声が応じる。魁人はちらりと隣を
『現在犯人グループは東海JCTを南下中。中途での
『了解。車内状況は……』
魁人がスピーカーに耳を傾けかけたその瞬間、通話に着信音が割り込んだ。網膜に浮かぶ緊急通信を告げるアラート。発信者名は
『マガラダさん。この高速、他の車いる?』
『は? なんだって? ……いや待て。それ以前に確かお前運転手……』
『いいから早くして』
「ちょっ、霧城さんッ?」
口を挟みかけた魁人に、ヒグロはスピーカーを
『なあ頼むよー。ちょっとだけいいだろ? 味見だけさ』
『うるせえマジでやめろバカ! それやったら俺らまで撃ち殺されんだろが! 変態はテメーん
『あの人結構厳しいからなぁー……誰だっけ? 前に見せしめで
罵詈雑言に物騒な単語。会話が
『いやでもさ、奥までやりさえしなけりゃバレなくね? ほらアレだよ。先っぽだけだから、ってやつ?』
しばしの間、車内に沈黙が降りる。不機嫌そうな
『……俺は知らねえ。
『オレも知ーらね』
『大丈夫だっつの! 派手にやんなきゃバレねえって! オートパにしてこっちこいよマサ!』
目を合わせたヒグロが重く
『もしもし?』
『どうだった?』
『範囲内に車両無し。ついでに安全課に無理言って、二キロ先まで通行止めにしてやったよ。入ってもこれねえ』
魁人は内心舌を
『
『悪いんだけど、予定変更』
通信しつつ、ヒグロはハンドルから左手を離す。車のオートパイロットが起動。ハンドルを止め、ひとりでに走り始めるスポーツカーの運転席で、ヒグロは左手指を動かした。足元でガコンと音が鳴る。
『
『はぁ!? おいちょっ、待っ……』
マガラダの制止も聞かず通信切断。魁人も
「スリーカウント。やり方は任せるけど被害者の保護が最優先」
「了解。カウントお願いします」
シートベルトを外して宙返り、魁人は座席の肩部分に着地する。ヒグロと同じ紺のスーツをはためかせ、
「スリー、ツー……ワン」
「GOッ!」
スポーツカーが加速する。グンと加速Gを受けた魁人は夜のハイウェイを跳んだ。放物線を描いてワゴン車を追い越し、運転席が真下を通ったその瞬間。手にしたケースを後ろに投げ捨て、中身を高く振り上げる。抜き放ったのは一本の竹刀。赤熱するその
「はあああああッ!」
CRAAASH! 竹刀がルーフを貫通し、フロントガラスの一部を粉砕! 着地した魁人が柄を押し込むと、ワゴン車は蛇行しバリアめいた光のフェンスに激突した。内部から響く悲鳴と怒声!
「んぐぁぁあああああッ!? ンだってんだァ!?」
「上だ! 上になんかいやがる! 落とせ!」
「つーかハンドル! ぶつかってんぞ!」
「曲がんねえんだよッ!
BEEBEEBEE! 黄色いフェンスが赤くなり、ワゴンに進路確認を
「ッ!? ンだっテメどっから
振りかぶったチンピラの手から電光放つロッドが伸びる! バットほどの長さになった違法改造済み電気警棒にヒグロはライフルを発砲! BLLLAM!
「死ッ……あえッ!?」
電撃放つ警棒が空を
「寝てろッ!」
「ふむぐぁぁッ!」
くぐもった悲鳴を上げて鼻血噴出! さらに引き抜いた竹刀を
「は、え? ジョーゴ……えっ? 屋根……あれぇ?」
「バカッ! ぼさっとむごぉ!」
身構えかけた一人目を蹴り、反対の足で二人目を撃ち抜く! 着地し三人目にアッパーカット。電気警棒が起きた時には、魁人は眠る少女を
「よし……」
「何が良しだオラァァァァッ!」
長さ半分の電気警棒を振り上げるチンピラ!
「がっ……喰らッガァーッ!」
「せいっ!」
魁人はその場で小ジャンプ。ナイフの切っ先を
「グッジョブ。何人起きてる?」
「二人です!」
「OK。じゃ、後は任せて」
報告を聞いたヒグロはウィンドウを操作し車を加速。ぐんぐん近づき、再び並んだワゴン車後部に、アサルトライフルの銃口を向ける。引き金に指をかけると、銃身側面に埋まった無機的な眼球が真っ黒に染まった窓に狙いを定めた。
「殺さなくていい。全員気絶させれば十分」
銃にそっと
「行けッ!」
BRRRRRRRRRRRRR! アサルトライフルが火を
「制圧完了。倉島くん、被害者の容体は?」
「へ? あっ、はい!」
銃撃に見とれていた魁人は
「寝てるだけみたいです」
「そう。ならよかった」
●
「お前ら、テロリストかなんかか?」
捜査一課所属の刑事マガラダは、
横に広い体に茶色いモッズコートを
「い、いやほら。被害者が人質にされるかもしれませんでしたし……一応命に別状はないぐらいの手加減は……」
ぼそぼそ口を動かす魁人の隣で、ヒグロが一歩進み出る。
「実際問題、相手は武装していましたし、放置すれば被害者が強姦の
ハラハラしながらマガラダの様子を
「ナメんなよ、小娘。こちとらお前らがお
現場を
「車ストリングチーズにした上、犯人チーム全員ケガだと? これから聴取だのなんだのしなきゃなんねえんだ、もうちょい加減ってモンをしやがれ!」
魁人は無言で目を泳がせた。ポケットのシール型指向性マイクを
厚い布が被せられたかのような重い沈黙。
「あの……マガラダさん」
「なんだ」
「……後ろ。何か、報告あるんじゃないですか」
「はひぃっ!」
「か、カーナビを調べたらッスね、犯人グループの行先がわかりまして……多分、取引相手かと」
「私達が行きます」
スティック状データロムを、ヒグロの手が奪い取る。何事か言いかけたマガラダと
「盗聴で上位組織がいることは確認済みです。下位の彼らが武器を持っていた以上、取引相手も武装している可能性もある。私達が適任です」
「い、いや、だからって勝手に……」
助けを求めてマガラダを見る若刑事。半分機械の
「報告書。きっちりしたモン
「もちろん。倉島くん、行くわよ」
「……。あ、ハイ」
生返事をし、魁人はスタスタ歩き去るヒグロの背を追う。微妙な表情の刑事二人に見送られ、スポーツカーに乗り込んだ。
●
『KEEP OUT』、『交通事故により一時閉鎖』の表示が浮かぶ立体映像の壁を抜け、スポーツカーが去っていく。徐々に小さくなる車体を見送る若輩刑事が、マガラダを恐る恐るのぞき込んだ。
「あの……よかったんスか? あれで」
「いいも悪いもあるかよ」
吐き捨て、マガラダは機械化した左手を持ち上げる。開いた手の甲から
「こっちはこっちで仕事あるしなァ。レッカーは」
「もうじき来るらしいッス。一〇分っつってたかなぁ」
若輩刑事は機械化された右頬をかく。車内を
「しっかし、一体何をしたらこんなことになるんスかねえ。今時の車、チャカじゃ壊れねッスよ? なのにあんなズタボロに……実は超兵器でも持ってたりするんスかねえ?」
「……超兵器な」
低く言い、マガラダは右目を閉じた。
「お前、こんな
「あー知ってます知ってます。でもぶっちゃけ
若い刑事がヘラヘラ笑う。
「いやいや絶対ありえないでしょ。軍隊ぶっぱ兵器だったら、こんな車とっくのとうに消し飛んでますって」
「わかんねえぞ。噂には尾ひれがつくもんだ。幽霊の、正体見たり、枯れ尾花……ってな」
マガラダはあくまで、真剣な表情で遠くを見据える。夜のハイウェイに消えた、スポーツカーの後ろ姿を探るように。
「妙な世の中になったもんだぜ、ったく……」
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