ルヴァード×ヘリュテュアレー
闇世ケルネ
プロローグ
「ぶごっ……!」
妙齢の女性が尻餅をついた。折れた奥歯が芝生の上に転げ落ち、
「ほんじゃあスイマセンねェ非力な園長先生殿。この子たち、もらっていきますからァ」
立ちはだかる、黒スーツを着た四角いシルエット。のっぺりしたノーフレームのサングラスをかけた男は左を向いた。園長の女性もつられてそちらを見ると、数人の黒服に駆り立てられる少女達と目が合った。
「先生! せんせぇぇっ!」
「お願い! 先生にひどいことしないで!」
「なら早く乗れ!」
黒服の一人が青白い警棒で少女達をぶつ。電光が閃き、打たれた少女は苦しげな顔で地面に倒れた。黒服は彼女に嵌まったぼんやり光る首輪をつかみ、トラックの中に投げ入れる。男は舌打ちして怒鳴った。
「オイ! あんま乱暴するんじゃねえよ! 値下がりすンだろうが!」
少女を投げ入れた黒服はたじろぎ、素早く服装と姿勢を正して叫び返した。
「すいません社長! あんまりしつこく抵抗してくるんで、つい……」
「クスリ使え! 必要物資ケチんなくていいからよ!」
「ハイ! おい、ここは見張ってっから、クスリ!」
別の黒服が少女達の列を離れ、トラックの近くに数台止まった乗用車に駆けていく。葉巻を咥えた男の足を、園長がつかんだ。
「んあァ?」
「お願い、お願いです、
不機嫌そうな男を見上げ、園長はしゃくりながら
「お願いですから、子供達だけは……なんでもしますから! あの子達を、連れていがないでくださいっ……!」
しばしの間、女性のすすり泣いた。遠くで聞こえる少女達と黒服の声。数十秒、黙っていた男が口を開く。
「顔、上げてください?」
ドスの利いた命令に、女性がぐちゃぐちゃになった
「ぐぶっ!」
背中から芝生に倒れた園長の腹に革靴の素トンプ。腹と顔を押さえて横倒しになる園長の前でズボンをはたき、男は懐を探る。
「
取り出した銀のキューブを葉巻に触れさせ、火を点ける。
「でさ、ウチらは請求額をキチッ! と払ってくれないと利益出ないの。元はっちゃあさ、そちらさんが貸して欲しい! って言うから貸してあげてるわけじゃん。でもほら、こっちも慈善事業じゃないからさァ。利子つけて返してもらわにゃご飯食べられないの。ワカル?」
挙手し、指をクイクイ動かすと、後ろに控えた黒服が前に出た。重そうに抱えているのは、大きな
「うっ……!」
「おぉっとぉ、間違ってもそいつにゲロかけないでくださいよー? それも立派なウチの社員なんでねェー」
震えながら身を起こす女性を、陸亀の機械置換された瞳が無表情に眺め回す。分厚い甲羅にはディスプレイが埋め込まれ、『借金:¥』で始まる文字列を表示している。機械化亀を
表示金額、十七億。
「じゃ、よろしくお願いしますねェー!」
「ま、待って……待ってくださいっ!」
陸亀をどけ、女性は地べたに額を押し付けた。
「こんなお金、払えるわけがないじゃないですか! もうとっくに運営だって立ちいかないのに! ……お慈悲を。どうか、お慈悲をぉっ!」
光沢スーツの背を向けたまま、男は無言で
「プッ……アハハハハハハハ! アッハハハハハハハ!」
落ちた葉巻が芝生を
「なぁに言ってんですかァ先生! 慈悲ならあげたでしょ! なんのために子供達もらったと思ってんです? なっさけない先生の代わりにィ、あの子達に働いて返してもらうためですよォ。金がないなら体で返す。昔っからの常識ですよね!」
女性が絶望の表情で男を見上げた。数歩戻った男は、女性の前で屈み込む。
「ま、運営無理ならしなきゃーいいでしょ。どうせ捨てられたガキ
不遜な態度で言ってのける男に、女性は呆然と首を振る。
「そ、そんな言い方……!」
「他になんて言うんです? 親にも見捨てられたゴミでしょうあの子らは! 大体ね、自分の面倒も見れない奴が、子供育てるなんて無理なんですよ。ま、かく言うウチも、ガキの面倒なんざ見やしませんがねェ」
剛流は吸ってる途中の葉巻を投げ捨て、次の一本を噛んで銀のキューブで火を点けた。発火キューブを指先で弄ぶ彼に、女性は震えながら声を絞った。
「孤児を救って……何が悪いんですか」
「んん?」
剛流は笑みを浮かべたまま首を傾げる。園長は続けた。
「望んで生まれたわけじゃないのに、親の愛も知らないで……あちこちたらい回しにされたり、暴力だって受けた子もいて……そんな子達が、ここで笑ってくれるんです。血も繋がってない私のこと、慕ってくれて……それを、お金に変えるなんてどうかしてます……!」」
男がきょとんとした表情をした。持ち上げたレンズ下、
「プフッ!」
開いた口が
「アッハハハハハハ! 寒い寒い! 何!? 数世紀前の熱血教師役ですか! 今時そんなん流行りませんて! よくまあそんな恥ずかしいセリフを
女性の歯の音がガチガチと鳴る。芝生を血塗れの手で握りしめ、出血しながら男を
「いやァー、ダッサい。金借りて、払えなくなったらお涙頂戴? 先生ねェ、そんなだからダメなんですよ。せめて金ぐらい用意してから言えってんです。こっちはね、キッチリ契約通りにね……」
「契約がなんですか! 好き放題書き変えて、こっちの言い分全部無視して!」
ついに園長は怒声を上げた。血の飛沫がサングラスに飛び、男の頬が引きつった。
「完済できるように相談して、あなたはそれでいいって言ったじゃないですか……なのにこんなの……話が違います!」
「ククッ……違わないでしょお。違わないですよ、ええ。弁護士のお墨付きですよ? その業界では有名な。その人がねえ、ウチが正しいっておっしゃるんですよ。だったら正しいのはウチでしょう」
そう言った男の笑顔が、苦い表情に変わる。騒がしくなるトラックの方を向き、音声を上げた。
「オイコラ! クスリ打てっつってんだろが! 同じこと二度言わせんじゃねえ!」
「すいません社長! クスリ打つまでに手間取っていて……ええいクソッ! 暴れんな!」
黒服が足に歯を立てた少女を引きはがす。金の髪をつかまれた白人の少女は尻餅をつかされた姿勢で黒服の手をつかみ、足をばたつかせて身をよじる。
「はな……してっ!」
「大人しくしろ! おい、こいつ押さえてくれ!」
「よし。感電するぞ。手を離せ」
黒服は金髪をつかんでいた手を離し、手首に食いつく少女の両手を振り払う。すぐさま動いた別の黒服二人が彼女の腹に警棒を突き込んだ瞬間、首輪が青白い電光を放った。地に押さえこまれた少女は首輪をつかみ苦痛に呻く。
「ぐぅぅぅぅぅっ……!」
「やめて……!」
這いずりかけた園長の背を革靴が踏んだ。立ち上がっていた男は踵をグリグリねじり、煙草の灰を目下の後頭部に落とす。
「駄目ですよぉ、行っちゃあ。コーカソイドまで囲ってらっしゃるとは、おみそれしました。日本語堪能っぽし、こりゃあ高く売れそうですわ。気が強いのだけアレですが……ま、そういうのが好きな方もいますし大丈夫でしょう。うん」
美味そうに紫煙をくゆらせ、うんうんと頷く男を、女性は肩越しに睨み上げた。両手で芝生を握りしめて引き千切り、握った拳で地面を叩く。
「この……この悪魔っ!」
「フム?」
ゴーグルめいたサングラス
「人を売るのがそんなに楽しいんですか! 罪もない子供達を……騙して、痛めつけるのがっ! この悪魔っ! 子供達を返して!」
「へッ!」
男が口角を吊り上げて笑い、煙草を女性の顔に放る。彼女が目をつぶって顔を背けた瞬間、BLAM! 空気が
「ぃっ……ああああああッ!」
「うるせえって」
冷たく口にし、男は爪先で傷口を踏みつけ抉る。高く大きくなる悲鳴を鬱陶しげな表情で聞きながら、拳銃持つ手をぶらぶら揺らした。
「あ? いい加減ナメた口利いてんじゃねえぞババア? 黙って金払えばいいものをよォ。それとも今死ぬか? あ? テメー殺してガキ全員もらってってもいいんだぞ? こっちはそれでもいいんだよ。あんたもそれがいいか? え?」
徐々に力の強まる足が、園長の肩を押し止める。顔を伏せて泣きじゃくる女性を舌打ちして蹴りつける男を、トラックのコンテナを閉めた部下が服装と姿勢を正して呼びかけた。
「社長! 終わりました!」
「おーう。今行く」
顔がへらりとした笑顔に戻った男は、園長を背に歩きながら片手を掲げ、一瞥もせずにひらひらと振った。
「そんじゃ、また来月の納期に来ますんで! お金、用意しといてください? せいぜい頑張りなすってー! アハハハハハハハハハ!」
笑いを残して歩く男に、黒服が小走りで駆け寄ってくる。剛流の隣で歩くスピードを合わせた彼は、囁くようにして告げた。
「社長。オークションから緊急でメールが……」
「寄越せ」
剛流が短く命じると、黒服は眼前で指を走らせた。数秒して、男の視界端に手紙のアイコンが出現。男のタップに反応したそれは白い手紙を展開した。送り主、ゾロトレフオークション。件名、取引中止の報告。男は立ち止まり、内容に目を走らせる。
末端組織のひとつが警察に追われたために、取引拠点を削除。次の拠点の確保は出来たが、模様替えに時間がかかる。次回のオークションは
「どうしますか。あのガキ共、ずっと置いとくわけには……」
「わかり切ったこと言ってんな」
手紙を横にスライドし、視界を確保。剛流は横目で黒服を見る。
「オークションに連絡して商品独自販売の許可ァ取れ。オッケー出たらオークションのお得意様にカタログ作って売りつけろ。絶対に腐らすんじゃねえ。いいな?」
「はッ」
「折角上玉そろえたってのに……ったくよぉ」
走行する車内。小さくぼやき、剛流は動画をタッチした。
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