interlude3

 七月二十六日、十六時三十五分。ブルージェットのアジト内。

「クソッ!」

 毒づき、青樫は空の酒瓶さかびんを投げ捨てた。神経を逆撫さかなでる鈴めいた音を振り切るように、次の酒を左手で開封。強烈なアルコール臭ごと中身を喉に流し込む。

 口の端から液体がこぼれ、頬と顎を伝って床にしたたる。激しくむ彼を、居並ぶ不良達が見守る。黒と青を服装に取り入れたメンバーが会する様は、さながら夜の海か冒涜的ぼうとくてき葬列そうれつのようだ。

 青樫は何本目かの酒を乱暴に投げると、呪いめいた声を吐く。

「……酒」

 ぞんざいな要求に、メンバー達が物怖ものおがおを見合わせる。だが、ジャンクデスクに肘を突いたヘッドは見向きもしない。

「何してやがる……酒持って来い」

 再オーダーを受けても、不良達は押し黙って動かない。数秒後、重い静寂に耐えかねた若い不良が、耐えかねたように口を開いた。

「り、リーダー! その辺にしとけって! 飲み過ぎだって!」

 青樫がぴたりと止まる。不穏な雰囲気にたじろぐ小柄な青年の四方、様々な含みのある視線が彼の胸に後悔をのぼらせる。

「その、なんて言ったらいいかアレだけど……さ、酒強いっても、そんなに飲んだらリーダーでもまずいんじゃ……」

 しどろもどろの説得を、深い溜め息がさえぎった。青樫はゆらりと立ち上がり、嫌な汗をかく青年ににじり寄る。うつむき加減で青年から五歩離れた位置にたたずむと、ゆっくりとおもてを上げた。憎悪に歪んだ目で青年を射抜き、右手を振るう!

「ふん!」

 SMASH! 青年の腹に巨大な槍めいた物体が突き刺さった。体をくの字に折り曲げ、足が床から浮き上がる。

「ぐぇっ……がはっ!」

 胃酸で弧を描きながら青年が飛ぶ。体躯は十メートルほど離れた床に落下し、背中をしたたかに打った。おののき割れる人垣ひとがきの間を通り、青樫が青年に接近。

「テメェ……誰に許し得て指図してんだ? あ? いつ俺より偉くなったんだよ、なぁ?」

 つぶやく彼の真後ろで、ゴリゴリと床が削れる。彼の右肩に下がるのは、巨大な三本指のマシンアーム。重厚なそれを持ち上げつつ部下に寄り、力任せに振り下ろす! 悶絶する青年の胴に鉄塊が叩きこまれた。

「ごばッ……」

 悶絶していた青年が血を吐き出す。胸が小枝を折るような音を立てるのを聞き流し、二撃目。さらに三撃目!

「おご、ぐぼっ!」

「元はっちゃァよォ……テメェみてえによォ、勝手するバカがよォ……黙って言うこと聞いてりゃいいってのによォ……ああ? おい。どーしてくれんだ俺の腕ェ……弁償できんのか。おい」

 打擲ちょうちゃくのたびに音は消え、青年の声も細くなる。やがて腕が投げ出され、赤い飛沫が弾け始めた。青樫は青年が動かなくなっても殴打を続けたが、やがてアームを大きく引き絞る。

「酒持って来いっつったら持って来いよ……この、役立たずがァッ!」

 GASH! 尖ったアームが青年をぶち抜き、骨と肉と血糊ちのりを散らす。凄惨せいさんなリンチ光景を目の当たりにしたメンバー数人が口を押さえて走り去り、残りは顔面を青くしたまま凍りついた。

 貫いた青年をゴミめいて投げた青樫は、メンバー達を冷たく見まわしきびすを返した。

「……これ片せ」

 重いアームを引きずって戻り、ソファに身を投げ出す青樫。死体処理にかかるメンバーを酒に濁った目で眺めながら、異形の右腕から目を逸らす。

 一時間前。寸刻みにされた青樫の右腕は、三十分の適当手術でジャンク品の腕に変わった。連合は輪切りの腕と、不良在庫の旧世代重機アームを置換された青樫をって彼のチームへ見せしめとしたのだ。

 その効果は実際覿面てきめん。震えて土下座し、謝罪する釈放組の頭を、青樫は容赦なく叩き潰した。以降、閾値いきちを超えた痛みと恐怖から逃げるように酒を飲む。それが今の青樫であった。

「クソが……なんで、俺の腕……!」

 元々人間規格でない腕は、動かせても感覚がない。そのくせ、ドリアンをじ入れたような激痛をうったえてくる。

 現在、どこかの傘下に入って活動するのが、世界中ほぼ全ての不良チーム共通のセオリーだ。

 強者の庇護は、命令さえ守れば融通が利き、仕事をこなせば金ももらえる。大きな功績を収めれば起業や難しいビズも任される。学歴無視の高待遇は多くの若者を悪の道に走らせた。青樫もその口であり、順調に成功していた。昨日までは。

 中途半端な酔いの中、釈放組の血と脳漿のうしょうの染みをにらむ。

(無能が……あれほど口酸っぱく言ったっつーのに……!)

 土下座と言い訳、責任のなすりつけ合いを思い出し、歯がギリギリときしんだ。

(こんな失態、もう挽回は見込めねえ……クソッ! 俺の計画、俺の人生……クソッ!)

「クソがァァァッ!」

 CRAAASH! 手近な物をふっ飛ばし、滅茶苦茶にアームを振り回す。破壊衝動に叫びながらそこら手当たり次第に殴るが、幻肢痛は釘めいて刺さって抜けない。加えて首を縮め、一歩引いて見つめるメンバーが余計に彼の怒りに油を注ぐ。

「AAAAAARRRRRRRGGGGGHHHHH!」

 渾身の一撃で地面にアームを突き立てた。しかし、頑丈な床は破片も散らさず、アームも傷ひとつつかない。透明人間に声なくわらわれたような錯覚に、青樫は無言で歯噛みした。

 頭の奥で煮えたぎる、やり場のない怒りと暴力。徐々に無力感で上書きされる激情を持て余す彼の耳が、誰かの靴音を捉えた。

「アー、青樫サン? ちょっとすみませ……フアッ!?」

 アームが声の主を素早くつかみ釣り上げる。浮いた足をばたつかせるのは、側頭部にアンテナをインプラントした異様な男だった。

 はえの複眼めいた不気味な目を持ち、青黒のライン基調の特殊素材パーカーを来たハッカーを憎悪の眼差しでめ上げ、青樫は低い声で問い正す。

「高井ィ……なんの用だ畜生……」

「ひっ、ひいいいい! オ、落ちッ、落ち着いてクダサイッ! 大事な話なんです!」

 上擦うわずった悲鳴に苛立ちながらも解放。尻餅しりもちをついた頭にアームを乗せると、高井は震えながら失禁した。

「なんの用だって聞いてんだ。下らねえことなら殺すぞ」

「滅相もないッ!」

 首を振り、ハッカーはサメのマスコットを差し出した。ブルージェットで共有するメモリースティックだ。

「アナタの置き土産がいい話を拾って来たんです! そりゃあもうッ! ハイ!」

「いい話……」

 サメをひったくるように受け取る。置き土産……連合事務所に残した盗聴ガジェット。一時間前のこととはいえ、壮絶な処刑の所為で抜けていた。目を細める青樫に、高井は震え声で訴える。

「こんなチャンス、きっと神様のおぼしに違いありません。腕取られてナーバスなのはワカリマス。で、でも、アタシら殺すの違うでしょ! やるべきは連合ですよ!」

「……………」

 青樫は覚めてきた思考を動かす。

 このハッカーも、自分が怒りのままに仲間を殺したシーンを見たはずだ。それを承知で話しかけ、漏らしながらも進言をする。その意味を察せないほど、青樫は酒に弱くない。

 サメの口を開け、キューブを露出。額の蝙蝠こうもりタトゥーに触れさせる寸前、重機アームをわずかに浮かせた。

「もし重要な話でなきゃ、殺すからな」

 こくこく頷く高井を脇目に、青樫はメモリを読み込んだ。

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