interlude3
七月二十六日、十六時三十五分。ブルージェットのアジト内。
「クソッ!」
毒づき、青樫は空の
口の端から液体が
青樫は何本目かの酒を乱暴に投げると、呪いめいた声を吐く。
「……酒」
ぞんざいな要求に、メンバー達が
「何してやがる……酒持って来い」
再オーダーを受けても、不良達は押し黙って動かない。数秒後、重い静寂に耐えかねた若い不良が、耐えかねたように口を開いた。
「り、リーダー! その辺にしとけって! 飲み過ぎだって!」
青樫がぴたりと止まる。不穏な雰囲気にたじろぐ小柄な青年の四方、様々な含みのある視線が彼の胸に後悔を
「その、なんて言ったらいいかアレだけど……さ、酒強いっても、そんなに飲んだらリーダーでもまずいんじゃ……」
しどろもどろの説得を、深い溜め息が
「ふん!」
SMASH! 青年の腹に巨大な槍めいた物体が突き刺さった。体をくの字に折り曲げ、足が床から浮き上がる。
「ぐぇっ……がはっ!」
胃酸で弧を描きながら青年が飛ぶ。体躯は十メートルほど離れた床に落下し、背中を
「テメェ……誰に許し得て指図してんだ? あ? いつ俺より偉くなったんだよ、なぁ?」
「ごばッ……」
悶絶していた青年が血を吐き出す。胸が小枝を折るような音を立てるのを聞き流し、二撃目。さらに三撃目!
「おご、ぐぼっ!」
「元はっちゃァよォ……テメェみてえによォ、勝手するバカがよォ……黙って言うこと聞いてりゃいいってのによォ……ああ? おい。どーしてくれんだ俺の腕ェ……弁償できんのか。おい」
「酒持って来いっつったら持って来いよ……この、役立たずがァッ!」
GASH! 尖ったアームが青年をぶち抜き、骨と肉と
貫いた青年をゴミめいて投げた青樫は、メンバー達を冷たく見まわし
「……これ片せ」
重いアームを引きずって戻り、ソファに身を投げ出す青樫。死体処理にかかるメンバーを酒に濁った目で眺めながら、異形の右腕から目を逸らす。
一時間前。寸刻みにされた青樫の右腕は、三十分の適当手術でジャンク品の腕に変わった。連合は輪切りの腕と、不良在庫の旧世代重機アームを置換された青樫を
その効果は実際
「クソが……なんで、俺の腕……!」
元々人間規格でない腕は、動かせても感覚がない。そのくせ、ドリアンを
現在、どこかの傘下に入って活動するのが、世界中ほぼ全ての不良チーム共通のセオリーだ。
強者の庇護は、命令さえ守れば融通が利き、仕事をこなせば金ももらえる。大きな功績を収めれば起業や難しいビズも任される。学歴無視の高待遇は多くの若者を悪の道に走らせた。青樫もその口であり、順調に成功していた。昨日までは。
中途半端な酔いの中、釈放組の血と
(無能が……あれほど口酸っぱく言ったっつーのに……!)
土下座と言い訳、責任のなすりつけ合いを思い出し、歯がギリギリと
(こんな失態、もう挽回は見込めねえ……クソッ! 俺の計画、俺の人生……クソッ!)
「クソがァァァッ!」
CRAAASH! 手近な物をふっ飛ばし、滅茶苦茶にアームを振り回す。破壊衝動に叫びながらそこら手当たり次第に殴るが、幻肢痛は釘めいて刺さって抜けない。加えて首を縮め、一歩引いて見つめるメンバーが余計に彼の怒りに油を注ぐ。
「AAAAAARRRRRRRGGGGGHHHHH!」
渾身の一撃で地面にアームを突き立てた。しかし、頑丈な床は破片も散らさず、アームも傷ひとつつかない。透明人間に声なく
頭の奥で煮えたぎる、やり場のない怒りと暴力。徐々に無力感で上書きされる激情を持て余す彼の耳が、誰かの靴音を捉えた。
「アー、青樫サン? ちょっとすみませ……フアッ!?」
アームが声の主を素早く
「高井ィ……なんの用だ畜生……」
「ひっ、ひいいいい! オ、落ちッ、落ち着いてクダサイッ! 大事な話なんです!」
「なんの用だって聞いてんだ。下らねえことなら殺すぞ」
「滅相もないッ!」
首を振り、ハッカーはサメのマスコットを差し出した。ブルージェットで共有するメモリースティックだ。
「アナタの置き土産がいい話を拾って来たんです! そりゃあもうッ! ハイ!」
「いい話……」
サメをひったくるように受け取る。置き土産……連合事務所に残した盗聴ガジェット。一時間前のこととはいえ、壮絶な処刑の所為で抜けていた。目を細める青樫に、高井は震え声で訴える。
「こんなチャンス、きっと神様の
「……………」
青樫は覚めてきた思考を動かす。
このハッカーも、自分が怒りのままに仲間を殺したシーンを見たはずだ。それを承知で話しかけ、漏らしながらも進言をする。その意味を察せないほど、青樫は酒に弱くない。
サメの口を開け、キューブを露出。額の
「もし重要な話でなきゃ、殺すからな」
こくこく頷く高井を脇目に、青樫はメモリを読み込んだ。
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