第2話 一つだけ
僕は何かにつけ、好きなものは一つだけでいい。
好きな芸人は一人だけでいい。オードリーの若林さん。
通学路のパターンは、最初に見つけたルートだけでいい。
行きつけの定食屋さんは一つだけでいいし、そこで頼むメニューもミックスフライ定食だけでいい。
これと決めた一つを溺愛するので、その一つについての変化には敏感です。
若林さんが深夜のラジオで、あまり話題に自信のないフリートークをするとき、いつもより笑いながら話す回数が増えることに気付く。
通学路にしても毎度同じ道を通るが故、あのお宅の庭に植えてある松の木、昨日あたり剪定したな?なんてことに気付く。
定食屋さんのミックスフライ定食はフライを揚げる油が変わったということに気付けるくらい食い倒しているし、いつも笑顔で迎えてくれるお母さんの「いらっしゃーい」の声色で、厨房に立つお父さんと一悶着あったかどうかが分かる。
そんな些細な変化を見つけるのが何より楽しいし、嬉しい。
この気持ちは、長年愛し続けた者の特権だと思うのです。
しかし、いかんせん僕の周りの友達には、刺激と劇的な変化を好む冒険家が多い。
毎週のように杯を交わす友達がいるのですが、彼もまた冒険家の一人です。
例によって僕は行きつけの居酒屋は一つだけ、お酒もビールのみでいいのですが、彼はどうもそのようにはいかないようで、
「今日はあの新しくできた居酒屋いこう!」
「今日はカクテルって気分だから、バーがいいわ!バーが!」
と、毎回新しい店を見つけては僕を誘います。
「何で行き慣れた落ち着いたところで手を打とうとしないんだ!酒も飯もまずかったら責任とってくれんのか!」
と言いたいところなのですが、そんな一方的な主張を毎度押し付けるのも申し訳ないので、月に一度くらいのペースで恐る恐る、
「今日は、いつも行ってるあの居酒屋にしない?」と打診すると、
「またー?まあ、いいけど。」と露骨にテンションの低い返答。
僕のような人間にとって、「またー?」という一言は、殺傷能力抜群の凶器です。
好きなものに固執するあまり、もはやそのものと一体になったような感覚でいるのか、対象が人であれ、店であれ、商品であれ、それに同調して、
「え、もう僕飽きられちゃったの?」と、悲しい気持ちになってしまうのです。
こんな気色悪いことを思っているだなんて、友達に話せるわけもなく、一人悶々とする毎日です。
友達といつもの店での飲み会を終えた翌日。そんな悲しい気持ちを携えて、僕は一人で再びその居酒屋に向かいます。
いつものビールを頼んで乾杯の音頭。
「僕はずっと一緒だ、大丈夫。これからもよろしく。」
こうやって僕は一つを愛し続けています。
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