士魂の戦

剣のシカイビトを切りつけたものの、まだ倒れる気配はない。

追い討ちをかけようと太刀を構えなおした刹那、視界の隅から突きが繰り出される。

かろうじて避けるが、その先に斧の強撃が襲う。


受け太刀はしない この化け物たちと戦う上で真九郎が決めた方針であった。


しかし斧の軌道をそらすため、斧の柄に斬撃をぶつける。

後方に飛び下がるものの、シカイビトの剣の追撃を太刀で弾く。


まずい・・・このままじゃ太刀がもたん・・・・


剣を中央に、槍が左、斧が右に移動を始める。


3体で囲む腹つもりのようだ。

知恵も回るようだな。


3体のシカイビトからの攻撃は苛烈であった。

その原因は、無理な体勢でも歩幅でも、構うことなく攻撃を仕掛けるその混沌ぶりにあった。


侍であり、剣士である真九郎は、相手の挙動や姿勢、足裁きなど全体の動きを通して相手の次の動きを予測し行動の目安にしている。

真九郎は特にその癖が強い。


しかしその全てが言ってみれば無茶句茶なのである。

化け物相手に詮無きことだが・・・




後退がほぼ完了しつつある王国軍だが、1人だけその場を動かぬ者がいた。

司教タラニスだ。

「私だけは、私だけは!絶対にこの戦いの行く末を見届けねばならぬ、死んでも構わぬ。だがこの事実を後世に伝えるまでは」


タラニスは溢れ出る涙を抑えることなく、真九郎と死界人の戦いを一瞬ももらさぬような覚悟で凝視している。

3体の攻撃を避けつつもチャンスがあれば切りつけ、飛び込み、また飛び下がる。これが人に可能な動きなのか!!?

そして、認識がようやく戻りかけたタラニスの目に、真九郎の操る刀の存在がありありと焼き付けられるのだった。

白銀の美しき刀身は、まるで天上から放たれた光の・・・・なんだこの・・・・が言葉として出ない口惜しさを感じつつも、真九郎の劣勢がタラニスの目にも分かるようになってきた。

その身には刃物傷が確実に増えている。

止めたかった、あの勇士を殺させてはいけない。

しかし自分には何の力もない・・・・・




槍の膂力に任せた突きが大地に突き刺さる。

一瞬、その槍が抜けないことを期待したが、持て余す膂力で抵抗もなくあっさり引き抜くと間隙をおかずに斧が横なぎにされ、真九郎の太刀に当たる寸前、自ら刀を放る。

あのタイミングと角度で斧を受ければ確実に折られてしまう!!


斧の横なぎを前転で潜り込むように避けたとき、剣のシカイビトに体当たりをかます形になる。

この時、真九郎は自身の判断が誤ったものだったことを悔やんだ。


胸の付近に触れた二の腕に違和感が走る。胸部を走る赤い線が、クワッと開き醜悪な牙に溢れた口腔が腕を噛み切ろうとその口を開く。


残った脇差をつっかえ棒にして距離を離すことに成功するが、左の二の腕は牙に切り裂かれ、どくどくと血をたらしている。



右腕で脇差を抜き、痛む左腕で構えるがシカイビトたちはその身に走る赤い線をパクパクと開閉させる。


いつでも喰ってやるぞ・・・・


その凶暴な食の意思だけは伝わってくる。

痛みと疲労が真九郎に沸き立つ恐怖を加速させていく。満身創痍、太刀を手放し位置は掴めず、脇差一本で相手するには無謀すぎる相手。


3体のシカイビトは追い詰められた真九郎を食い物として喰うため体中の口腔からおぞましき牙をのぞかせはじめたが、ここで妙な違和感を感じた。


奴らが連携を捨てているように見える、いや、連携を取るだけの理性が保てないでいる?

今までは獲物を追い込む狼たちのような距離を取る感覚であったものが早く喰いたい、喰う!食うための欲望があふれ先行していた。


「武器は君の左後ろだ!!! あきらめるなああ!!!」


その言葉に真九郎は動いた、反射的に太刀へと走り、慌てて後を追う槍のシカイビトに脇差を投げた!

その刃は巨大な眼球を掠り、空を切るが槍のシカイビトは

「ddddddddddddddyyyyyyyyyy!!!!」

眼球を押さえながらもがき苦しんだ。

あれこそが弱点・・・・!

ならば!

今こそ、乾坤一擲の大勝負!


刀を握りなおした真九郎。

飛び掛る 剣と斧。


数度、切り結んだおかげでこの化け物共の挙動に神経が反応していた、生きようとする本能が反応してくれた。


振り下ろされる斧を極限で見切り、大地に突き刺さった斧を踏み込むことで肉薄し斧シカイビトの頭を眼球ごと両断する。


切り抜けたその足を回転させつつ、上段から切りかかってくるであろう剣の斬撃、さらに一寸踏み込んみ下段から切り上げたその刀は両刃の剣を持つその手を両断し、宙へ跳ね飛ばしていた。

不気味な体液が飛び散る中、真九郎は止まらない。

つむじ風のごとく空中で体をねじらせながら、剣のシビトを一刀両断、切り裂いた。


血煙が舞う中、強引すぎる攻めのため無理な体勢でバランスを崩した真九郎に槍の一撃が迫る。


仕方がない・・・・体で受けて眼球に叩き込んでやるか、と豪気な覚悟があっさりと胸に座る。


しかしその槍の一撃は真九郎に届くことはなかった。


「ぐっほ! ぐああああああああああ! ま、間に合ったああ!!」


司教タラニスがその槍を右胸に受けていた。槍を離すまいと、錆びた槍を必死につかむタラニス。

怒り憎悪に満ちた槍のシカイビトは、槍を手放し全身の口を開きタラニスに飛び掛ろうと膝をかがめたその姿勢で動かなくなり、首がぽとりと不気味な体液で染まる大地に転がった。


「おい、無事か!」

真九郎は槍を引き抜くと、血があふれ出す。


「わ、私はいい!!!と、どどめを忘れるなああああ!!!」


弱点は眼球のはず・・・だが念のため首を眼球の両方を断った。


シカイビト3体は動きを止めた。

その醜悪な残骸は、やがて灰色になり石のように砕け・・・・ここでようやく奴らが滅したことを受け容れることができた。


激痛に耐えつつも気丈に振舞うタラニスを手当てする真九郎。

「大丈夫だ、胸だ、右胸なら助かる! 」

自身も満身創痍なのにも関わらず、自分を拘束した人間を必死で助けようとするこの異国の男。


タラニスは真九郎を見て涙を再びこぼした。

「なぜ私たちの、異国の民のために・・ごほっ!命をかけたのですか?」

「なぜってな・・・・しんがりこそ、侍の戦場、愛しき死に場所だ」


「し、しんがりとは最後尾を守る役目のことでしょうか??」

苦しそうな顔をしながらもタラニスは自身に治癒術をかけつつ、問いかけをやめない。


「ああ、そうだ、もうしゃべるな、今救援を呼ぶ」


理解不能、まさに理解不能であった。

何故、あのような絶望の戦いを・・・・この世が滅ぶ直前であったのだたしかに紙一重の戦いであった。

1体でも逃げ出していれば、魔法力を喰い成長したシカイビトは驚くべきペースで王国の民を食い尽くすところであった。


今回の一件を神殿と貴族院に持ち帰り、早急に対策を立てねばならない・・・・

ああ、1人の英雄が我が身を省みずただ己の魂の導くままに、人々を守ったのだ。神よ!この奇跡を見せてくれたことに感謝いたします。


タラニスがいないことに気付いたキュウエルは、なんとか確保した馬を駆り気丈にも入り口まで戻ってきていた。


「タラニス!!タラニス!!!!」

「助かるか???」

「大丈夫そうだ、まったくいないから様子を見に来れば・・・開いた口が塞がらねえってこのことだな・・・・・」

キュウエルの差し出した包帯で自身の応急手当をする真九郎。

「しかしなぁ、あんたどえらいことをしてくれたぜ・・・・・あの死界人倒しちまったんだからな・・・・・」

「これがシカイビト・・・・か」


落ちた脇差や鞘を回収し刀についた体液を拭い、刃こぼれ具合を数馬すまぬと心で謝罪しつつ、確認していたが・・・・


「は、刃こぼれ一つないだと・・・・・!??」


あり得ぬ、尋常ではない。たしかに最後まで切れ味は落ちなかった。


「数馬、お主と共に戦場を駆けられたのだな、まさに士魂ごとく・・・」

真九郎は刀を掲げ一礼すると万感の情を込めて鞘に収めるのだった。


意識を失いつつも命を取り留めたタラニスは隊長を追って戻ってきたキュウエル隊に保護された。

ふうと一息、羨望のまなざしで水筒を差し出す若き兵士の視線に戸惑いつつ小休止を入れたときだった。


ただならぬ気配が背後に立っているのを感じ、即座に柄に手をかける。


『 待つがよい、死界人を打ち倒し剣士よ 』


その姿は、見る者を圧倒する。

美しき銀色と蒼の流れる毛。馬より大きな美しき巨躯。

馬とは異なる美しき獣、頭からは美しい黄金の角が大小2本生えていた。

邪悪な気配は一切なく、清浄な気をまとっているのが真九郎にも分かる。

「そなた、まさかレインドたちが会ったという聖獣様か?」

『うむ、まずは話を聞くがよい。レインドたちが危機に陥っている』

「なんだと!」

『ゴブリン共が死界人の邪悪な妖気にあてられてな、この先で人を襲い始めている。人同士の争いには手を貸せぬがゴブリン共となれば話は別である』

真九郎は聖獣ナバルの元まで駆け寄るとその勢いのまま、ナバルに飛び乗った。


「聖獣殿、共にまいろうぞ!!!」

異国の剣士を乗せた美しき聖獣はまさに疾風のごとくその場から飛び去った。


後に残された者たちは、ただ呆然と佇むことしかできなかった。






エルナバーグへ先行した部隊は、突如の意識消失と馬の恐慌暴走状態の時点で10名以上の死者が出ていた。

馬や馬車の下敷きになった者が多かったのである。


かろうじて意識を取り戻した先行部隊は、王子が必死にゴブリンから自分たちを守ったことに感涙しつつも、仲間の救助と襲いかかるゴブリンの対処に必死であった。


レインドの指示で倒れた馬車から、なんとかシルメリアを救出できたが彼女の腹部には木片が突き刺さっていた。

レインドを心配させないように、彼女は務めて冷静に大丈夫であると言っていたが出血量は無視できる量ではなく安静に早急な治癒が必要な状態だった。


ゴブリン一匹一匹は兵士たちの魔法で十分に撃退可能であったが、先の咆哮により、兵士たちもシルメリアも魔法力が激減してしまっている。

搾り出すように呪文を放つが、アリのように這い出てくるゴブリンは留まること知らず先行部隊は残存兵力を結集しつつじりじりと追い詰められていった。




魔法力が底を尽き倒れる者、杖で殴りかかるも棍棒や斧の餌食になる者。

レインドも隙を見つけては飛び込みゴブリンを4匹も屠っていた。

そんなレインドを助けていたのは、真九郎の元から小柄を受け取ったマユだった。

器用にゴブリンたちの足元を切って回ってかく乱し、レインドの腕でも倒せる隙を作り出すことに一躍買っている。

分断されていた先行部隊の一隊を見つけると自ら切り込み、指揮し、部隊を合流させることにも成功していた。

王族たる使命と皆を守るという強い意志も、幼い体が担うには重すぎる。

レインドは膝をつくと、起き上がれないまでに体力を消耗していた。

声を発する余裕さえなくなっている・・・・




また1人、護衛の兵士がゴブリンに打ち倒された。

動けぬレインドに剣を持ったゴブリンが2匹、襲い掛かる。

突き刺そうと飛び掛るゴブリンは、広い背中を持つ人間を刺し貫いた。

「で、殿下・・・・リシュメアを・・・お願い・・・します」

レインドをかばった兵士は、無事を確認したところで息絶えた。

さらに膨れ上がるゴブリンたち、ジン王子や護衛の者たちも傷つき倒れていく。

マユも果敢にもゴブリンたちの集団の元に突貫し、すばやく足を切り裂き混乱させてはいるが、数の多さに逃げ回る時間も増えていた。

レインドの前に群れたゴブリンが10匹ほど集まったとき、氷の矢がまさに雨のごとく奴らに降り注いだ。

「ギャアアアアアアアア!!!!」

汚らしい悲鳴をあげながら一掃されるゴブリンたち。


「はぁはぁはぁはぁ ごほっ!」

大量の喀血をしたシルメリア。あの傷で少ない魔法力で無理に呪文を放ったためだった。

「シ、シルメリア・・・」

かけよろうとするレインドも、ようやくシルメリアの元へ這って辿り着く。

「で、殿下・・・・絶対に最後までお守りいたします。それにきっと

きっと・・・・ううぅ・・」

シルメリアの涙は止まらなかった。きっときっと・・・・

それでもレインドはシルメリアの前で立ち上がった。

持ち上げることすら辛そうな脇差を構え彼女を守るように立ちふさがる。




だが・・・・運命とは何故このように絶望を与え続けるのでしょう・・




満身創痍、疲労困憊、死屍累々の先行部隊の瞳に映った絶望・・・・

2mほどの太った巨躯 緑色の汚らしい肌、手には両手斧を持ち、口から尖った牙がせり出していた。


  緑大邪鬼ホブゴブリン!!!



ほぼ全ての人が、ここまでかと諦めていた。

だが、小さき少年はその瞳に反骨の炎を宿らせホブゴブリンを睨み返していた。


「で、殿下、お逃げ・・・・!」


シルメリアが残された僅かな力で呪文を放とうとしたが、ゴブリンに突き出された槍に腕を突き刺され、杖を取り落としてしまった。

「ウギイイイイ!!!」

ゴブリンが得意げな叫びを発する。

レインドはそのゴブリンに体ごと脇差を突き刺し、シルメリアを守ろうとしていた。


だが、醜悪な笑みを浮かべたホブゴブリンは、その巨大な両手斧を振りかぶった。




「・・・・・さ・・ま・・・・」



     白銀と蒼に彩られた一陣の風が吹き抜けた。


ホブゴブリンの振り上げた両手は頭ごと吹き飛び、醜い体液を撒き散らす。

その巨躯が倒れる刹那、白銀の旋風はその空間に存在する緑色の存在を切り裂いた。

太刀が煌き剣閃が弾ける、突き出される槍や剣はその白銀の刃の前に泥のように切り裂かれ、血と肉と、剣槍の破片と腕や足らが、巨躯が地に落ちた後を追うように大地に散らばった。


「レインド!!!! シルメリアァ!!!!」

二人を抱き起こす真九郎。

「し、真九郎様・・・・・お待ちしておりました・・・・」

真九郎の手の中に抱かれたシルメリアはゆっくりとその瞳を閉じた。

レインドも真九郎に抱きついたところで師匠の名を呼ぶことすらできず意識を失っていた。




2018/7/22 誤字・誤植、一部表現訂正。

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