エルナバーグ
アルバイン率いる近衛の部隊は、エルナバーグで領主レグソールに借り受けた兵士と共にシエラ遺跡へ向け急いでいた。
旧街道を機動力のある馬と救援用の馬車を中心に構成し、戦闘と救出撤退を早期に行うことを想定していたのだが・・・
先行していた近衛隊はシエラ方面から邪悪な波動を満ちるの察し、移動を早めていた。
立ち上る煙、微かに感じる魔法戦闘の波長・・・・
近衛が駆けつけたときの惨状は筆舌に尽くしがたいものであった。
死屍累々と横たわる夥しいゴブリン共の死体と、戦闘で死亡した多くの兵士たち。
想像を遥かに超えた事態、アルバインは全周警戒とレインド王子の保護と生存者の発見、救助を命じる。
突如唐突に広がる音のない圧力のない強力な波動・・・・見えない水の中に放り込まれたような感覚の後、森に飛び込む銀色の何かが見えたような気がした。
馬を降り生存者を発見しつつある状況に安堵しつつも、レインド王子の姿を求め戦場跡を駆け回った。
しかしここに王子がいるとは思えない状況・・・・いったい何が起こったのだ。
「アルバイン!!」
突如荷馬車の残骸の陰から かけられた声の主はジン王子であった。
「・・ジ、ジン殿下!!!?? なぜこんなところに!!!」
「説明は後だ!!!レインドを探してくれ!!乱戦になり見失った!」
「なんてことだ・・・各員! レインド王子の探索を最優先とせよ!」
ゴブリンや図鑑や資料でしか見たことのないホブゴブリンの死体らしきものまで転がっていた。
すると、奇妙な格好で血だらけの男に杖を向け言い争っている部下がアルバインに助けを求めていた。
「レインドは無事だ!!シルメリア殿を助けてくれ!!!頼む!!!」
「殿下を呼び捨てとは不敬な!!!シ、シルメリアだと?」
混乱している状況だったが、この男がレインドに危害を加えようとしていないのはすぐに伝わった。
男が背負うレインドを見て命に別状がないことが確認できたが、シルメリアに関しては生きているのが不思議な状態であった。
腹部の傷は致命傷であるが出血は止まり、深い昏睡状態にある。
生存者の救出に加わりたい気持ちを押し殺し、レインドとシルメリアを荷馬車に運び治療術の可能な者に手当てを優先させる。
残りの部下を救出と捜索に回すと、ジン王子と妙な男からの事情を確認することになった。
後続の部隊に事態の説明を軽くすませると、両殿下、さらにシルメリアを乗せた馬車をエルナバーグへ即刻出発させる。
エルナバーグで合流したバルダを馬車に同席させ、アルバイン自身も救出作業に乗り出していた。
後続部隊が救護用の天幕を設営し、生存した兵士たちの治療にあたっていた頃、シエラ遺跡方面からまた部隊がやってくるのだった。
アルバインとキュウエルはお互いに当初は警戒したものの、散乱するゴブリンの死体を発見し近衛が救出と治療にあたってくれたのだ理解した。
真九郎を含め、動ける者は皆で生存者の救出を行う。
絶命した者を除けば、怪我を負った者は以外にも出血は収まり回復に向かっている。
その日の夜は街道上で野営となり、事態が一段落したこともありアルバインが真九郎を本部の天幕に招く形になった。
極めて奇妙な男だった。
スカートの様な衣装を着、腰に変わった杖を二本差している。
治療を受けた後であるため、包帯だらけであり、なぜか上着の襟元?から白い小狐が顔を出している。
アルバインは尋問に時間がかかると覚悟いていたときに、キュウエルに肩を貸されてやってきた司教タラニスが天幕に現れる。
「おい、タラニスまだ寝てろってお前も重傷なんだぞ」
「私のことなどどうでもいいのです、近衛衛士隊隊長アルバイン殿。」
司教タラニス・・・・・この男がここにいることは想定外だった。
だが、その意図は理解している。
狡猾で賄賂にまみれた男というのがアルバインの持っている情報であった。
だが、耳に飛び込んできた言葉は予想を遥かに裏切った。
「私のことは賄賂や讒言で同僚を陥れる卑劣な男として認識していると思う、その情報は正しいのです」
「・・・・・へ??」
「少しは耳に入っているかもしれませんが、事態は派閥だの出世だの勅命などと言っている状況ではなくなったのです!」
「やはり勅命が・・・」
「なあアルバイン・・・・お前が俺やタラニスにどういう感情を持っているかは大体分かる。だが今はこいつの話を聞いてやってくれないか?」
アルバインは二人の目が、我が身かわいさから来る卑屈な陰が滲んでいないことを察した。
長年、職務上多くの人間を信用できるかという一つの基準で見てきた経験がここは話を聞くべきだと主張していた。
「ああ、私も状況の把握こそが王子のお命の次に重要だと思っている。」
「ありがとう・・・ごほっごほっ・・・では単刀直入に今回の原因を伝えます、死界人です」
椅子から転げ落ちるとは本当にあるのだ。
アルバインは転げ落ちた姿勢のまま、タラニスを見つめ続けていた。
「アルバインよ、お前さんの反応は正しい・・・・だがな俺たちは見たんだよ。このシンクロウって奴が死界人を倒しちまったのを」
アルバインが思考を取り戻すまでに十数秒かかっていた。
「・・・・・冗談で済ませたい話だが・・・・そうではないのだな」
「はい、言いたいことはキルディス山脈ほどにありますが、この人、真九郎様は死界人に対抗できる唯一の存在だと断言します」
分析しなければいけない情報がアルバインの思考をかけめぐる。
「つまり、この真九郎という男は、死界人に傷をつけることが可能な手段を持っているのだな?」
「その通りです!」
「なんてことだ・・・・・」
その戦略的・戦術的価値、さらには外交的、政治的な価値もとてつもないものであると。
となれば問題になるのは、その人物の人ととなりである・・・・・
残虐で残忍な嗜好の持ち主であれば大変なことになる。
・・・・・・・
とうの真九郎といえば・・・・・
話の前置きが長いために、天幕の端で白い小狐とじゃれあって遊んでいた。
兵士からもらった干肉を千切ってマユにお手をさせたり、芸を仕込んで・・・・子供のように遊んでいるのだ。
しかし、白い小狐だと・・・・まさかな・・・・
「真九郎様、お疲れのところを申し訳ありません、話は私のほうで進めますので今日はお休みください」
「ですか、さすがにくたくたなので拙者も休ませていただくことにします」
「今、部下に休める場所までご案内させます」
「お世話になります・・・・・・タラニス殿、ひとつだけよろしいか?」
「はい、なんでもおっしゃってください」
「拙者の国では、義を見てせざるは勇なきなり と言う言葉がある。今日拙者はタラニス殿の義と勇気に命を救われた、ありがとう」
タラニスに深々とお辞儀する真九郎の姿があった。
「あ、ああああああ・・・・・・!!!!!」
タラニスは崩れ落ちるように嗚咽しはじめた。
「では皆様おやすみなさいませ」
キュウエルに後は任せましたと目で合図する真九郎、頭を掻きながらタラニスを宥める。
「まったく良く泣く男だぜ・・・・」
キュウエルも少しだけもらい泣きをしてしまっている、こいつが過去の自分と向き合いつつも真九郎に認められたことが自分で受け止めきれずにいるのだろう。
「タラニス殿、キュウエル殿、今宵はやはり事態の収拾や明日の準備に時間をあてるがよろしいと思う」
「だな、じゃあ移動は馬車に同乗しその中ですますってことでいいか??あ、近衛としてはまずいか?」
「いえ、それがいいでしょう」
エルナバーグはリシュメア王国の北東に位置する有数の都市である。
アルマナ帝国との間に走るキルディス大山脈、その麓や近隣の森から得られる希少な鉱物資源や魔法触媒と様々な資材。
山脈の豊かな雪解け水に恵まれた穀倉地帯、周辺では家畜の飼育放牧も盛んであった。
リシュメア王国の中でも自主独立の気質の強い都市がエルナバーグである。
数多くの生産工房や魔道具の開発など研究も盛んであり、王国きっての文化圏となっている。
北方の山々や森林に住んでいた亜人種族たちも、多くがエルナバーグへ移り住んでいた。
獣人種や地妖精の血を引くノーム族、希少なところでは森妖精の血を引くエルフ族、鉱石加工能力の高いドワーフ族など多種多様な人種が集まる。
亜人種たちはエルナバーグからの出入りを厳しく制限されている。
これは一部の特殊な嗜好や性癖を持つ貴族や金持ちたちが、亜人種を奴隷化や迫害したことが関係しておりこの措置は彼らを守るための手段でもあった。
そのため亜人種はこの制限を甘受しており、特に年頃の娘たちを持つ親たちはエルナバーグから出ることはない。
エルナバーグの民に特徴的なのは、王都リシュタールや王国貴族たちを快く思ってない者が多い。
そのため亜人種たちはエルナの仲間という認識のほうが先行し、目立つような差別迫害意識はまず見られることはない。
エルナバーグ領主レグソール伯は、第一王女レシュティア 第三王子レインドの母である、ラゼリア王姫とエゼリア王姫の実父でもあった。
レシュティアとレインドは異母兄弟にあたり、ラゼリアがその美貌から王宮に入ったがレシュティアを生んで数年後に他界。
妹も姉に比肩する美貌と聞いた王はすぐにエゼリアを王妃にと、反対するレグソール伯を脅迫し無理難題を突きつけ強引に王宮へ連れ去った。
エゼリアもレインドを生んで数年後に謎の病で他界。
レグソール伯は怒り狂い挙兵寸前までいったという。
エルナバーグの民にもこの事実は知れ渡っていたため、現国王と貴族院は蛇蝎のように嫌われていたのだった。
レグソール伯は残されたレシュティアとレインドを目に入れても痛くないほどにかわいがり、二人の異母兄弟はエルナバーグが大好きであったのだ。
エルナバーグ入城後、一週間ほどは落ち着く暇もなく慌しかった。
真九郎はいてもたってもいられず、シルメリアの容態を確認しに何度も治療院を訪れた。
3回目にやっと面会を許されたが、血の気のない真っ白な顔色、氷のように冷たく冷えた体・・・・・
まさか死んでしまったのではと、大いに取り乱したが治療師によると生きていると諭された。
しかし、かなり特殊な状況であることを知らされた。重篤な状態は脱したが回復の兆しは見えず、一種の冬眠状態に近いという。
魔法力の枯渇と大量出血から身を守るための手段かもしれないという。
レインドは重度の疲労から回復し、真九郎と一緒にシルメリアの見舞いに訪れていた。
「シルメリアはいつもいつも・・・・僕を守るために傷だらけになって」
冷たいシルメリアの手を握りながらレインドはポロポロと涙をこぼす。
「主君を守るために命を懸けたのだ・・・・まことに見事なお人だ・・・・拙者がもう少し早く駆けつけておれば、悔やんでも悔やみきれぬ」
「真九郎が来てくれなかったら、みんな死んでたよ!王国軍の人も真九郎にすごく感謝してるよ」
「だが・・・・シルメリア殿を・・・・」
懐から顔を出したマユが真九郎を心配そうに見上げていた。
何かを察したレインドは
「マユ、一緒にお散歩にいこっか」
ぴょんっと飛び出すとどこ行くの?と言わんばかりにレインドの周囲をくるくる回りながら一緒に病室を出て行った。
「シルメリア殿、そなたを初めて見たときから天女様にしか思えなかった。このような美しき女子がいるなど想像もできなかった」
「このような何もかもが分からぬ地で、そなたと出会えたからここまで生き延びることができたのだ」
椅子に座りつつ真九郎は独り言を続ける。
「そなたの忠義は、まさに拙者が追い求める武士道そのものだ。
もっとそなたと語り合いたかった、命を救ってもらった恩を返したかった、どうか目を覚ましてくれ」
シルメリアの手を握りつつ、その人間離れした美貌、白く完成された人形のような生気のない面差しを見つめつづけていた。
しばらく・・・手を握り続けていた真九郎。
いつまでも女子の手を握っていては、申し訳がないと気付きそっと布団に彼女の手を戻す。
部屋を出ていこうと立ち上がったとき、ベッドの角にあった木屑で親指の先をを軽く切ってしまった。
「っ・・・・こういうのは意外と指のほうが痛いものだな」
ぷつぷつと血が漏れ出てきたため、指先をくわえようとしたときだった。
バサッ
何かと振り向くと、そこにはベッドから上半身を起こしたシルメリアがいた。
「シルメリア!!!良かった、きづい・・・・ん???」
何やら様子がおかしいと、顔を近づける。
シルメリアの瞳は、夕暮れで薄暗くなった病室の中で紅にうつろな光をたたえていた。
2018/7/22 誤字・誤植、一部表現修正
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