邪悪なるモノ
旧街道に散乱する意識を喪失した人馬の群れ。
レインドは横転した馬車の中からやっと二人ほどを外へ引きずり出したところだった。
子供であるレインドが大人を引きずり出すのは相当な重労働でありまだ中には5人ほどの人が取り残されている。
シルメリアの上に護衛たちが重なって倒れており、その間も皆うめき声をあげ続けていた。
僕がくじけたらみんなが死んでしまうかもしれない、やるんだ!
自分を言い聞かせながら腰に差した脇差を手に取る。
真九郎から教えってもらった様々な教えが頭をよぎる。
力が再びみなぎってくるのを感じたレインドは、次は誰を出せば効率よく皆が助けだせるかを計画を立てていたときだった。
街道の草むらから物音がする。
カサカサ・・・・・バサカサカサ・・・
はっとして周辺を見渡すと街道沿いの森の中から緑色の肌をした醜悪な生き物が3匹、現れた。
「
3匹のゴブリンは手に棍棒と錆びた斧、そして1人は杖を持っている。
「落ち着け・・・・落ち着くんだ・・・僕が倒さないとこいつらにみんながやられてしまう・・・・」
子供しか動ける人間がいないと分かったゴブリンたちは、嘲笑うような鳴き声でレインドを囲み始めた。
ばら撒かれる悪意・・・容赦のない暴力の予兆・・・
こういう場合・・・・・優先順位は・・・・
危機に際し、すーーっと頭の中がクリアになっていく。
魔法で動きを狙われるほうがまずい、魔法から倒さねば。
ゴブリンを毅然とにらみつけると、作法にのっとりゆっくりと脇差を抜く。
短期間であったが、真九郎から受けた丁寧な指導と反復練習のおかげで心が落ち着いていくのを感じる。
「これを抜くときは自分が死ぬとき・・・・」
レインドはシルメリアをちらりと見ると
「今度はぼくがみんなを守るからね」
レインドは青眼に構えた脇差をやっ!と杖ゴブリンに向けて切りかかった。想定外の攻撃に驚き千鳥足でに後ろに下がったゴブリンの肩を切り裂くことはできたが、深くはない。
刃を通してゴブリンの肉を切り裂いた嫌な感触が伝わってくる。
「ギョエエエアアアアア!」
痛みで杖を取り落としたゴブリンにとどめを刺そうしたが、棍棒ゴブリンの突進を受け、突き飛ばされてしまう。
「ぐっ!」
間髪いれずに斧ゴブリンがレインドに向かって斧を振り下ろした。がっ! 当たる寸前に馬車の残骸に突き刺さった斧。
「ギイイ!!」
抜けなくなった斧を引き抜こうと必死なゴブリンに脇差をすっと胸に刺しいれた。
「ギョアアアアアア!!」
すかさず真九郎に教わった残心で脇差を構えなおしたとき、棍棒が横なぎにレインドに迫っていた。
反射的に脇差で棍棒を受けるが、軽い体は吹き飛んでしまう。
「ごほっはぁはぁはぁ・・・・」
救出作業と慣れぬ戦闘に、体力は限界を超えていた。
衝撃のダメージが大きく、起き上がろうとするもちぐはぐな動きに苛立ちが沸き立つ。
あと二匹・・・・でもここで諦めたら大好きな人たちが・・・・・
そんなレインドを棍棒ゴブリンは容赦なく追い詰める。
だんだん腕に力が入らなくなってきた・・・・・
脇差がとても重い・・・・これより重い刀を真九郎はあんなに軽そうに振っていたなぁ・・・すごいな・・・
そういえば・・・たしか
反復練習が運動記憶を呼び起こし、力が抜けた理想の一刀が棍棒ゴブリンの腕を切り落としていた。
あれ・・・ほとんど抵抗もない。
「ギャアアアアアアアアアアアア!!!!!」
悲鳴を上げ転げまわるゴブリンと肩から血を流しながら杖を構えるゴブリン。
どちらを先に・・・とレインドのよく考える癖が判断を遅らせた。
杖ゴブリンから放たれたのは、強酸の呪文。
肉を溶かす強酸と毒で相手を死にいたらしめる闇の呪文だった。
レインドはそれを瞬時に理解した。
あ、これ食らったら死んじゃうな・・・・
ごめんねシルメリア、ごめんねマル兄さま、ティア姉さま、
ジン兄様・・・・ごめんね師匠・・・・
レインドに強酸の玉が当たるかに思われたが、レインドに命中する直前、煙のように掻き消えてしまった。
「ギョエ!!?」
ショックで杖を取り落としたのが視界に入ったのと同時に首を切り裂き、腕を押さえて転がるゴブリンの心臓に刀を突き立てとどめをさした。
思わず倒れこむレインド。限界を超えた疲労が彼を襲う。起き上がろうとするも、なかなか体に力が入らない。
シルメリア・・・真九郎・・・・
意識が途切れそうになったとき、胸が熱くなるような感覚が伝わる。
力を入れすぎて震える手で胸に手をあてると、そこにあったのは、聖獣ナバルから授かった黄金の角だった。
そうかナバルが守ってくれたんだね。
そうだ、僕は多くの人に守られてここまできたんだ。
分からないことばっかりだ!!!でも、今分かるのは僕が諦めたら大切な人たちが死んでしまうかもしれない。
ならばやることは一つだ!
再び気持ちをふるい起こした王子は、ふと気付く。
馬車のほろ布を使えばもっと楽にみんなを運び出せるかもしれない・・・・
レインドは転がっていた水筒から水をごくごくと飲み干すと再び救助に挑むのだった。
恐慌状態からの回復を始めた兵士たち。
キュウエルとタラニスは沈静化に勤めていた。
そして、緋刈真九郎はといえば
恐慌状態の馬が打ち倒した天幕の下敷きになっおり、立ち直った兵士たちに救助されていた。
ようやく動けるようになった真九郎は取り上げられた大小を探すべく兵士たちに所在を確認するものの、事態の立て直しに必死で取り付く島もない。
「いやはや困った・・・・」
すると視線の隅で白い何かが横切ったような気がし、周囲を見回すと、マユが倒れた木箱をぺしぺしと前足で叩いている。
「マユ、どこにいたのだ探したのだぞ」
「キャン!」
真九郎を潤んだ瞳で見つめつつ、木箱をぺしぺし叩くマユ。
「・・・・そこに?」
「キャン!!」
木箱を覗き込むと、白い布にくるまれた大小がそこにあった。
「でかしたマユ!!!」
思わず抱きしめ頬ずりをしてしまう。
ペロペロとマユの暖かい舌が真九郎をくすぐる。
が、すぐに腕から抜け出すとまた駆け出していくマユ。
「マユ!」
白い子狐と追いかけっこしていた真九郎だったが、キュウエルとタラニスは最低限の監視部隊の人選と部隊の撤退に移っていた。さきほどの恐慌状態により先行していた部隊の安否も危ぶまれていたのだ。
しかも、ほぼ全員の残存魔法力が激減しているという非常事態。
魔法と精神は様々な諸説はあるが、車の両輪とも言える関係であることは間違いない。
謎の絶叫のような咆哮により、王国軍兵士の精神が受けたダメージは計り知れなかったのだろう。
これにより王国軍の継続戦闘能力は大幅に減少した。
・・・・・・・・・・・ドクンッ・・・・・・・・
マユを追いかけていた真九郎が、つい忘れていた柱に埋めた小柄をマユに見つけてもらっていたそのときだった。
神殿跡に空いた穴の上に黒い・・・漆黒の球体が出現していた。
球体は表面から黒い液体を滲ませつつ、鼓動を続けている。
ぬらりと黒光りする液体は臓腑を凍らせるほどの恐怖を見る者に与えているようだ。
「全軍終結!」
この恐怖に抗うキュウエルの指示に残存の部隊が集結する。
「タラニス!!!」
「はい、あれは・・・・あれは・・・・・この世に生み出てはいけないものです・・・・私の予測が確かならば・・・」
キュウエルは肩を掴み、「いいんだな!やっていいんだな!!」
「ええ、やってください!!!」
タラニスは震えながら聖印を握り締めている。
「錬法陣展開!」
「了解!」
王国軍兵士たちは残された魔法力を使い両手杖を地面に打ちつける。
各所で魔方陣が展開され、徐々に水が低きに流れるがごとく、中央のキュウエルの足元に集約される。
「発動呪文選択・・・火炎破弾!、詠唱開始せよ!!」
「「「「「シュヴィータルス・エルメイハーウジエル」」」」」
レインドたちに合流しようと撤収部隊に同行しようとしていたが、王国兵の集団発動魔法が放つの光の美しさに真九郎は思わず江戸の花火の光彩が郷愁として通り過ぎていった。
他の兵士たちも、これならあの不気味な球体を倒せる、そう確信しているようだ。
錬法陣の前方で集約する巨大な火炎球。
「ヴァルマ!!!!」
キュウエルの発動呪で撃たれた灼熱の火炎破弾。小さい山程度ならば吹き飛ばすことができるとさえ言われる破壊の力は・・・・・・
黒い球体へ着弾寸前に 霧のように掻き消えてしまっていた。
大岩に吹きかけられる紫煙のように・・・・
衝撃のあまり杖を取り落とす兵士たちが続出した。
真九郎は袴のすそを噛むマユが何を欲しがっているかを、このとき悟った。
小柄を見せると、器用に握り手、柄の部分をしっかり噛む。
真九郎を潤んだ瞳で見つめるとそのまま黒い球体へ視線を移した。
マユはそのまま踵を返すと、街道の方面に駆け出した。
一瞬立ち止まりこちらを見るマユ。
なんとなく意図に気付いた真九郎は答える。
「レインドたちは任せたぞ」
返事とばかりに尻尾を2,3度振り白い小狐は去っていった。
タラニスは大地に膝をつき、絶望していた。
「私が・・・・あのキールの処遇を間違っていなければ・・・・あれが生み出てしまった・・・・終わりだ全て終わりだ・・・・」
空は黒い雲に覆われ始めている、木々がざわつき、風が絶望運ぶように兵士たちに吹きつけはじめた。
「タ、タラニス・・・・どう・・すれば・・・いい・・・・・」
王国軍の持つ最強の攻撃手段が掻き消えた。
黒い球体の表面にはひびが入り、卵の殻が割れるように中から何かがとてつもない存在が姿を現そうとしている。
恐怖に陥った兵士たちが残された僅かな魔法力で手当たり次第に魔法を撃ち始めた。
キュウエルは、あいつを孵化させる前ならとかすかな希望にすがり全軍に攻撃命令を出した。
氷の矢が光の槍が熱線が、火球や水流、岩弾、真空破・・・・・・
様々な呪文が黒い球体に放たれる。
結果は・・・・変わらなかった。
大岩の前に紫煙が霧散してしまうように・・・・・
魔法力が底を尽き、希望も尽きた兵士たち。
「お、終わりだ・・・・あれが・・・・あれがくる・・・・」
黒い球体が割れた。
中から出てきたのは、まさに異形の存在であった。
2m弱の体躯と 頭部には紫色の輝きを持つ一つの巨大な眼球。
黒い肌と蟹の甲羅が同居したような体表面。
体のあちこちには赤い線が走り、線に沿って角ようなものが何本も不揃いに生えている。
「出てしまった・・・終わりだ・・・あれこそが・・・・
『
生まれ出でたことを喜ぶように、腕を足を震わせる。
だが、絶望はまだ終わらなかった。
黒い球体の残骸から、2体のシカイビトが姿を現したのだった。
3体のシカイビトはそれぞれ手に 両刃の剣、槍、斧 を握っている。
剣のシカイビトの眼球が王国軍をとらえる。
またさらなる恐慌状態に陥った兵士たち。
ザッザッザッ
1人の見慣れぬ姿をした男が、シカイビトと王国軍の間に割って入った。
「お主らは後退しろ。」
「お、お前はシンクロウとかいう奴か!」
キュウエルが問いかけたその時にはもう、剣のシカイビトが真九郎へ切りかかっていた。
「「「「あっ!!!」」」」
兵士たちの悲鳴が聞こえ。
真九郎はその鈍い上段からの攻撃を最小限の体裁きかわすと、右袈裟懸けに切りつけた。
「jjjjjjjjjjjjjjjaaaaaaa!!!」
その不気味な体から、蛍光ピンクのような体液をぶちまけるシカイビト。
「引けぇ!!! しんがり はこの、緋刈真九郎が引き受けた!」
「し、死ぬなよ!!」
「「「うおおお!!」」」
混乱と恐怖で隊列を乱しつつも後退を始める王国軍。
その中で、タラニスは湧き上がる感情を理解できぬまま滂沱の涙を流していた。
2018/7/21 誤字・誤植修正
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