シエラの封印

 設営された天幕の中でタラニスの焦りはつのるばかりだった。神殿から託された解呪石が何の反応も示さないのだ。事前のチェックで起動できることは確認されていたはずである。

おかしい・・・こんなはずはない・・・どうしてなのだ、そしてこの収まる気配のない胸騒ぎはなんなのだ!


そのとき、タラニスは不思議な圧力と胸に下げた聖印が熱を発していることに気付いた。


若き日、まだ理想と信念に燃えていたあの輝かしい日々に神から授かった天啓を・・・・

タラニスが預かる聖印に神託の紋章が刻まれたあの日・・・・

同じく聖印は熱を帯び不思議な圧力が全身を包んでいた。

あふれ出る涙を抑えることができず、人前で泣きつくしたあの輝かしくも戻れない日々。


あの神託の紋章を授かったあの感覚が、湧き上がってくるのだ。なぜ今になってそして

「どうして今まで忘れていたのだ・・・」

一瞬にしてうねるような寂寥と後悔の念が心を胸を抉る錯覚さえ感じる。


この地位を得るために、あれから自分がしてきたことは、何だったのか。

他者を陥れ讒言で信用を失墜させ、賄賂と汚職にまみれた今の自分。

「私はどうすれば・・・・」

いまだに熱を発し続ける聖印を握り締めたその瞬間。タラニスの全身から冷や汗が溢れ出した。


「う、おおおうううう・・・・・・ああああああああああ!!!!」


突然の絶叫にタラニスの部下である神殿の修道士たちもどうしてよいか分からず、声をかけることしかできなかった。

数分してようやく、立ち上がったタラニスは、水をかぶったかのような汗を流す姿で震える声で指示を出した。


「す、すぐにあの石碑をう、埋め戻してください!! ぜ、絶対に傷をつけてはいけません!!!!」


突如の命令変更に修道士も混乱の極みであるが、尋常ではないタラニスの変貌に従うしかなかった。

修道士たちが丁寧に埋め戻し作業を始めたのを確認すると、その足でキュウエルの元へ走った。

王国軍の駐留陣地では、キュウエルの元に濡れ鼠のような格好で走ってくるタラニスは異様であった。


「おいタラニス!川にでも落ちたか!!?」

キュウエルが驚きつつもからかおうとしたが、タラニスの表情は真剣そのものであった。


「キュウエル君・・・・・今は私が錯乱しているとそう思うかもしれません。しかし、しかし!私は解呪石の準備をしているとき神託を得たのです・・・・・」


「し、神託だと・・・・・??」


「はい、神殿の命令を実行することこそ、神に仕えるわが身の使命と思っていましたが。こうやって神託を得た今となっては神殿の命令や勅命などは所詮人が出したもの。いえ、もったいつけた言い方をしている場合ではありませんでした!キュウエルくん!」


「お、おう・・」


「速やかに王子の拘束を解いてください!!!」


「な、なんだと!!?俺だって勅命受けてんだよ・・・そりゃあ俺だって王族殺しなんて不名誉・・・・レインド殿下を殺したいだなんて思ってないけどさ」


「あなたの立場は分かるつもりです。しかし、神託を受けて分かったのです、この遺跡の封印を解いてはならないと」


「封印解いてから王子を・・・殺す予定だったんだよな?」

キュウエルは集まってきた兵士たちに話を聞かれるのをまずいと思っていたが


「みなさん! 王国軍の皆さんもぜひ聞いてください!!!

神殿と貴族院の命令は!! この地に封じられた魔物に王子を・・・・王子を食い殺させること! だったのです!」


「「「「「「!!!!!!!!!!!」」」」」」」」


王子の捕縛までは知っていたが、このような残虐な命令だと知った兵士たちの怒りは凄まじいものがあった。

兵士たちの怒声と貴族院への恨みの声が湧き上がる。


「無残に食い殺された王子を哀れみ、さらに大地の加護が強くなると、誤った解釈をしたのが神殿なのです。しかし!!!

私のこの汚れた身に神は神託をくださいました!封印を解呪してはならぬと、レインド殿下をお守りせよ!と」

「お、おい、あんまり扇動するなよ・・・・」

「本題はここからです、この地の魔物の力は、決して人が触れて良いものではありません。我々に出来ることは王子を無事に王都までお連れし、要の儀に必要な事実を調査することだと!」


「「「「「「おおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」


神に愛されし御子を守る使命を受ける、王国軍の兵士たちは、鬱屈した家族に誇れぬ任務から解放され、神話や英雄譚の登場人物にでもなったかのような錯覚に陥っていた。

本来であれば勅命を拒むなどあり得ぬ事態であったろうが、タラニスから伝染した熱は兵士たちを高揚させていた。


キュウエルも安心した一面はあった。ジン王子から御子の再選定などありえないことだ、レインド王子だけは殺してはいけないと何度も何度も説明を受けていたのだ。

ジンの説明には説得力もありどうしたものかと頭を抱えていた時にタラニスが飛び込んでくることになったのだった。


貴族院の命令に歯向かったとなれば、俺の出世もここまでかなでも・・・あの王子を守れるならそれもいいかなと、キュウエル自身も己を鼓舞し覚悟を決めるのだった。



指示を受けた兵士が拘束されたジンの護衛と真九郎らを解放し皆ようやくあの不快な縄から抜け出せたことに安堵していた。シルメリアは縄が解かれるとすぐにレインドを探しにとんでいった。

ジン王子が護衛や調査員たちと声をかけあっている。

「真九郎、なんとか説得が通じたようだ。殺し合いにならずに一安心だ」

「ジン殿下、お見事でござる」

「なあに、あのキュウエルって男は飄々としているが頭は悪くない。しかしあのタラニスの豹変には驚いたものだ」


キュウエルを筆頭に王子たちをまずエルナバーグへ移動させるための準備が開始されていた。

輸送用の荷馬車に急遽椅子を設置しジンの護衛や調査員、そしてレインド王子の直衛二人を乗せようと手配していたときだった。







「殺すんじゃないのか・・・・殺すんじゃないのか・・・・

殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ

コロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセ」




森の中から現れた男は、目は深く落ちくぼみ、目は光を失い顔は土気色に変色し、爪は異様な長さに伸び、のそりのそりとタラニスの元へ歩を進める。

その様子に気付いた兵士たちが男を取り押さえようと近づくが、男は右手の短杖から炎球を発し、兵士たちを襲った。すぐさま防御結界で防ぐものの、吹き飛ばされる兵士たち。

「お、お前は・・・キールか!!!」

「キキキ・・・キール・・・・・コロセコロセころせ殺せ!」

既に狂人と化したキールは天幕内で解呪石を梱包しようとしていた修道士に襲いかかると、持っていた杖で殴り倒す。

頭を割られた修道士の血と脳漿が解呪石にぶちまけられた。

「な、なんとうことを!!!」

タラニスと王国軍の兵士たちは迎撃体制をすぐに整え一斉に火炎弾の呪文をキールに放った。

迫り来る火炎弾は膝下を吹き飛ばし、左手や頭を焼け焦がすがキールは獣のように残った四肢で地を駆け、埋め戻し作業中の修道士を突き飛ばした。

もはや人としての姿を失ったキールは残った右手で解呪石を黒い石碑に叩きつけ破壊する。

と同時に崩れ落ちたキールだったモノは炎に包まれ動かなくなった。




遺跡は一転して静寂に包まれた、

縦に亀裂の入った黒い石碑は突如音もなく砂になって崩れ落ち、石碑から広がった砂状化は神殿跡を飲み込む5mほどの穴が現れてくる。


「うおおおおおおおお!!!なんてことだ!!キュウエル君!

早く王子たちを退避させてくれ!!!私には・・・私には・・分かるんだ、こいつは絶対に王子を狙う!!」




キュウエルは王子たちを馬車に詰め込むように乗せると、間髪おかずに出発を命じる。

シルメリアは自分の杖を持ち出すと、馬車から身を乗り出して誰かを探しているレインドのいる馬車へ飛び乗った。

「シルメリア!よかった、ねえ真九郎は!!!?」

「真九郎様は乗ってないのですか!!??」

「王族と調査員が優先されたようだ、いったい何事だろう!?」

ジンも事態が把握できずに大きな体を縮めて考えこんでいる。


「真九郎様、どうかご無事でいてください・・・」

レインドの元から離れることができない、お守りせねばならぬ身ながらも真九郎を探しに行きたいという、胸を締め付ける自らの思いが何なのかを理解することができぬシルメリアだった。


直衛の王国軍を伴いエルナバーグへ急ぐ王子たち、そして遺跡から撤退準備を整えていた部隊、皆が一斉に動きを止めた。

正確には動くことができなかった。

大地が震え、神殿跡に開いた穴から溢れ出す強大な気配。


「dddddddddddddddyyyyyyyyy」


この世のモノとは思えない邪悪な叫びで兵士たちが馬たちが恐怖に飲み込まれた。

さきほどまで整然と任務に従事していた兵士たちが恐怖でのた打ち回り、馬は恐怖で暴れ馬車を押し倒し自ら木に激突し倒れ昏倒している。


移動中の王子一行も同様の被害に見舞われていた。

馬車は横転し、かろうじてシルメリアにかばわれたレインドは無事だったが、護衛たちはうめき声をあげている。

そのシルメリアも恐怖に飲まれ悲鳴とも呻きともつかない声を出していた。

「しっかりして!シルメリア!!!みんなあ!!!」

あのジン王子でさえ恐怖で絶叫していたのだった。

「みんな、どうしちゃったの!!?」

改めて周囲を確認すると、意識を保っている人間は1人もいなかった。

「どうして僕だけが動けるんだろう・・・・分からない・・・けど!分からないことは分からない!出来ることを、みんなを助けなきゃ!!」

悲鳴や絶叫、呻き声があふれるなか、魔法の使えない王子はどうにか馬車から抜け出すと非力な身ながらも、必死で皆の救出にのぞむのだった。



2018/7/21 誤字・誤植修正

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