レインドの将器

ジン王子から発せられた 『シカイビト』 という言葉。

シルメリアだけが特別ではなく、この国、この大地に住まう者すべてにとって意味がある言葉であった。

「そ、そのシカイビト?とはいかなるものでござるか?」

「約2、300年ほど前、この地に 死界人が現れた」

ジン王子の声は緊張し微かに震えてさえいる。

「わずか100体の死界人にかの大帝国が滅びかけたのだ。帝国というのはここからはるか北東に存在するこの大地の盟主とされる太古から続く国であり、人口は二千万を超えていた」

「・・・・・・・」

「今君が聞こうと思っている疑問に答えよう。魔法が発展したこの文化圏で100体ほどの化け物が葬れないのか?だとしたらどれほどの化け物なのか・・・と」


真九郎はうなずく。


「答えは簡単だ。この死界人・・・・魔法が一切通じぬ化け物なのだ・・・・」

「魔法が・・・・通じぬ???」

「ああ、記録によれば 大岩に紫煙を吹きかけるがごとく魔法は弾かれ霧散し、死界人を見た者は皆恐怖で動くことさえ叶わず生きたまま体を貪り食われる・・・・とある」

「・・・・・・・」

「帝国は滅びかけたが、奴らは腹いっぱい食うだけ喰って満足したからいなくなったいうのが帝国の見解だ。真九郎、二千万あった帝国の人口、どれほどが生き残れたと思う?」

「滅びかけた・・・・か、まさか半数?ほどでござるか?」









「1万人ほどだったらしい」



真九郎までがコップを落としそうになるところだった。し、死界人とはそれほどまでの存在なのか・・・そしてレインドと関わりが出てくるとしたら・・・・・そこまで考えてからシルメリアが受けたショックの大きさをようやく理解した。


少しだけ落ち着きを取り戻したシルメリア。

「ジン殿下、レインド殿下は、し、死界人と関わることになってしまうのでしょうか・・・・」

「分からないとしか答えられん。どちらにしても貴族院と神殿の馬鹿共を説得しレイの身の安全だけは絶対に確保せねばならない」

「はい!」


今後の予定としてジンに同行してもらいエルナバーグで本隊と合流しその後、王国と連絡を取り王子の安全が確保された後、王都リシュタールへ帰還を目指す。


「真九郎、君はどうする?良ければレイの護身術の指導や俺の研究の手伝いで一緒に王都まで来てくれると助かるのだが」

「この地のしきたりや常識に欠ける拙者では問題があるのでは?」

「真九郎様は非常に礼儀正しいお方です問題ありません!」

シルメリアが叫ぶように口を挟んだ。ジンの知る限りこのように感情を表に出すタイプではないように思えたが。

「ははは、分かっている。だからこそ誘ったのだ。色々分からないことだらけだろうが、悪い話ではないはずだ考えておいてくれ」

真九郎の肩に優しく手を置くとジンは天幕から出て行った。


たしかにありがたい話であった、下級藩士であった自分が、王家の剣術指南のような役をもらえるのだ。しかも王族に信頼を得ている。


だが良いのだろうか、あまり考えないようにしていたが藩への帰参はどのようにすべきか・・・・

異国の地にいるのは明白であり、幕府が鎖国政策を続けている現在、帰れば死罪は免れない、たとえ不可抗力であったとしても。

それでは侍の道に反するのではないか・・・・

藩士である以上、巴波藩主に忠義を尽くすのが侍の本分、武士道であろう。

しかしこの状況で忠義を尽くすことは、実際不可能である。


レインド王子と真九郎はどちらも心に深い霧を抱えたまま夜が過ぎようとしていた。



翌朝早朝、素振り稽古をする真九郎とレインド。

言われたわけでもないのに、自主的な練習をする姿はひたむきであった。いつものように鍛錬用に自作した型と足裁き、さらには魔法相手に戦うための独自の改良などを加えている。

「レインド、木刀を置いて、刀を抜いてみなさい」

「え、え?」

「鍛錬で抜くのはまた違う」

「はい!」

レインドは教えられたように左手で鞘を握り、ゆっくりと脇差を抜いていく。

教えたことを忠実に守っている。思わず頭を撫でてやりたくなるのをぐっとこらえた。

「右手に力が入りすぎている。刀を扱う上で一番力が入る指はどこだと思う?」

「えーと???? 右手は力をあまり入れないように言われてるから・・・・・左手の人差し指?」

「残念、左手の小指だ」

「え!?」

「これからは素振りのときに左手の小指を意識してやってみなさい」

「分かりました師匠!」

「殿下はまこと素直だな」


その様子を遠めに見ていたシルメリア。あいかわらず真九郎の型は美しい、そう思った。風の精霊が舞っているかのような自然な動きであるが力強くもある。


「シルメリアも年頃の乙女のようなかわいらしい一面もあるのだな」

「ジ、ジン殿下!!!か、からかわないでください!」

「いやいやすまん、レイがな、ああやってたくましくなっていくのはうれしくもあり悲しくもある・・・なんとか無事に王宮に帰してやりたいな」

「一命にかえましても」

「そう気負わないことだシルメリア。そなたはもちっとだけ愛嬌を覚えればなぁ」

「あ、愛嬌ですか・・・!!!!!殿下!真九郎!!!!」

シルメリアの叫び声で二人はすぐに天幕へ戻った。

真九郎は戦闘準備、レインドはバックに最低限の物だけを詰め込んでいく。

シルメリアが気付いた時には遺跡の周囲を、大勢の人間がとりこ囲もうとしていた。

「これは・・・・・」

「王国軍か・・・・ならば俺が話しをつけよう、3人は天幕から出るなよいいな」

「兄上!」

「大丈夫だレイ、絶対に王宮に帰してやるからな」

ジンは骨ばった手でレインドの頭をごしごしと撫でると王国軍が来るであろう街道の入り口に歩を進める。


王子らしい堂々とした態度で王国軍と対峙するジン王子。

王国軍の軍団長キュウエルはジン王子に向けて言い放った。

「ジン王子、余計な手間をかけさせないでほしい。速やかにレインド王子を引き渡せ、いるのは分かっている」

「レイは俺と一緒に王宮へ帰る予定なのだ、王国軍の護衛はいらんよ」

「話にならんな、今回の命は勅命である! ジン王子が従わぬならば全員拘束せよ!」

「ま、待て!勅命だと!?」

「そうだ」

キュウエルはジンに勅命の証である王の魔道印が入った勅命書を見せ付けられ、思わず唸った。

「ということなのです、大人しくしてくださいジン王子。あなたは貴族の中にも信奉者が多い。あまり危害は加えるなと言われているのですよ」

キュウエルの背後から現れたのは神殿の司教タラニスであった。

男であるが腰まである金髪と長い顎、眼は細くジンに嘲笑を含む視線をぶつけていた。

「なぜ私がこんな所にって顔をしてますね。神殿からの指示でねようやくあなた達をここまで誘導することができました。やはり闇風は有能ですね」

「や、闇風だと!?」

シルメリアによれば1人取り逃したと聞いていたが、どうやって誘導を・・・・

「まさかお前たち、邪霊球を!?」

「処分を免れるため、キールは邪霊球でゴブリンの誘導をしたようですね、おかげでもうあの人は使い物にならないようですが」

「司教様、全員拘束でよろしいですな?」

「ええ、頼みますよキュウエルさん」

「ちっ全員拘束、レインドと近衛の女だけは殺すな」



杖が取り上げられ、拘束用のロープが全員を縛り上げていく。

「私が第3王子 レインド・ルン・リシュメアである。皆の者、勅命大儀である」

みんなを守るには僕が行くしかない、そう決意を固めたレインドの覇気に王国軍兵士たちは完全にのまれてしまっている。

これぞ 雷神の御子か 

「私にも縄をかけるかい?」

「い、いえ! ご、ご案内いたします」

王国兵たちはレインドに縄をかけず、護衛のように王国兵を引き連れたレインドはキュウエルの元へ堂々と向かったのだった。



真九郎は、レインドがここまで見事に王族としての振る舞いをするとは思っていなかった。

見事な将器である。

なんとしても、お助けせねば。その意思を確かめあうように、縛り上げられるその寸前までシルメリアと手を握り合っていた。



拘束は短時間で終わり、王国軍はすぐに引き上げるかと思われたが遺跡内に拠点を設営し始める。

タラニス司教は神殿跡地で部下たちを使い妙な石碑を掘り出していた。

真九郎たちは一箇所に集められ、魔法阻害の術がかけられた縄で厳重に監視されている。

この縄、シルメリアや他の護衛たちには相当不快そうで苦悶の表情を浮かべていが、真九郎にとってはただの縄。少し尖った物があれば削ることが出来るかもしれない。


それに関しては一つだけ当てがあった、というより一つ仕込んでいた物があった。

拘束される直前に鞘から小柄を抜き、天幕の柱沿いに地面へ差し込んでおいたのだった。


もしものとき武器にもなるし、縄を切ることが可能になる。

小柄とは刀の鞘に組み込む形で納められる小刀のことで、ちょっとしたものを切ったり緊急時に投げたりすることがある刀の構造品の一つである。


どのタイミングで柱に近づき縄を切るか、見極めねばならないだろう。



2018/7/21 誤字・誤植修正

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