分岐点
滝つぼの広場からエルナバーグを目指し出発してから、二日目、白い子狐は真九郎の懐の中からちょこんと顔を出している。
レインドによれば白い狐は、大地母神の御使いとして信仰されており幸運の象徴として有名なのだという。
真九郎とレインドから離れようとしない子狐と,分かれたくない3人の思惑も一致し定位置として真九郎の懐か頭の上が決まった。
子狐の名前に関して3人の意見はことごとく対立した。
かわいい名前がいいと譲らないシルメリアと御使いにふさわしい名前がいいと力説するレインド。
子狐が早死にした妹に雰囲気が似ているからと湿っぽくなった真九郎。
3者の論争は夜遅くまで続き、二日目の朝にふと真九郎の口にした「マユ」という名前に子狐が食いつき、マユの名前だけに反応したことで、ようやく名前が落ち着くことになった。
そしてこのマユはどうして人語を理解しているかのような行動を取ることがあり、やはり御使いなんだとレインドは確信していた。
しかし、シルメリアにだけは抱っこを許さず、彼女のあまりの落ち込み様に、マユは少しだけシルメリアの膝の上でお昼寝をするということで手打ちにしたようだ。
マユの加入で少し心にゆとりが生まれた一行だが、事態はそう楽観できる状況ではない。
闇風のキールがどのように増援を手配したか、まだ判明していないため気を許せば危機を招く事態は変わっていなかった。
午後になり、シルメリアはガラス玉に向かい
「トゥエルム」
と短く魔道具発動の呪文を唱える。
ガラス玉は手の平の上で広がり現在地と周辺の地図を表示させる。
10数秒地図をにらんでいた彼女は真九郎に今後のルートについて相談していた。
地図を見る技術に長けていた真九郎と、闇風の待ち伏せ地点を予測しつつやや東よりに進路を修正し始めたとき、頭の上にいたマユが聞いたこともない唸り声を立て始める。
すぐさま真九郎は探知術をかけるように指示すると、マユをレインドに預け、周囲の警戒にうつる。
「殿下、この反応は・・・・
二人の驚きようからゴブリンとはやっかいな相手なのだろうと察し、すぐに北へ3人は駆けた。
探知術をかけながらの移動はシルメリアにはお手の物であったが、3人の後をつかず離れずで追跡してくるゴブリンから受けるプレッシャーは相当な疲労を強いることになった。
このままでは戦闘に影響が出ると判断したシルメリアは、一旦休憩することにし先ほどからゴブリンについて聞きたがっていた真九郎の疑問に答えることにする。
「
ゴブリンと比較された王子は微妙な表情をしていた。
「性質は残忍で人間や家畜を襲い雑食性の種族で、基本人とは相容れない化け物と思ってください」
真九郎は神妙な面持ちで話しを聞いていたが、核心に迫る質問をぶつけてみる。
「そのゴブリンも魔法を使うのか?」
「いえ、恐らく魔法を使う奴と蛮族の武器を使う奴に別れると思います」
「数は把握できるか?」
「現状で探知できているのは30匹ほどです」
「多いな・・・・」
何より不気味なのは知能が高くない奴らが、3人を北へ追いやろうとしているかのような意思を感じることだ。
夜になりシルメリアと交代しつつ厳重な結界を張った野営をするが、少しの葉鳴りの音でも目が覚めてしまうほど神経が過敏になっている。
夜の間もゴブリンたちは、ある一定の距離から近づこうとはしなかった。
夜が明けてから、シルメリアはある作戦を提案する。
彼女が単機で数を減らし、追撃を振り切るという案だ。
二人とも危険だと止めたが、ここで数を減らさないと後で追い詰められるとの主張はたしかに一理あることに真九郎も反対できずにいた。
が、そのとき頭の上にいたマユが突如シルメリアの胸に飛び込んだ。
「え!?」
と咄嗟に受け止め念願の抱っこをするなった。
マユは抱っこされながら体勢を入れ替えシルメリアの正面に来るとやさしく彼女の腕や頬をなめるのだった。
まるで行かないでと必死に伝えているかのように。
どことなくこの子狐に神性を感じていたシルメリアは、一旦この案を取りやめることにした。
「このままだとシエラ遺跡に入ってしまうかもしれないわ」
教えてレインド王子?と視線をやる真九郎を見て「シエラ遺跡はね、邪悪な魔物の住処って言い伝えがあるほど古い遺跡で、何年か前に王国の調査団が調査に行ったことがあったみたい」
「その時は無事に帰還できたのか??」
「うん、特に何もなかったって聞いてるよ、調査結果も成果があまりなかったって」
「実はこのままシエラ遺跡に進路を取ってしまう選択肢もあるのではないかと考えています」
シルメリアは地図の魔道具を展開させると「このシエラ遺跡からは北に大きく迂回しますが、エルナバーグへ続く古い街道が通っているのです。ゴブリンのいる森を進むか、遺跡に向かい旧街道を目指すか・・」
シルメリアが唸っているとき、思い出したかのようにレインドに頼みバックにしまってもらっていた真九郎の荷物を取り出した。
数馬の脇差。
現在、真九郎は数馬の差料である無銘の業物と自身の脇差を佩いている。
自身の脇差が長脇差に当たり、この緊急時に適していると考えたためであった。
そして真九郎は数馬の脇差を、レインドに手渡した。
同じく無銘ではあるが、重国の作であるとされる上作である。
一尺六寸五分 レインドにとって扱いやすい小脇差になる。
「レインド、これを渡しておく。短くてもこれは刀だ。刀は武士の魂だ これを抜くときは己が死ぬ時と心得よ」
「は、はい・・・これを抜くと死んじゃうの???」
「そうではない、刀はここぞという時、死ぬ覚悟のない場面でなければ抜いてはいかん、ということだ」
「かっこいい・・・・」
「そうかかっこいいか、男子ならかっこよく死にたいものだの」
「真九郎様、軽々しく死ぬなんておっしゃらないでください!」
「これはすまんすまん、侍とはな常に死を覚悟して生きておるのだ、異国ではなかなか伝わらぬとは思ったが、難しいものだな」
「死を覚悟・・・ですか、死にたがっているわけではないのですね?」
「それは・・・違うと思うぞ」
「ならばよいのですが・・・・」
やはりシルメリアやレインドにとって、武士道というものはやはり異質な思想なのであろう、そう真九郎は思った。
そして恩人である二人のためならば見事散ってみせよう・・・と覚悟していることも、あえて言葉にする必要もあるまい。
レインドは木刀をバックへ収納し、腰のベルトへ脇差を差し込んだ。
どこか真九郎へ近づいた気がしてうれしかった。
「良いのですか?大事なものなのでしょう?」
「恩人であり愛弟子であるレインド王子にならば、わが友も快諾してくれるはずだ」
「殿下への配慮、いずれ必ず王家に報告し相応の金品が出るようにお伝えします」
「金品?いらぬはそんなもの」
「え??」
「あればあったで困らぬであろうが、侍にとって最も大切なのは忠義を尽くす、尽くせるに値する主君とめぐり合うことだ」
「侍のことは良く分かりませんが、真九郎様は信頼に値するお方です」
シルメリアからかけれた言葉は彼女からごく自然に出た言葉であったろうが真九郎にはたまらなくうれしかった。
「やはり遺跡に向かいましょう」
シルメリアの提案に反対するものは、マユを含めていなかった。
3人と一匹はシエラ遺跡を目指す。
アルバイン隊長との合流ポイントであるエルナバーグへの脱出行はゴブリンの集団が追撃していることもあり、シエラ遺跡方面への迂回を余儀なくされていた。
レインドは今回の旅路における自分の役目について、悩み混乱しどのような行動をすべきなのか頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。
当初はヴァルヌ・ヤースの儀を行うというシンプルな目的であったはずだ。それを御子の再選定のために自分を殺そうとする勢力がいる。
そしてシルメリアたちが自分を守ってくれる・・・・どうして守ってくれるのか・・・・
いっそ再選定のために殺されてしまったほうが良いのだろうか。
自分が生きている意味があるのか・・・もう魔法も使えない体になってしまったのだ。
このまま誰かに迷惑をかけて生きていくだけならば、せめて何か役に立ってから死にたい。
シルメリアの忠節、真九郎に学ぶ剣術と揺ぎ無い覚悟を背負う高潔な魂、そして自分を愛してくれる兄弟たち・・・・
愛くるしいマユ・・・・
死にたいと思いつつも支えてくれる人たちの思いもまた、王子にとっての希望でもあり、重荷でもあった。
葛藤を続ける若き喪失の王子は、未だ晴れぬ深き霧の中にいた。
シエラ遺跡を囲むように配置された、オベリスクを肉厚にした様な塔が4基。大理石と水晶が融合したかに見える材質で構成され,悠久の時の果てに2基の塔が崩れ落ちていた。
いつの時代、どのような目的で造られたか不明である。
森の中に突如開けた空間に遺跡はあった。
木々はこの遺跡を避けるように生えており、遺跡の敷地には雑草一つ生えてはいない。石畳は風雨にさらされ朽ちてはいるが、歩きやすさは森の中よりは上だ。
「殿下、実は王国の使うリュカールの反応があるのです。どうされましょう?」
「あ、リュカールってのはね、王国の人はここに公務で来てるから手出したら痛い目にあうよって信号なんだ」
「ううむ・・・魔法とは便利なのやら面倒なのやら・・・・」
そんな真九郎を慰めるようにマユが頭をぺしぺし叩く。
罠の可能性が高いと予想し、シルメリアが先行して確認に向かう。
しばらくすると大声や奇声が聞こえ始め、こちらに向かい全速力で駆けてくる背の高い男が現れる。
真九郎がすっと前に出て柄に手をかけたときには、後ろからレインドが男に向かって駆け出していた。
「おい!待たんか!」
と声かけた時には二人は泣き声を隠すことなく抱き合っていたのだった。
二人の後ろから数人の人影とシルメリアが談笑しながらこちらへ歩いてくるのが分かる。
「いったいどうなっているのだ」
またもやマユに頭をぺしぺし叩かれる真九郎だった。
シルメリアは真九郎の元まで来ると状況を説明してくれた。
「つまりレインドと抱き合って大泣きしているのは、兄上殿ということでよいのであるな?」
「はい、第2王子 ジン殿下でございます」
聞くところによれば、このジン王子という人物は相当な変人として有名であるそうだ。
魔法力や資質が一般庶民よりも劣るほどらしいが、それを補ってあまりあるほどの頭脳を持ち各種分野への探究心が異常なほどで今回も調査で半年ほど王宮を留守にしていた矢先だった。
ジンの研究は実際に王国へ実益をもたらす事が多く、貴族からの援助金が出ていることも多かった。表立って王族を支援できない貴族たちであったが、このジン王子の研究だけは別枠というのが暗黙の了解である。
もちろんその結果から利益を独占しようとしていることもジンは承知であったが、彼の知的好奇心の前には瑣末な事であった。
一見、変人にも見えるが親しくなった人へは愛情を惜しみなく放出するタイプで、レインド王子は目に入れても痛くないほどに溺愛していた。
ジン王子には調査研究の護衛補助として10名ほどの人員が付き従っている。皆、王子が気に入った人物であり王子の我侭をうまくかわして宥めて扱う技術を持っていた。
事情説明をする間も、ジン王子の直衛に周囲の探知に念を入れるように伝えつつ一時間ほどかけてジン王子に現状を説明することができた。
レインド溺愛モードからようやく脱したジンは事態の重大さに天幕の中をうろうろとしていたが、急に真九郎の手を握り
「すまない!君がレイを助けてくれたことにまだお礼を言っていなかった!!!ありがとう本当にありがとう!」
「い、いえ」
「して君はいったい何者なのだ???話を聞いても君の、いや真九郎殿の言う国や文化・風習、など聞いたこともない」
「・・・・・・・・・・・・」
「君を怪しんでいるわけではないのだよ、そこは理解して欲しい。ただあまりに異質なのだ。この国において君は」
「たしかに、ジン殿下のおっしゃること理解できます。私が殿下たちの立場でも同じように感じることでしょう」
「ほほう、真九郎殿は非常に頭の切れるお人のようだ、時間があればお互いの国のことなど一晩中酒でも酌み交わしながら語り合いたいものだ!」
シルメリアはそっと真九郎に耳打ちする。
「ジン殿下は気難しいですが、決して嘘や方便は使わないお人ですよ」
「拙者もです」
気恥ずかしそうに頭を掻く真九郎の笑顔を見てシルメリアはシエラ遺跡に来て良かったと、これは大地母神のお導きではないか・・・・
そう思っていた矢先
二人の会話を見守りつつも探知魔法を張っていたシルメリアだったが、妙なことが起こった。
遠巻きに遺跡の近くで待機していたゴブリンたちが、一斉に引き上げ始めたのだ。
真九郎とレインドが休憩する手配をし終えた後、単独でゴブリンの追跡をし撤退方向と規模を確認するまで警戒していたが、十分な距離まで離れたところで、撤退に間違いないだろうと判断し遺跡に戻ることにした。
夜になり安心して熟睡してしまったレインドを護衛の者たちに任せ、真九郎とシルメリアはジンから重要な話があると呼び出されていた。
「実はマル兄さまから連絡を受け取ってから、俺はずっとあることを調べていた。レインドの魔法喪失と要の儀についての関係だ」
「こたびの原因となった出来事でござるな?」
「そうだ、結論から言えばこの二つは偶然ではなく、必然だと俺は考えている」
「え??どういうことですか殿下!」
「要の儀に必要なのは、魔法ではない別の資質なのではないか、これが俺の導き出した答えだ、まあそれがどのような資質であるか、検討もつかないでいるのだがな・・・・」
ジンは自らの知性で及ばぬ理の壁を突破できないでいる自分に腹を立てているのが伝わってくる。
「だからだ、レイを殺してしまったら要の儀は完遂することができない。シルメリアよ、お前が命がけでレイを守ったことは過去の英雄たちに匹敵するほどの偉業だと思え」
「もったいなきお言葉、私はレインド殿下をお守りするため必死だっただけでございます。何より真九郎様がいなければ私や殿下は既に死んでおりました・・・・」
「そうなのだ、やはり君なのだ真九郎」
「はい?」
「真九郎だけが、あまりに異質なのだ全てにおいて、これはお主を邪魔とか排除すると言っているのではないぞ」
「はい、自分でも分かります、拙者が異形の存在であると」
「そうだな、話を続けよう。俺がこのシエラ遺跡にいた理由だ。研究員たちや護衛には突拍子もないことをとまた笑われたりしたのだが、シエラ遺跡に封じられたある存在が要の儀に深く関わると推測を立てているのだ。まあ推測による推測だ学問もくそもない、思いつきの妄想のような話だがな」
話に飽きたのか、真九郎の懐であったまっていたマユが、ぴょんと飛び出るとレインドのいる寝所へとてとてと歩いていった。
ジン王子もマユのかわいらしさに、ほけーっとしていたが気を取り直す。
落ち着いたところで改めて意を決し、シルメリアが恐る恐る封じられた存在について問うた。
「・・・・・死界人だよ・・・・・シルメリア」
ガチャン! 彼女の手に握られていた陶器のカップが砕け、散らばった。
よほどそのシカイビトとやらが、まずいものなのだろうかとシルメリアを見るとその表情は蒼白になり、震えていたのだった。
2018/7/20 誤字・誤植修正
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます