子狐と墓標
シルメリアの怪我は思った以上に重傷で、右足脛骨にひびが入っておりこのまま森を移動することは困難であった。
自分をここに残し二人だけでもエルナバーグに向かうべきと主張したが、レインドは絶対に一緒に行くと譲らなかった。
「真九郎様、殿下を連れてお逃げください。このままでは追いつかれてしまいます。あなたも闇風の隊長に顔を見られているのですよ」
「ねえ、真九郎!シルメリアを置いていくなんて言わないで!。」
二人の必死な思いが伝わるだけに自分の考えを発言するべきか一考していたが、埒が明かぬと口を開くことにした。
「二人とも待たれよ、よいか我らは追われている。あの男は戻って増援を手配するだろう。そして我らの行動を予測し先回りするに違いない。」
ここでレインドが はっ!なった。
「レインドは分かったようだな。」
「うん、こんな方法があっただなんて」
「二人とも、どうしたのですか・・・・こんなことをしている間にも闇風の連中は・・・」
焦燥の陰と怪我による体力の消耗がありながらも、荷物をまとめ出発を促す彼女の背中が決意を語っているように思える。
「連中がどうするのだ??」
「え?追いつかれ・・・・え?!?」
「そうだ、逃げねばならぬ、追いつかれてはならぬ、追いつかねばならぬ、先回りせねばならぬ、見失ってしまった、こういった考えに支配されてしまえば取れる行動は限られる。つまりだ・・・・・・・・逃げないでここにとどまる!」
「そうすればシルメリアが怪我を直す時間も稼げるね」
「うむ、そなたは我らの切り札なのだ。シルメリア殿なしではこの先何かあっても切り抜けること不可能であろう。ならばこの方法を取るしか生き残る道はないと我は思う。」
シルメリアはこの男が肉体派の人物であると思い込んでいたが、その考えを改めざるをえなかった。
「たしかに真九郎様のおっしゃること、一理ありますね・・・・」
「してシルメリア殿の見立てでは治癒にどの程度の日数が必要になりそうか?」
「幸いここは良質なオルナが満ちており、治癒術効果上昇が期待できます。そのことを考慮して3日ほどあれば動けるようになるでしょう。森の中を駆けたり戦闘を想定するならば、5日でなんとかできます」
「分かった。5日だな・・・・その間に出来ることをするか」
「待ってください、真九郎様はここに留まらず1人で逃げることができるはずです。先ほどのお話なら私が回復後に殿下を守ることも可能になります、あなたは逃げて」
~あだに見よ誰もあらしの桜花さき散るほどは春の夜の夢~
立ち上がった真九郎が幻光の滝を眺めつつも、自然に口からこぼれ出た歌であった。
何事かと何かの呪文かとも思ったが、真九郎は静かにレインドの肩に手を添えると語り出した。
「俺は残るぞ、お主らを守る。」
「どうして?ここにいればまた巻き込まれてしまうわ、今なら追っ手を振り切れるのに・・・・ならせめて残る理由を教えて下さい。」
「理由か、拙者が侍だからだ」
「さ、さむらい?」
「そうだ侍だ」
「さむらいとは・・・・いったい?」
「侍は侍だ」
「こ、答えになってません!」
見るに見かねたレインドが割って入り
「ね、ねえシルメリア。きっと真九郎の侍っていうのは、近衛衛士のような誰かに仕える誇り高いお仕事のことを言うんじゃないかな??? どう?真九郎?」
「まあ誇り高き職・・・というのは間違ってはおらぬな」
「とりあえず、分かったことにします・・・疲れました・・」
憔悴したシルメリアはテントで横になるとぶつぶつ言いながら横になった。
それから数日間はシルメリアの治療をしつつ、レインドが真九郎の鍛錬を見てから剣を教えて欲しいと懇願されたため,シルメリアに了解を取ろうとしたが、ここでも不可解な現象が起こった。
刀を見せたとき、あの闇風たちと同じ虚脱状態が発生したのだった。
時間にして長いときで10秒ほど、これはレインドには起こらない現象だった。
レインドが特別なのか・・・・・謎は深まるばかりだ。
拾ってきた太い枝から作った木刀を使い、レインドに基礎から教えこんでいく。元々道場で幼い子供や少年たちの指導を行っていたこともあり的確に構えや素振りを指導していと、思った以上に飲み込みが早い。
素直な性格と生き残らなければならないという決意が彼の成長を後押ししていた。
何やら真九郎の真似がしたいのか、鍛錬以外の時間でも腰に木刀を差している姿は微笑ましかった。
夜になるとシルメリアは真九郎の使う剣術と刀について、それに伴い生じる虚脱状態ついて話し合った。
現状での推測はこうである。
『魔法力や魔法資質を持つ者は刀を認識することで、意識が一時的に剥離する現象が生じる』
「なれば魔法を使う連中にとって不意を衝く手段を得たということか・・・」
想像以上の効果に思わず唸った。
「むやみに振るう力でありませんが、殿下をお守りするためその虚脱の初手の力ぜひ貸してください」
「うむ・・・一対一ならいざ知らず多勢に無勢なら迷う事はあるまい」
シルメリアの完治予定まで後二日、時間を見つけては彼女からこの地の常識や地理・一般教養について教えを受けているが一番驚いているのはシルメリアのほうだった。
真九郎は教えられ上手とでもいうのだろうか、的確な質問をし教える側のこれも教えてやろうという気持ちをくいくいっと刺激するのがうまいのだ。
またレインドの剣術稽古を見物させてもらったが、教え方がうまく見ているシルメリアまで上手くなったような気にさせてしまう。
不思議な人だ・・・
元々会話が得意ではない彼女はこのような長時間人と会話することなど今までありえなかった。
しかし真九郎との会話は楽しかった、もっとこの人と様々な事象について語り合いたかった。
完治までの日が残り少なくなるにつれ、自分の心に名状しがたい寂しさが溢れてきたことにシルメリアは動揺していた。
素振り稽古をさせている間、真九郎がどこへ行っているのか気になり様子を見に行ったレインドは崖の入り口付近で墓を作っている姿を見た。
爆発で吹き飛んだ人を含め15人の遺体を集め、穴に埋めた後どこからか拾ってきた木の枝や石を墓標にし手を合わせ拝んでいた。
その様子からレインドにも何をしているのかは大よそ理解はできたが、敵の自分を殺そうとした追っ手の弔いをする真九郎の行動はリシュメアや近隣国にも見られない習慣だとシルメリアに聞いた。
もし軍でこのような行動をすれば利敵行為と処罰されてしまう可能性が高い。しかしシルメリアとレインドは真九郎のとった敵を弔うという行動が、とても真九郎らしい・・・と思えたのだった。
完治まで翌日に迫った早朝。
「わっ!」
と叫ぶ声に、テントの外で寝ていた真九郎が飛び起きた。
「何事じゃ!!!」
「「か、かわいい!!!」」
テントを開き中を見ると、レインドの膝の上に真っ白な子狐がちょこんと座っている。たまらず抱き上げ抱っこするが嫌がるそぶりも見せず気持ち良さそうにレインドに甘えていた。
その様子を見たシルメリアがわなわなと子狐へ手を伸ばそうとするが子狐は意に介さず、真九郎に視線を移すとレインドの手から飛び出し真九郎に飛びついた。
「な、なぜえ!」
悲鳴のようながっかり感をほとばしらせるシルメリアを他所に子狐は真九郎の懐に入り込むと、ちょこんと襟元から顔を覗かせた。
「この子狐はどうしたのだ?」
「朝起きたら僕のおなかの上に座ってたんだ」
「あ、あの真九郎さま・・・私にも抱っこを・・・・」
あの闇風相手に大立ち回りをやってのけた”薄闇の月光”が子狐を前に骨抜きになっていた。
2018/7/15 誤字・誤植修正
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます