天女と侍(2)

闇風の繰り出す連携呪文は確実にシルメリアを追い込んでいった。木々の間を縫うように走りながら、無音声詠唱のための念を練りこんでいく。

10名以上の闇風から放たれる石つぶて等のけん制呪文は、シルメリアの回避ルートを確実に容赦なく潰していく。足や肩に石がぶつかり肌が引き裂かれ、美しい銀髪の少女はそれでも揺らぐことなく動きを止めず最小限の防御呪文を展開し攻撃の機会をうかがっている。


闇風はさらに短時間詠唱が可能な小針の呪文でシルメリアを追い詰めていたが、闇風の第一集団の周囲に白い靄が囲むように生み出されていた。

「お、おいこれは!?」

「ウェバル・サーラ!」

シルメリアの呪文発動の詠唱が響き渡る、白い靄から眩い光芒が照射され飲み込まれた闇風たちはその熱線に体を貫かれ絶命していた。


「ま、まさかこいつ!? 薄闇の月光!!!?」


闇風たちが受けた衝撃はショックで杖を落とすほどのものであった。

当初の情報ではただの近衛隊員であり、囲んでしまえば取るに足らぬと思われていた。しかし王国最強の域に名を轟かすシルメリアは北ルートと思われていたのだった。


白い靄から繰り出される眩い熱線は闇風を巻き込み着弾と同時にいたるところで爆発し轟音を響かせている。

しかし闇風とて歴戦の部隊、果敢にも反撃に転じている。


「くっ!!」

小針呪文が、氷矢が体に突き刺さっていく。出血が多い・・・このままでは追い込まれる!

それでもシルメリアはわずかな隙を見つけては突風呪文や木の根を使った移動阻害呪文を間髪いれずに行使し、闇風をひとり、また1人と屠っていった・・・




 

崖むこうから伝わる振動や爆発音が、シルメリアがまだ健在であることを真九郎たちに教えてくれる。

特務部隊"闇風"のダンケルは目の前の二人に魔法力がないことにすっかり油断してしまっていた。

無精髭を撫でながら獲物の前でどこから食いつこうかと値踏みをする野犬を想起させる。


だが目の前には、腰を落とし左腰に差した杖に右手をかけ、こちらに魔力ではない得たいの知れない気迫を飛ばす男。

どれもが未経験の事態に判断が遅れたときには、胸から湧き上がる悶絶するほどの苦痛によりのた打ち回る事態に陥っていた。


瞬時に踏み込んだ真九郎が柄頭でダンケルの鳩尾に強烈な一撃を入れたのである。気絶していてもおかしくない打撃であった。

「うごおおぃぐはぁごふっ!」

「レインド殿、これが追っ手で間違いないな?お主を殺そうとする輩なのであろう?」

「シルメリアはそう言ってる・・・・うん、でも僕殺されちゃうのかな・・・」

フィルターが一切ない直接的な悪意に塗れた殺意を向けられることでショックを受けたレインド。

しかそうしている間にもダンケルは、苦痛から立ち直ろうとしつつある。


「くぅくっそおおおおがあああああああ!」


胸を押さえつつ苦悶の表情で真九郎たちに憎悪のまなざしをぶつけている。

「五体満足で連れ帰ろうと思ったが、もうやめだああ!手足は切り落とし芋虫みたいにしてから身柄を引き渡してやる!」

漆黒の短杖が真九郎に向けられる。


「てめえは、すりつぶして犬の餌にでもしてやろうかなぁ!!」


経験したことのない悪意と殺意の波動にレインドは怯えきっている。


恐怖と怯えに追い討ちをかけるようにダンケルは続けた。

「ぐほっ!げほっげほっ! くそが! そうだった・・・あの侍従長な、俺たちの拷問で両目をくり抜かれながらも殿下ぁ!殿下ぁ!って・・」

これ以上聞かせてはならない、そう判断した真九郎は構えをとることすらしていなかったダンケルへ白銀の刃を一閃した。

ポトンっと草むらに落ちたのはダンケルの首であった。

ダンケルが気がつく間もなく真九郎の一刀によって切り落とされ、その眼ははまだ何か語り足りないように空を見つめていた。


真九郎はレインドを抱きしめ落ち着かせると荷造りの準備をさせた。

震えながらも荷物を魔法のバックに詰め込んでいく。

真九郎も腰に形見の刀を差しなおし入り口である崖の隙間へ向かおうとしたとき、血だらけの人間が飛び込んできた。


シルメリアのローブが外套に多くの血が滲んでおり出血がひどく肩で息をしていた。

それでも尚、白銀と朱に彩られた彼女を美しいと思ってしまう思いにかぶりを振る。

彼女は必死で入り口を塞ぐように全力で結界を張りながら叫んでいた。

「殿下!申し訳ございません! はぁはぁはぁっ」

「シルメリア殿、お主は怪我の手当てをなされよ。」

「そんな隙あるわけないじゃない!私が守らなければ!」

シルメリアの瞳はまだ力を失っていなかった。

「外には何人いる?」

「私が倒したのは恐らく6人・・・・まだ10人以上は・・はぁはぁ」

なんと16人を相手にできるほどの恐るべき使い手なのだと真九郎は驚愕した。

そして彼女こそ切り札であると・・・ならば。

「俺が今から時間を稼ぐ、その隙にレインドに傷の手当をしてもらえ。」

「あなた何を言ってるの!?魔法の使えない真九郎様が戦えるわけ・・!」

と言葉を遮るように真九郎が指差したのはダンケルの死体である。

「え?」

「レインド、傷の手当任せたぞ!」

「う、うん、真九郎死なないで!!!!」

「お任せあれ!」

陽だまりのような涼やかな顔で答える真九郎。

「シルメリア殿、合図をしたらその結界とやらを解いてくれ。」

「で、でも! ん!」

その形の良い唇に指をあてると真九郎は肩へ優しく手を置いた。

「よいか、勝つためだ。」

と懐から紐を取り出した真九郎はくるくるとたすきをかけると

「今だ!」

シュン! 見えない圧力が消えたのを感じた真九郎は崖の隙間から表へ飛び出した。



そこには10人もの闇風たちが真九郎を待ち構えていた。

「隊長、あいつは報告にありません。」

「そのようだな、おいダンケルは内部への潜入に失敗したのか?」

ダンケルの所在を確認するが見当たらない。

「残念ですがそのようです・・・でも隊長あの妙な男から魔法力が感じられませんが・・・」

「ダンケルがやられたとしたら、それが原因かもしれんな」

隊長のキールは優秀な男である。

今まで任務を失敗したことはなく、冷静で冷徹な判断が下せる人物であったが、目の前の男の正体について考えうる候補が皆無なことにわずかな焦りを生じさせていた。

「おい、そこの妙な奴!」

「拙者でござるか?」

「お前だ、お前はいったい何者だ?」

「うーむ・・・人に名を尋ねるのであれば自分から名乗るのが礼儀であろう?」

「こ、こいつ調子の乗りやがって・・・・」

闇風の隊員たちに殺気が満ち始める。

「俺は特務部隊闇風の部隊長を務める キールだ。ほれ名乗ったぞ お前は誰だ!?」

「拙者は 巴波藩藩士 緋刈真九郎と申す!」

「う、うずま・・・? しんく ろー??なんだなんのことだ?」

隊員たちは顔を見合わせ各々が知らない情報の補完をしようと試みるが誰一人として理解できる者はいなかった。

キールは長杖を地面に突き立てると「分かった、じゃあお前ら殺していいぞ、油断するなよ。」

血の通っていない氷のような声で命令が発せられた。

10名が杖を構え一斉に呪文の詠唱を始めた直後、彼らは信じられないモノ見た。


銀色に輝く美しき刀身がゆっくりと抜かれる。

二尺八寸、真九郎の友、有本数馬が残した 無名の業物・・


そしてその刀を認識したときから闇風たちの瞳から光が消えた。一種の虚脱状態に陥った彼らを真九郎の刃が襲う。


すぐに虚脱から回復するものの完全に不意をつかれ先手を取られた闇風たちは混乱した、気づくともう3人が血を噴出しながら倒れていた。

残りがようやく立ち直り,短い呪文詠唱の小針術で真九郎を狙うがまるで着弾地点が分かるかのような動きで地面を滑るように避けていく。

「お、落ち着け!結界張って動き封じろ!」

キールの指示で正面の敵集団の前に結界が張られるが、時既に遅く回り込んだ真九郎の早業により、端にいた闇風の両手首から先が杖を握ったまま宙に舞った。

呪文が発動しなかったことに驚くと同時に、隊員が自分の手首から先が喪失していることに気づいた時にはもう仲間二人が切り倒され自分自身もショックで意識を失ったのであった。


「おいおいおい! 何が起こってんだおい!」

「うああああああ!嫌だあああああああ!」

王国軍でも有数のの錬度と技量を誇る闇風の隊員たちが恐怖でうち震えていた。


あの小娘とわけの分からぬこの男に10名以上倒されたのだ。

しかもあの男が持つのは・・・・・認識することすら困難な武器


真九郎は懐紙で刀の血を拭うと再び平青眼に構えを取り闇風たちと対峙した。


「お、おい待て!レインド王子を引き渡せばこれ以上は手出しはしない、約束しよう!」

真九郎は微動だにせず気迫を漲らせていた。

そして彼の後ろから手当ての終えたシルメリアが杖を構えながら真九郎の隣に現れた。


「シ、シルメリア・ウルナス!」


16人による集団戦闘の中でもひるむことなく6人もの犠牲を出した近衛衛士隊が誇る 

薄闇の月光・・・・

真九郎の刀を見て虚脱状態になっている間にレインドが手当てをしてくれていたようだ。

正体不明の男とシルメリアがそろったことで人数的な優位も2対4にまで差を縮められた闇風は壊滅に近い状態である。だがキールは部下に命じた。

「全力で奴らをしとめろ!」

3名の部下たちはそれがどういう意味を持つことかを理解していた。

捨て駒である。情報を持ち帰るため部隊長であるキールだけを落ち延びさせる最後の手段。

3名は胸元から自爆用の呪印晶石を取り出すと真九郎たちに向かい一斉に飛び掛った。

その手に一瞬だけ早く気づいたシルメリアが真九郎をかばいながら防御呪文の無音声詠唱に成功した。

耳をつんざくすさまじい轟音と爆風が崖の周辺を飲み込んだ。

滝と広場は崖に阻まれて無事であったが、真九郎たちのいた場所には幅5mほどのクレーターが出来てしまっている。

「シルメリアーー!真九郎!!!」

レインドの悲痛な叫び声が聞こえる中、咳き込む声とと共にシルメリアを抱き上げた真九郎が煙の中から現れた。

「傷の手当を!、また天女様が怪我しちまったよ!」



レインドに薬の使い方を教わりながらシルメリアの手当てを行く。

真九郎をかばい爆風の衝撃で気絶しているようだが、背中に負った火傷と、右足の骨にひびが入っているのが、一番の重傷であった。

レインドがバックから取り出した薬はどれも高品質のものばかりでシルメリアの荒かった呼吸も少しずつ穏やかになってきた。この魔法の治療薬であればこの程度の火傷であれば傷跡も残らないのだという。

洗浄魔法の使えない二人は滝の清水を使いシルメリアの美しい顔についた煤や汚れを拭くが、体のほうは必要以上に見てもまずいと思い服の下から手を差し入れ体を清めておく。


真九郎は何故彼女が自分をかばったのか、そのことをずっと考えていた。レインドを守るためならばシルメリアの無事が優先されるべきである。それでも自分を守ろうとした彼女は、やはり天女様にしか見えぬ・・・・ 

そう思う真九郎であった。

シルメリアが気絶して半日後に意識を取り戻したが、看病に疲れた真九郎とレインドは親子のように隣で眠っていた。





2018/7/15 誤字・誤植修正

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