蒼河の森と幻光の滝

レインドとシルメリアの二人が逃走を開始してから一日半が経過し,魔法のバックに収納されていた簡易結界が施されたテントを使いようやく二人は体を休めることができた。

レインドは倒れるように眠り、シルメリアは周辺への探知魔術と結界を作成するためほぼ二日間睡眠をとれずにいたが、ようやく明け方近くに2時間ほどの睡眠にありつく。

レインドは弱音も吐かずにシルメリアの後を健気についてきた。

真夜中に暗闇の森を歩くという恐怖にも耐えたのである。

つながれた手は夜の間ずっと震えていたが、シルメリアは心を鬼にしてウルガリから距離をとるために急いだ。


ウルガリの西には太古から深い森が広がり奥には隣国との国境にもなっている山脈とそれに連なる谷が森の中を割くように走っていた。

古代から魔獣や竜の目撃例があり、実際10年ほど前には魔獣による被害も確認されている魔境でもある。


このような場所に年端もいかぬ少年少女が足を踏み入れるのは自殺行為そのものでもあったが、そこまでのリスクを負わなければならぬほどの事態でもあったということを改めて二人は認識していた。


頼みの綱は魔獣などを寄せ付けない精霊の加護結界と魔よけである。これがなければこの森を進むなどという真似は到底不可能であるし、計画さえ立案されなかっただろう。


テントの生地から漏れる朝日に目を覚ましたレインドたち。

てきぱきと朝食を準備しシルメリアはレインドと自分に洗浄の魔法を行使した。衣服や体の汚れを取り除く呪文で一般的で便利な日常魔法である。あえてこの呪文を使ったことには理由がある。

凶暴な魔獣や動物たちにこちらの匂いを探らせないためだ。


「ありがとうシルメリア、やっぱりすっきりすると気分がいいね。」

「殿下、足は痛みますか?今日の移動は大丈夫でしょうか」

「ううん、大丈夫だよ。この外套にかかった呪文のおかげでね体がすごく軽く感じるんだ。」

「本当にご無理ばかりさせて申し訳ございません、我ら近衛がもっとしっかりしていれば・・・・」

「そんなことないよ、近衛隊がすごくがんばってるのに何も返すことができなくごめんね・・・シルメリアまで危険な目に」

「何をおっしゃいますか殿下・・・私は大丈夫です、こう見えて私強いんですよ?」

シルメリアが短杖をくるくると回しながら微笑んだ。

「僕も・・・・雷神術が使えたら・・・・あっ!ごめん!」

うるうると目に涙をためるシルメリアを見てレインドは弱音を吐いたことをすぐに後悔した。

「いいえ、そう思ってしまうのは仕方ないことです。王子のお心の強さ心より尊敬いたします。」

レインドは照れながら荷造りを手伝う。

今日はあの切り立った崖の麓近くまで行きそこからエルナバーグへと直進するポイントになる。



連日の移動が二人の歩調を緩めてはいたがレインドは必死に歩いた。

森の奥に進むにつれ植生が変わってくるのを感じる。当初は広葉樹や針葉樹の混じった雑林だったものがデメノアという種類の木々が覆うようになってくる。


休憩を取りつつ夕方近くになり森に陰りが見えてきた頃、テントの設営に手ごろな大木を見つけそこを拠点に結界などを設置していく。

若さが成せるものなのか、3日目に入ると王子も体が慣れてきたのか倒れるように寝てしまうことはなく、夕食の手伝いや荷物の整理を率先して行っていた。



明日の準備のため魔道具の地図で現在地と方向を確認していたその時テントの外に妙な青白い光が滲むのをレインドが気付く。

短杖を構えながら外に出たシルメリアは思わず声を上げた。

デメノアの木の根元や枝の一部が淡く青白い光を放っている。

それはまるで地上に広がる星の大河のようであり、シルメリアに呼ばれたレインドもその光景に驚愕する。

王宮などで様々な美術品を目にすることはあるものの、自然の織り成す星の川は、疲れきっていた二人の心に染み渡る清水ように再び立ち上がる活力を与えているようであった。

この神秘的な夜を二人はいつまでも眺めていた・・・・




翌朝、徒歩で踏破しやすい道が続いたこともあり目印の崖までは後少しの距離まで辿り着いていた。

崖が近くなってきたことからも木々の中にも大きな岩や岩石帯が目立ってきている。

昼時になり休憩にしようと巨大な岩の近くを通りかかったとき、シルメリアは巨大な魔力が突然近くに現れたことに気づいた。

人間が発する質の魔力ではない、膨大な魔力が発する圧力に全身から汗が噴出すのを感じる。

で、殿下だけはお逃げいただかなければ!!

取り出した短杖を握る手が震えている・・・・

そして目の前にトンっ軽い音とともに着地したのは輝くばかりの蒼と白銀の体毛、馬よりも巨大でしなやかな巨躯。頭部から生えた二本の角は羽のような広がりを見せる黄金の角。

瞳は蒼く、こちら側をすさまじい眼力で見つめている。


し、思考ができない・・・あまりの存在感にシルメリアは圧倒されていた。

で、殿下をお守りし、しなくては・・・・搾り出すような意識を王子に向けた。

レインドはまるで部屋をすたすたと歩くかのような、ごく自然な歩みで美しい魔獣に近づくと、こともあろうに顔に手をあて優しく撫ではじめた。心地よいのか気持ち良さそうに眼を細める魔獣。


「こんにちは。僕はレインド、あなたは誰?」

まるで王宮に迷い込んだ少年に優しく声をかけるかのような気さくさで巨大な魔獣に挨拶をするレインド。


『人の子よ、この地に何のようだ?』


「あのね、僕たちは命を狙われていてここからエルナバーグって街に行かなくちゃいけないんだ」


『・・・・たしかに、そなたたちを追う気配は感じるな』


金縛り状態のシルメリアにとって、魔獣が人語を解すること事態驚愕の事実であったが、追っ手が近くまで来ていることはそれ以上に衝撃であった。


『してレインドとやら、お主大事な役目を担っておろう?それは人によっても重要な約定のはずであるが、それを狙う人がおるとは何奴なのだ?』


「シルメリアなら知ってると思う・・・・」

魔獣はシルメリアへ視線を移す。

その圧倒的な存在感に抵抗しながらシルメリアは人語を解すならば戦わずにすむ道があると、礼を持って接しようと決意する。

「あなたの森に無断で入ってしまい申し訳ございません。私はレインド殿下に仕えるシルメリアと申します。レインド殿下は要の儀と呼ばれる大地母神へ感謝を捧げる儀式の御子に選定されております。」


『・・・・・続けよ』


「は、はい。しかし・・・・殿下に不幸が生じ、魔法力を失ってしまったのでございます。そのため一部の人間が王子を害し御子の再選定をしようと企んでいるのでございます。」


『愚かな!!!』


発せられた魔獣の気迫に思わず尻餅をついてしまうシルメリア。


『人とは愚かであるとは思っていたが、ここまで愚かであろうとは』


レインドは魔獣の美しい毛並みを撫でている。

その撫で方が気に入ったのか、しばらく撫でられるままになっていた魔獣は鼻面をレインドへ甘えるようにこすり付けた後 


『二人とも我についてくるが良い・・・・それと私は魔獣ではない、その昔、人は我のことを聖獣ナバルと呼んでいた』


シルメリアはようやく我に返ると荷物を取りまとめレインドの手を取り急いでナバルの後を追った。

ナバルに案内されたのは崖の間に出来た隙間をさらに進んだ先にあった。

崖の途中から溢れ出す水が大地から溢れ出すまばゆいオルナの奔流と絡み合いながら大瀑布のような光景を醸成していた。


滝つぼ付近には巨大な水晶が形をなし大気中のオルナの光を受け虹色に輝いている。


昨日の蒼い星の川といい、この光の滝の人智を超越した美しさに二人は息を呑んだ。


『我にできるのはここまでだ。これ以上人に干渉することはできぬ。だが・・・・レインドよ、人の身で過酷な運命に立ち向かうそなたにせめてもの手向けを・・・・』


ナバルはレインドの元まで歩を進めると天を仰ぎ見る。

そして眼を閉じ何かに耐えるようにその身を震わせると、見事な角が半分ほどで折れレインドの手元に収まった。

驚きナバルを見上げるレインドにナバルは慈愛に満ちた瞳で答えた。


『我の角である、肌身離さず持ち歩くが良い。邪悪な術からそなたを守るであろう。そして・・・・・その滝つぼを調べてみるがよい、もしかしたらその者がそなたたちの力になるやも・・・しれぬ。』


ナバルは見事な蒼と銀色の毛に覆われた尾を一振りすると、跳躍し崖の隙間に飛び去った。


しばらくの間、二人は立ち尽くしていた。


なんとか気を取り直すと盆地状に広がったその空間を改めて認識する。

光の滝と水の滝が重なりあい、その滝から流れる小川沿いに美しい花々が咲き乱れている。小高くなっている丘には古代の遺跡の一部があり、水晶と大理石で作られたテラス様の建物が苔に覆われながらも神秘的な姿を晒していた。 


2018/7/13 誤字・誤植訂正

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