王子と旅路

ヴァルヌ・ヤースの儀がどのようなものなのか、随行する神官が説明を一切拒否したためレインド王子の側近の者でさえごく限られた情報しか与えられていなかった。

どれだけ問い詰めようと儀式の成否に関わるためお教えすることができぬ、と一点張りである。


これでは埒が明かぬと同行している王国軍の部隊長に話を通そうとするもこちらも教えてもらっていない、儀式は神官の専権事項だから黙って従えとつっけんどんに帰されてしまった。


単なる派閥争い・勢力争いが原因であればバルダ副官もここまで苦労することもなかったであろうが、王子の安全が危ぶまれている現状に何も危機感を感じぬ彼らにバルダの苛立ちがつのるばかりである。


そのような疑心暗鬼が渦巻く行軍の中、レインド王子は魔法喪失の失意から幾分かの回復の兆しを見せ始めていた。

当初はその喪失感を埋める手立てがなくショックから言葉を発することすら出来なかったが、マルファースやレシュティアたちの励ましと彼が本来持ち合わせている健やかなたくましさによって、レインドが儀式をすることにより誰かの役に立てるかもしれない・・・という思いを糧に今回の旅に赴くことになった。


休憩中などはシルメリアが稽古していた操杖術を見て自分も学んでみたいと興味を示すまでになった。

操杖術とは魔法の行使ができない一部、祭祀殿などの結界エリアで王族などを護衛するために近衛や神官が杖を使った戦闘・護身術である。

この地における唯一の武器を使った戦闘術といえるものでもある。

だが心無い王国軍の兵士たちはその様子を喪失者の悪あがきとからかっていることにシルメリアが飛び掛りそうになるのをバルダが取り押さえるはめになっていた。



そして一週間ほどの移動の後、目的地に向かうための最後の補給地ウルガリの町に到着した。


レインド王子と近衛が逗留することになったのは地方貴族の屋敷であった。

ほどほどに手入れされた屋敷であり、一日二日なら十分な居室であったが肝心の貴族は流行り病で王子に挨拶に行けないとあからさまな連絡があった。


バルダは部下二人を不足品の買出しとして町にやった。

もちろんいくつかの買い物は必要ではあったが、ここでアルバインからの連絡がくる手はずになっている。


約1の鐘(一時間ほど)が過ぎようとしていた時、王国軍が警備する門前から酒気を帯びた部下二人が食い物や酒を手に帰ってくるのが見えた。

警備の兵士にお裾分けをしており、もらった兵士は気を良くしていた。


バルダは窓からその様子を見てすぐに準備に移った。

当初から用意していた魔法の呪具である背負い袋。見た目の十数倍の容量がありマルファース王子からたくされた秘具でもある。

王子にはあらかじめ用意してあった軽量化や疲労軽減効果のある外套ブーツなどをお召しになってもらい、直衛に入るシルメリアには魔法の背負い袋と背中に収納できる短杖やこれから必要になる装備を身につけさせた。


出発からの役割分担で、バルダは男の部下二人、センとハルバに王国軍と近づきやる気のないそぶりを突き通せと命じていた。

そして今回、ウルガリの町でセンとハルバが隊長から受けた指示は


『王子の暗殺計画が進行中、可及的速やかに王子を脱出させよ、 エルナバーグで合流』


二人はほろ酔い状態に見える丸薬を噛み砕くと、屋敷に向かって急いだ。もちろん尾行がいることを想定しての行動であった。


バルダの取った作戦は部隊を3つに分け3方向への脱出である。合流ポイントのエルナバーグはウルガリから徒歩で北へ一週間の距離だ、

そこでウルガリから北、南、西 の3方向への分散とし、バルダは侍従長と共に最も可能性の高く危険な北へのルート、南へは国境脱出を想定させたルートとしてセンとハルバ、他侍従数名。そして最後にレインド王子とシルメリアを魔法の補助なしでは移動が困難な森林ルートに設定した。


深夜になり士気の低い王国軍の隙をついて近衛の部隊は脱出を図る。様々な意味で危機意識の低い王国軍と神官たちがその事態に気づいたのは翌日の朝になってからのことであった。


バルダやセンたちは見つからないように行動しつつも、痕跡をわざと少し残すというさじ加減に苦労しながらの逃走を続けていた。

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