病魔と王子
リシュメア王国第3王子が奇病にかかったという噂はまたたくまに貴族たちの間に広まった。
人の身に習得は不可能とまで言われた雷神の魔術を幼少時に使いこなし、雷神の御子・奇跡の雷帝などと呼ばれた11才の王子。
見目麗しく、11才ながらその容姿は王侯貴族の子女たちを夢中にさせていた。
しかし・・・
たった一度の病でも、その病魔が取り返しのつかないものであるなら本人に過失がなかろうと現実は残酷に未来を奪い取っていく。
まさにレインドがその境遇にあった。
魔法力が魔法資質が彼の体から消え去っていた。
医術師や研究者たちが寝る間も惜しんで原因を治療法を探ったが分かったこと、それはエルモ病という病名だけであった。
体内の魔法力魔法資質を根源から破壊し、罹患者に二度と魔法行使をする力を奪う病であった。
当初はうつる病という噂がかけめぐり、雷神の御子は王国内の貴族たちから憧れの存在ではなく汚らわしい病原体と同様に扱われることになった。
彼の数少ない味方ともいえるのは第一王子マルファース、第二王子ジン 第一王女レシュティア そして近衛衛士隊の数人と侍従たち。
幼少から天才と称され持て囃す大人たちに囲まれながらも素直で思いやりのある優しい性格に育ったのは、幼くして亡くなった母と兄弟たち、そして厳しく父親がわりでもあった侍従長たちによるところが大きい。
王国の実権は既に王族にはなく公爵を中心とした貴族院と神殿が牛耳っていた。
王国の民にとって王族は憧れと尊崇の対象であり、貴族院や神殿もこれを無視する訳にもいかずお飾りとしてかろうじて機能している
のがリシュメア王家であった。そのため4人の兄弟たちはお互いに助け合い、母親が違う身ながらも支えあうように日々を過ごしていたのであった。
現国王は酒と女におぼれ、貴族院によって飼い殺しにされた状態。
民にもそのことは周知の事実となっており、余計に4人の兄弟たちへの期待は高かった。
マルファースたちは、レインドの病を治す手段を求め東奔西走していた。だが貴族院から王子たちは動くなというかなり強烈な圧力がかかった。
理由はいくつか存在した。
リシュメア王国の大地を加護する大地母神。
その大地母神への加護を更新する役目を持つ、新たに感謝を捧げる
儀式、要の
数百年に一度、神託により選ばれし御子がその儀式を担うことになるがその御子こそが、第3王子レインドであった。
そして要の儀の御子、レインド王子に関する処遇と対応について貴族院と神殿のキーマンが集められた重要な会議が執り行われていた。もちろん、王族は誰一人として参加を許されてはいない。
「ではガラド大神官より、要の儀に関してお話があるそうだ」
議事進行役のイルビィ伯が大神官にお願いしますと視線を送る。
「前回の要の儀は、約250年前であったとされております。改めて記録を読み返してみたところ、儀式の遂行にはやはり御子の魔法力が必須であるとの結論にいたりました。」
「ではレインド殿下では御子の務めは果たせぬということですかな?」
「はい、御子として機能しないでしょうな。皆さんが一番気になっていることをあえて申しましょう。それは御子の再選定は可能か?でありますな?」
「「「うーむ」」」」
一同は大神官の言を聞くしかなかった。この男は神官であると同時に政治に口を出しすぎるとして貴族院からもかなり迷惑がられている。
こう主導権を持っていかれることに警戒を顕わにする者もいるようだ。
その雰囲気を察したイルビィ伯がガラドに促した。
「ガラド大神官、して再選定は可能なのですか?」
「結論から申しますと、可能・・・・と思われます」
ここで貴族院の長、 デイン公爵が口を開いた。
「つまり、あの小僧はもう用無しということでいいのか?」
通常であれば、不敬、不敬極まりない発言であるが誰も反論しようとする者はいなかった。むしろ下卑た笑いを浮かべる老人たちの巣窟となっている。
「はい、ただ一つ問題があるのです。」
「大神官、もったいつけずに簡潔に答えろ。」
デイン公の迫力に気圧されたガラドは冷や汗をぬぐいながら続ける。
「御子が再選定される条件は、現御子の死亡だけでは十分とは言えません。」
「何?殺すだけで済む話ではないのか??」
「殺すことは殺すのですが・・・・その御子の死がより不条理で悲惨で人々の悲しみが深いほどの壮絶で残酷な死であればあるほどに、大地母神がその死を悼み哀れみ大地の加護がより強固なものになる・・
過去の様々な事例を元に判断し神殿はその結論を出しました。」
「「「おおおおおーー!!!」」」
一人の少年の命をネタに老人たちの卑しく耳障りな笑い声が響く。
大笑いをしていたデイン公は手をあげ一堂を制すと
「これは傑作だ、してその手段も大神官殿は既に立案しているとみたが?」
「これはデイン公、そのご慧眼には感服いたします。」
魚のような醜悪笑みを浮かべた大神官は懐から羊皮紙を取り出すとデイン公の元まで近寄り手渡した。
羊皮紙に書かれた計画を一読したデイン公は机をドンっと叩きながら立ち上がりガラドの肩をぽんぽんと上機嫌に叩きだした。
「貴族院の諸君、ガラド大神官より示された計画をここに発表しよう」
デイン公より伝えられた計画を聞いた諸侯たちは、馬鹿笑いをする者、あまりに非情すぎる案に冷や汗を隠せぬ者、事の重大さを理解せず隣と談笑を続ける者など三者三様であった。
一堂が落ち着きを取り戻したそのとき、列席者の内の一人がこうポツリとつぶやいた。
「そういえば前回も250年ほど前であったな、死界人の来襲は・・・」
会議室の喧騒に掻き消えたその言葉、わずかにガラドだけは反応した。
そして議題は各自の分担に移っていた。
リシュタール城近衛衛士詰め所・・・・・
突如、貴族院経由で伝えられた命令に近衛の部隊は騒然としていた。王族や宮中の警護・護衛などを主な任務とするリシュメア王国が誇る優秀な部隊である。
少数精鋭・・・・だが下級貴族や貴族の三男、四男など家督相続が難しい者や平民からも衛士が選ばれていた。
血統の良い者たちは貴族の私兵や王国軍の軍団長に抜擢されるため王族の実権がない近衛衛士隊は実力を兼ね備えた非主流派のあぶれ者としての立場が定着していたのだった。
衛士隊隊長のアルバインは50代の白髪まじりのクールダンディである。
貴族の夫人たちからは密かな人気を集めており、侍従たちからの信頼も厚い人物で、近衛隊はアルバインの元にまとっていた。
「警護任務の者を除く、近衛衛士隊全員集合いたしました!」
副官のバルダがアルバインに報告すると、全員が整列し近衛式の敬礼を捧げていた。
アルバインは静かに衛士たちの前に立つと重々しく口を開いた。
「多くは言わん、皆察してくれ」
一堂の緊張が一気に高まった。普段飄々とつまらない冗談を言い続ける上司が今まで見たこともないような表情で俯いていたのだ。
最古参のバルダでさえ、アルバインのこのような表情は見たことがない。
沈痛な面持ち・・・
「貴族院からの命で、近衛衛士隊から数名をある護衛任務に出せと言ってきた。レインド王子が ある
隊員たちが皆顔を見合わせて驚きを隠せないでいた。
王子は病魔に倒れ絶対安静ではなかったのか・・・・?
「こいつぁかなりやばい。今回ばかりは犠牲を出すかもしれん・・隊から出せる人数は4名が限界だ。そして1人は上からの指名だ。」
アルバインが視線を合わせたのは、隊の女性衛士シルメリアであった。
「シルメリア・・・正直お前を行かせたくはない。訓練中の事故で無理やりにでも怪我を負わせて任務から外す方法もある。」
ここで詰め所は騒然となった、そこまでの事態なのか!??
あのシルメリアならどんな任務でも可能ではないか、全員がそう思っていたところなのだ。
「アルバイン隊長! 私は護衛任務に参加します。私がレインド殿下をお守りできるのならばこの命惜しくはありません!。」
あー・・・・このシルメリアはこういう娘なのだ・・・・
彼女の出自と血筋に因縁をつけた貴族の我侭により、一方的に処刑されようとしていたところを救ったのはレインド王子であったのだ。
この時からシルメリアは盲目的なまでに献身的な護衛をするようになった。ミーハーな貴族の子女たちと違う、恩人への尊敬と忠誠である。
隊内にもこの事実は知れ渡っている、そのため誰も彼女を止めることが出来ないでいた。
そこで副官のバルダが口を開く。
「シルメリアが行くのであれば私が手綱を握るしかないでしょうから、残り2名の人選はどうされますか?」
バルダはアルバインに問いかける。
「助かる・・・人選は任せた。どうか王子とあいつを守ってやってくれ」
シルメリアを助けなければいけないほどの事態とはいったい・・・・
彼女は今年で17才になる輝く銀髪を持つかなり人目を惹く美少女である。
穢れた血が混じると忌避され迫害されてきた過去を持つが、その魔法資質と魔法力を見出した隊長によってスカウトされた。
通常、ほぼ全ての魔法術師にとって詠唱中は印を結んだり陣の内部での念を練りこむ身体動作を除いて、動きながらの詠唱は非常に困難である。
つまり歩きながら呪文を使うことは、ごくごく簡単な日常魔法のレベルでようやく可能であった。
ましてや戦闘呪文の詠唱は日常魔法とは次元の異なる詠唱技術と念の操作が必要になる。
しかしシルメリアは走りながらの呪文詠唱と発動が可能であった。
優れた魔法資質と念の操作能力により走りながらでも高難度呪文を発動することができた。
しかも無音声詠唱により相手に呪文の正体を伏せ、移動しながらの攻撃に対応できる魔法術師は少なくとも近隣諸国にも存在しなかった。
近衛衛士隊きっての使い手。つけられた二つ名は 『 薄闇の月光 』
バルダ率いる近衛衛士はマルファース王子たちにくれぐれもレインドを頼むと泣きながら懇願されて、貴族院の企てによる儀式護衛のため王都リシュタールを出立したのであった。
その儀式の名は ヴァルヌ・ヤースの儀 と呼ばれた。
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