脳筋令嬢、後宮入り初日(2)


 部屋を出てすぐに、ヘレナの部屋の入り口と同じような扉があった。


「ふぅ……」


 軽く息を整えて、それからノックをする。

 少しだけ待つと共に、扉の向こうから女性が姿を現した。


「どちら様でしょうか」


「失礼しま……ごほん。私は、今日から隣の部屋にやってきた者だ。ご主人は在室か」


 格好からして、恐らく侍女だろう。

 先程の女官長とは、制服が異なる。ということは、恐らくこの部屋の主が個人的に雇っている侍女なのであろう。つまり、身分的にヘレナよりも下となる。

 女官長に言われた通り、下手にへりくだってはいけないだろう。

 だからこそ、自分が『陽天姫』であり『正妃扱い』であるということを考えて、口調を整える。

 侍女はそんなヘレナの言葉に一瞬びくっ、と体を震わせ、それから、「少々、お待ちください!」と言って扉を閉めた。

 何か間違えたかな、と思いつつ、暫し扉の前で待つと。


「シャルロッテ様が、お会いになられるとのことです! 中へどうぞ!」


 すぐに扉は開き、先程の侍女がもう一度出てきて、そうヘレナを促す。

 間取りとしてはヘレナの部屋と何も変わらない、やや広めの部屋。その中にある、テーブルを挟んで一人掛けのソファが対面しているのも、ヘレナの部屋と全く同じだ。

 強いて違うところを述べるならば。

 そのソファに、優雅にカップを傾けている美少女が座っていること。

 そして――その周囲を十人からなる侍女が囲んでいること。


「ようこそいらっしゃました、レイルノート侯爵令嬢……『陽天姫』様とお呼びした方がよろしいですの?」


「ご随意に」


「どうぞ、お座りください。誰か、『陽天姫』様にお茶をお出ししますの」


 ヘレナにソファへ座るよう促して、それから侍女へ指示を出す。その所作は、まさに貴族令嬢といったところか。所作の一つ一つに優雅さがにじみ出ている。

 縦に巻かれた、輝く白銀の髪。そして、そのように輝く髪にも負けていない、端整な顔立ちと深く澄んだ瑠璃るり色の瞳が印象的な少女である。着ているドレスもまた可憐かれんなものだが、あまりに美しいその姿は、ドレスが霞んで見えるほどだ。

 だが。

 

「私の名前をご存じで?」


「ええ、存じ上げておりますの。ヘレナ・レイルノート様でしょう? 宮中侯アントン・レイルノート様のご息女で、軍人でいらっしゃると聞きましたの。パーティなどでお見かけすることがなかったですし、お初にお目にかかりますの」


「そうですね。残念ながら、私はただご近所に挨拶に来たようなものでして、お名前を知らないのです。お教え願えますか?」


 ぴくり、と目の前の令嬢の眉根が動く。

 素直に知らないと言っただけなのに、まるでこちらを観察しているかのように、その態度には明らかな敵意が漂っていた。


「……確かに、こちらが一方的に知っているだけでしたの。『陽天姫』の位置に誰がなるのか、それが最近の茶会での話題でしたの。まさか宮中侯のご息女がご自身で来られるなど、思いもしませんでしたけど」


「はぁ」


「失礼ですが、年齢は二十八とお聞きしておりますの。そのお年で後宮に、とはレイルノート侯爵様に止められなかったのですか? 陛下は御年十八ですし、さすがに十も年上の側室というのはちょっと……」


 ひらひらとしたドレスの袖で口元を隠しながら、くすくすと笑う令嬢。

 そんなことはどうでもいいから、さっさと名乗れ、とは言えないヘレナは、乾いた笑みを返すだけだ。

 ひとまず、紅茶を一口啜る。だが、残念ながらヘレナにはいい紅茶なのかどうかさっぱり分からなかった。


「そのお茶、いかがです? 実はアルマローズの貿易港から入手したものですの。この渋みと一緒に甘みがやってくるのが、最近の茶会では好評ですの。ああ、それと……」


「そろそろ、お名前を教えていただきたいのですがね」


 益体もない話の羅列に、少しだけ苛立ってきたヘレナが、そう令嬢に告げる。

 有無を言わせぬ、という形で少しだけ殺気を混ぜた。それだけで、令嬢はよく回る口を閉じる。

 ヘレナ自身は気付いていないが、十年以上も戦場に身を置いた彼女の殺気は、心の弱い者ならば気絶する程度に鋭い。

 事実、周囲で侍女であろう者が一人倒れるのが視界の隅に映った。


「……そ、そうですね。申し遅れました。わたくし、相国であるアブラハム・ノルドルンド侯爵の従弟いとこにあたりますフィリップ・エインズワース伯爵が三女、シャルロッテ・エインズワースですの。ノルドルンド侯爵の従姪じゅうてつにあたりますの」


「ほう、あなたがシャルロッテ様ですか」


「ええ……むしろ、『陽天姫』様にはこう名乗った方がよろしいです? わたくし、『月天姫』の位をいただいておりますの」


 ふふ、と微笑む姿は、確かに社交界でも名高い美姫である。

 確かアントンの言葉では十六歳とのことだったけれど、それでこの美貌びぼうだというなら、皇帝陛下などすぐに落ちるのではなかろうか。

 まぁ、とりあえず名前を聞くことはできた。

 あとはこれから、どう仲良くなるか、というだけだ。

 軍の中で仲良くなるのならば、とりあえず酒でも飲み交わしていればいい。だが、令嬢と仲良くするにはどうすればいいのだろう。

 と、そこでふと気になった。

 侍女が随分と多いものだ。


「そういえば『月天姫』様、随分と侍女の数が多いようですが」


「……それが、どうかしましたの?」


「確か後宮の規則では、侍女は一人だけ随伴を許す、と決まっていたはずですが」


 ヘレナは誰も連れてこなかったが、確か一人まで、と決まっていたはずだ。だというのに、シャルロッテの部屋にいる侍女は十人。 こんなにも、分かりやすい規則違反をしていいのだろうか。


「た、たったの一人では、わたくしの身を守ることなどできない、と相国閣下が遣わした者ですの」


「そうだったのですか。規則違反は、あまり良くないと思うのですがね」


「あなたには関係ありませんの!」


「……それは失礼」


 軍人としてのヘレナにとって、軍規を破ることは大罪だ。

 だからこそ、このようにやんわりと注意をしたつもりなのだが、どうやら触れてはいけなかった部分らしい。

 随分と幼いようだし、注意と叱責の区別がついていないのだろう。

 ヘレナにしてみれば、「女官長にばれたらやばいよー」くらいの忠告だったのだが。


「では『月天姫』様、これからよろしくお願いします」


「え、ええ、こちらこそよろしくお願いいたしますの、『陽天姫』様」


 とりあえず、シャルロッテは仲良くしてくれそうだ。

 やはり、まずは友誼ゆうぎの印、ということで握手をすることから始めるべきか。

 そう思い、ヘレナは右手を差し出す。


「……?」


 だが、そのようにヘレナが差し出した手を、シャルロッテは不思議そうに見て、そして眉根を寄せた。

 む、とヘレナもまた眉を寄せる。


「……何ですの?」


「友好の印に握手を、と」


「いえ、結構ですの」


 だがシャルロッテはそう首を振り、ヘレナの差し出した手を握ろうとしない。

 仕方なく少しだけ唇を突き出して、手を引く。

 郷に入っては郷に従えとも言うし、握手という手段が間違っていたのかもしれない。だが、かといってどうすればいいのかは分からないが。

 しかし――シャルロッテのその態度は、少々いただけない。

 普通の令嬢ならば、こちらからの友好を示した態度に対して拒否をするような真似をされたら怒るだろう。

 十歳以上年上のヘレナから、やんわり注意してあげるのも優しさだ。


「ですがまぁ、少しは人と合わせる、というのも必要ですよ。円滑な人間関係を築くには、時に自分が折れることも大切です。心に留めておいてください」


「わたくしに命令をしますの?」


「忠告ですよ。人と足並みを合わせない者は、戦場では死んでゆくだけですから」


 ヘレナは十年以上も軍に所属し、そこで死んでゆく同胞を何人も見てきた。

 勿論、戦場で生き残るには運が必要だ。だが、それ以上に仲間との連携こそが最も重要なのだ。

 一人で勝手に先走る者は、大抵早死にする。同じように、人と合わせない者も勝手に行動し、戦場で散るのだ。

 だからこそ、そう忠告したのだが。

 だが――シャルロッテは、露骨に眉根を寄せた。


「そんなこと、関係ありませんの!」


「いや、それは……」


「ここは後宮ですの! 戦場など何も関係ありませんの!」


 それもその通りだ。

 ヘレナは軍になぞらえて説明したが、逆にそれがシャルロッテの反発心に火を点けたのかもしれない。妙に強い語気で睨みつけるシャルロッテに、思わず肩をすくめる。


「それもそうですね……これで失礼します。これからお隣同士ということで、よろしくお願いします」


「ふんっ!」


 あーあ、と心の中だけでヘレナは舌を出す。

 できれば仲良くしたかったのだけれど、最後に注意をしたのが不味かったらしい。さすがに十六になったばかりの女の子では、注意と叱責の区別はつかないのだろう。

 女官長に知られたら何か罰が加えられるかもしれないのに。

 それより少し腹が減った。夕餉ゆうげはいつ出てくるのだろう。

 など。

 そんな風に、『月天姫』の部屋から出るまで。

 ヘレナの心は益体もない思考で占められ、部屋を出るまでに与えられた殺気混じりの鋭い視線には、気付かなかった。



     ◇◇◇



『月天姫』シャルロッテ・エインズワース嬢の部屋を出て、ひとまずヘレナは自分の部屋の前へと戻った。


 シャルロッテの部屋はヘレナの右隣であり、そして同じ造りの扉が左隣にも存在する。片方に挨拶をして、もう片方には挨拶しない、というのもまずいだろう。恐らく部屋の造りから考えるに、右隣が『月天姫』なのだから、こちらは『星天姫』なのだろうな、という予想はつく。


 とはいえ、先程のように失敗をするわけにはいかない。最後のシャルロッテの様子から鑑みるに、確実にヘレナは嫌われただろう。もしかすると、余計なことを言うおばさんとでも思われたかもしれない。

 まぁ、シャルロッテくらいの年齢からすれば、自分はおばさんだ――そう諦め半分に、ひとまず左隣の部屋の前へと立つ。

 心を落ち着かせるために腕立て伏せでもしようかと思ったけれど、残念ながらここは廊下である。

 さすがに人が通るかもしれない場所で鍛練をするほどに、ヘレナは女を捨てていない。


「さて、じゃ行くか……」


 控えめに、豪奢ごうしゃな扉を叩く。

 すると先程と同じく、やはり侍女らしい、女官とは異なる制服を着た少女が出てきた。


「は、はい?」


「今日から隣にやってきた、ヘレナ・レイルノートという。主人は在室か?」


「は、はい! 少々お待ちください!」


 扉が閉められ、どたばたと中でざわめく音。先程のシャルロッテの部屋にいた侍女よりも、少々そそっかしいようだ。

 とはいえ、それだけ誠実であるのだろう。ヘレナはなんとなく好感を覚えながら、扉の前で待つ。

 暫くして扉が開き――迎えてくれたのは、先程の侍女とは異なる少女だった。


「ようこそいらっしゃいました、レイルノート侯爵令嬢様」


 シャルロッテも社交界における美姫と称されるだけあって美しい少女だったが、こちらもまた可憐な令嬢だった。

 背中に垂らした漆黒の髪は、黒という重い色でありながらにして可憐さが勝る。顔立ちはぱちくりとした瞳にすらりとした鼻筋、小さな桜色の唇、とまさに絵に描いたかのような美少女である。

 纏っているのは、恐らく部屋着であろう簡素なドレス――しかし、シャルロッテのような高飛車さを感じさせないのは、春が舞い降りたかのようなその顔立ちゆえだろうか。


「え、ええ……突然の訪問、申し訳ない。今日から、隣の部屋に住むことになった、ヘレナ・レイルノートと申します」


「こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ。あたくし、マリエル・リヴィエールと申します」


「……リヴィエール?」


 ヘレナは自分の頭の中にある、貴族の一覧を捲る。しかし、そこにリヴィエールという名はない。

 ヘレナ自身が社交界から去って長いために覚えていないだけなのかもしれないが、覚えていないということはそれだけ小さな家なのだろう。

 己の無知を晒すようだが――。


「ああ、ご存じないのも仕方ありませんわ。あたくしの家は、父の代から男爵位を与えられておりますの。成り上がりの貴族、と言われておりますわ」


 そんなヘレナの逡巡しゅんじゅんを見たのか、そう説明してくれるマリエル。

 そして、中へどうぞ、と促してくれた。

「爵位としては、レイルノート侯爵令嬢様と対等に話せるような身分でないということは百も承知ですが、ここは後宮でありますし、あたくしが『星天姫』を頂いたことでこのような口を利くことをお許しください」


「いやいや、私も実家とはほとんど関わりもなく、社交界のことは何一つ知らない素人に過ぎません。マリエル嬢の名を知らなかったことを、心よりお詫びします」


「ありがとうございます、『陽天姫』様」


 ソファを勧められ、そして先程の侍女がぎこちない動きで紅茶を差し出す。やはりこの部屋にも、侍女が四人いた。そんなに堂々と規則違反をしていていいのだろうか。

 ヘレナは勧められるままにソファへと腰掛け、そして対面してマリエルも座った。


「それで、『陽天姫』様。あたくしに何のご用向きでしょうか?」


「いや、恥ずかしながら……私は今日から後宮に入りました。先達である『星天姫』様にご挨拶をと思いまして」


「それはご丁寧に、ありがとうございます。何かお困りのことがございましたら、何でもお聞きくださいな」


 うふふ、と微笑む姿は、まさに天使か女神の化身か。

 三十も近くなったヘレナには、あまりに眩しい微笑みである。


「ありがとうございます、『星天姫』様。では、早速で申し訳ないのですが、二、三お聞きしたいことがありまして」


「あたくしで答えられることでしたら、どうぞ」


「では……」


 ヘレナの抱いている最大の懸念は、今夜だ。

 陛下――ファルマス皇帝が、ヘレナの部屋へとやってくる。どのように応対するのが貴族として正しいのか、ヘレナには全く分からない。

 ここは年下だけれど先輩であり、社交界に詳しいであろうマリエルに聞くのがいいだろう。

 とはいえ。


「ええと……『星天姫』様のお部屋に、陛下がお渡りになられたことは、あるのですか?」


 ここで正直に、「今夜陛下が来るんですよ」とは言えない。

 マリエルの人間性は分からないけれど、後宮にいる以上、皇帝の寵愛を求めているのは間違いあるまい。そんな状態で自分の部屋に皇帝がやってくると教えることは、ヘレナに対する嫉妬を生む可能性が高いだろう。

 だから、あえて婉曲に切り出す。

 しかし、そんなヘレナの言葉に。

 マリエルは――すっ、と目を細めた。


「……残念ながら、『星天姫』を頂いてから、陛下がお越しになられたことはありませんわ」


「えっ」


「恐らく、陛下もお忙しいのでしょう。聞けば、『月天姫』様のところにも陛下の訪れはないとか。あたくしも、いつでもご寵愛をいただけるように湯浴みを欠かさず行っているのですが……」


 まずい。

 ヘレナの心の中で、激しく警鐘が鳴る。

 ――今宵、陛下がこちらへお渡りになります。

 イザベルから伝えられた、今晩の予定。

 ヘレナは恐らく、ファルマスが好色なのだろう、と思っていた。だからこそ、初めてやってきた側室であるヘレナに手をつけるために、今晩やってくるのだろう、と考えていた。

 だが事実として、この美しい『星天姫』にも、あの美しい『月天姫』にも、皇帝は未だ手を付けていない。

 だというのに、ヘレナのところへとやってくる――。


「そ、そうでしたか……。申し訳ありません」


「いえ、とんでもないですわ。同じ側室として、陛下のご来訪は気になることでしょうから」


「私はこのように陛下よりもはるかに年上ですので、ご寵愛をいだだけることはないでしょう。『星天姫』様や『月天姫』様の方が、私よりも遥かに若く美しいですし」


 これはヘレナの本音だ。ヘレナのどこにも、シャルロッテとマリエルに勝てる要素が見当たらない。

 女子力(物理)ならばかなり高い自信はあるが、そんなもの後宮で何の意味もあるまい。


「しかし、もし陛下がいらっしゃったら、どのように応対すれば良いのでしょうか? 何分、今まで戦場に身を置いていたもので、そのような常識を知らないのです」


「そうですわね。陛下がいらっしゃるとすれば、まず身を清めるべきかと存じます。湯浴みは欠かさず行うべきですわ」


 ふむふむ。

 確かに体は清めておく方がいいだろう。少なくともあかまみれで臭い令嬢など、一緒にいて心地良いわけがない。


「それと、侍女はお連れになっていないようですので、『陽天姫』様が御自らなるべく冷たいお茶を差し上げるとよろしいですわ。茶葉がありませんでしたら、あたくしがお分けいたしますが」


「ああ、茶葉くらいはありますので、大丈夫です」


 酒ではなく冷たいお茶を出した方がいい、と心の手帳に記しておく。

 男を歓待するといえば酒だと思ったのだが、どうやら社交界では異なるらしい。知らないことばかりだ。


「それから、陛下に手を出していただけるように、なるべく淫らな装いの方がよろしいかと」


「み、淫らな、装い、ですか?」


「ええ。陛下とて、初めての女をそう簡単に寝所へ連れ込めないでしょう。ですので、こちらから誘うのですわ。『陽天姫』様ならお美しい体をしておられますし、少々胸をはだけさせて色気を出した方がいいですわ」


「し、しかし、そんな服は……」


「でしたら、下着姿でお出迎えすればいいですわ。そうすれば陛下も男、我慢できなくなるでしょうね」


 うふふ、と微笑むマリエル。

 まさか下着姿で出迎えて誘惑するのがいいなんて、予想もしなかった。だけれど、寵愛を望むのならばそれが一番なのかもしれない。

 だがヘレナは寵愛など望んでいないため、参考までの意見として心に留めておこう。


「え、ええと……恥ずかしいですね」


「恥じらいを持つのもよろしいですが、男性に対しては時に押した方が良いこともありますわ。あたくしも毎晩、いつ陛下がいらっしゃってもいいように、裸で待っておりますわよ」


「……それは、風邪をひかないようにご注意ください」


 まさか下着姿ではなく、裸で待っているだなんて。

 それが貴族の間では常識であるならば、どれだけヘレナは物事を知らなかったのだろう。無知な自分を恥じることしかできない。

 そして、そのように羞恥を覚えるようなことを、これからしなければならない、ということに絶望すら覚える。


「し、失礼……少し、頭が痛くなってきました」


「おや……宮医をお呼びしましょうか?」


「いえ、結構です。休んでおけば治ると思いますので、これで失礼を……」


 あまりの衝撃に、ストレスからの頭痛すらしてきた。

 ひとまず部屋に戻って落ち着こう。それから考えればいい。とりあえず腕立て伏せをしていれば心は落ち着くはずだ。


「お体、お大事にどうぞ」


「ええ、それでは失礼します」


 これからどうしよう、と思い悩んで眉根を寄せながら、マリエルの部屋を辞する。

 だから、気付かなかった。

 去り際のヘレナを見て、マリエルがにやり、と口角を上げたことに。

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【書籍版】武姫の後宮物語 一章 カドカワBOOKS公式 @kadokawabooks

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