6.ウシヤマ

山の中に男はいた。

雪がちらついている。


年齢は40代、ダウンジャケットのフードを目深にかぶり、

急な山道を足早に登っていく。

一本道の左手に、漆の木々に挟まれるように、大きな瘤のある樫の木が立っている。

男は漆を避けながら山中へと分け入った。


昼間でも薄暗い林の中で、男が細長いブラックライトで草むらを照らすと、

小さなトランクのようなものが草の中で光った。


男が、トランクに向かって「開けて」と話すと、

カチリと音がして、トランクの蓋が少し開いた。

中から黒いノートを取り出すと、一人の名前を書き込み、再びトランクにしまい、

草むらをかきわけ、外から見えないようにトランクを隠した。


数時間後、男は白衣を着て、

10個ほどのモニターとパソコンのグラフを見比べながら、

数字を打ち込んでいた。

室内には、同じような白衣を着た40~50人の男たちが、

データを打ち込んでいた。

ロボットアームを操作している者もいる。


部屋の大きな窓からは、

階下の巨大なガラス張りの部屋の中心に備え付けられたベッドがよく見える。

ベッドの上には、若い男が横たわっていて、男の周囲には、浜ゆり、薔薇、クチナシ、ハイビスカス、椿、ラベンダー等の花が咲き、美しい蝶が舞っている。

そして、ショクダイオオコンニャク、ライフレシアなど、数年に一度しか咲かない熱帯雨林の植物までもが混在している。

しかし、奇妙なことに地面には一面の雪が降り積もっていた。


ブザーが3回なると、ガラスの部屋の照明が落とされ、

白衣の男が

「教授、お疲れ様でした。今回も無事に成功しましたね。」と、声をかけてきた。

男は黙ってうなずき、部屋を出た。

シャワーを浴び、建物から出ると、ゲートへ向かって車を走らせた。


数日後、

今年に入って2回目の「牛刑」が行われたことが、新聞の片隅に載っていた。


男の名は、ウシジマかおる 43才。

「科学アカデミー」の名誉教授であり、「牛への変体」を発見した人物である。

現在の「牛刑」は、すべてウシジマの監視下で執行されている。



 

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