【03】ツインテールの美少女 ― Ghost Girl ―
少年と少女
「ちょ、ちょっと、これって、マジでやばいんじゃない……?」
怯え切った顔のココナが、声を震わせて。
「ほんとに、幽霊がいるの……?」
「そんなわけないだろ」
ボクは、平静を装いながら一蹴するも、心の内では、少なからず動揺していた。
マキトや、場数を踏んでいるという自称ゴーストハンターのヒロタでさえ、顔を強ばらせているのが分かる。
あの啜り泣くような声は、もう届かなくなっているが、不気味な静寂が、さらに不安をかき立てる。
「とりあえず、確かめてみる以外にないな」
とヒロタ。
「まあそうなるよな」
マキトが、気乗りしなさそうながらも頷く。
「え、それ本気!? あり得ないって!」
とココナが信じられないとばかりに。
「幽霊なんているわけねーし、ここまで来て引き返すってのもなんだろ」
「その通りだ。ゴーストハンターたるもの、恐れをなして背を向けるわけにはいかない」
「私は嫌だからね!」
「あまり大きな声を上げると、幽霊に気づかれるぞ」
ボクの言葉を無視してココナは、
「行きたければ、あんたたちだけで行けばいいじゃない」
としかめっ面をしながら拒んだ。
ボクは思わずため息を一つ吐きながら、
「じゃあ、ここに置いてくからな」
「え……?」
「僕達だけで確かめてくるって言ってるんだよ。ココナはここで待っていてくれ」
「それも嫌」
「どっちなんだよ……」
「分かったよ。私もついて行く。だけど、ドアの前までだからね」
ココナは言うと、ボクのシャツの裾をぎゅっと掴んだ。
「それじゃあ、行くぞ、諸君」
ヒロタが促し、ボクたちは、そのヒロタを先頭に、啜り泣く声が聞こえてきた病室の方へと、ゆっくりとした足取りで進んだ。
*
「諸君、いいか? それじゃあ、せーので、開くぞ?」
病室のドアの取っ手に手をかけたヒロタが、ボクたちに顔を向けながら、慎重に囁く。
ボクとマキトが、無言で頷きを返す。ココナは、ボクのシャツの裾を握ったまま、後ろで隠れるようにしている。
そして、ボクたちが固唾を飲んで見守る中、
「せーの!」
ヒロタが号令をかけるとともに、がらりと勢い良く扉が開かれた。
!
そこには、一人の少女がいた。
がらんとした病室の奥――窓から差し込む淡い月の光を浴びながら、白い花が数本活けられた花瓶を前に、両膝を曲げて、祈るようなポーズで。
思わず言葉を失うボクたちの存在に気付いてか、少女が、閉じていた瞼を開いて、すっと立ち上がった。
その顔を、開かれたドアの前で立ち尽くすボクたちへと向ける。
はっと息を飲む。
その容貌――
その陶器人形のように、美しく象られた端正な顔立ちには、見覚えがあった。
中学生だった頃、学内や、テレビ、雑誌などで何回か見かけたことのある顔――
そう、あの、ここで起きた謎のバラバラ殺人以後、今まで消息不明とされていた彼女――
沖本レイナそのものだったのだ。
ポニーテールがトレードマークの一つだった彼女とは、同じくらいの長さの艶やかな黒髪を、ツインテールに結んでいるという違いはあるものの、顔や背格好は、記憶にある彼女そのもの。
目深に被ったキャスケットの下に覗く目許あたりが、微かに赤く染まっている。涙を流していたためだろう。
唖然として立ち尽くすボクたちへ、ツインテールの少女は、その憂うような目を向けながら、
「……あなたたち、誰……?」
その声も、記憶には薄いけれど、何度か聞いたことのある、沖本レイナそっくりに思える。
「お、お前こそ、誰だよ」
同級生だった一人として、沖本レイナのことを知るヒロタが、震える声で、言葉を詰まらせながら尋ね返す。
「ま、まさか、沖本レイナの幽霊、なの……か……?」
「ゴーストハンター名乗ってるくせに、だらしねーのな」
と一人平然としているマキト。
通う中学が違っていたため、沖本レイナの顔を知らないから、そうしていられるんだろう。
それどころか、さっきまで、くだらないものばかりな七不思議に付き合わされて、肩を落として疲れ切っていた様子をみせていたのが、美少女を前にしたとあって、いつもの調子をとりもどしたようにも見える。現金なものだ。さすがは学校一のチャラ男。
「幽霊なわけねーじゃん」
マキトは、はん、と鼻で笑いながら続けると、沖本レイナそっくりなツインテールの少女に向かって、
「そこでお祈りしてたんだろ? ここで死んだ誰かの友達とかなのか?」
ツインテールの女の子は、ためらうように目を伏せつつも、
「……私は、沖本レイナの――姉さんの妹……一卵性双生児の、片割れ……」
「なんだ。それで、沖本レイナそっくりな彼女に、皆幽霊じゃないかって驚いてたんだな」
マキトは納得すると、
「名前は?」
「……
「? ……なんで妹なのに、苗字が違うんだ?」
アキトが、不思議そうにそう尋ねた時、
「ねえ」
背後で声がしたかと思うと、
「きゃっ!」
ボクのシャツの裾を握り締めながら、ちらちらと室内を覗き見るようにしていたココナが、身体をびくんと跳ねさせながら、小さく悲鳴を上げた。
見ると、ココナの横に、一人の小柄な男子が立っていた。色とりどりの鮮やかな花束を手にしている。
ボクは、そのどこかフェミニンな香りを漂わせる男子の顔に見覚えがあり、
「お前、シュンじゃないか?」
尋ねると、その男子は、まじまじとボクの顔を見つめ返しながら、男にしては少し高めな声で、
「……もしかして、ヨウ君……?」
「やっぱり、そうか」
と笑顔を作りつつ、
「中学卒業以来か。久しぶりだな」
「そいつも、この偉大なゴーストバスターさんと同じ、ヨウの中学時代の友達か?」
ヒロタを一瞥しながら、マキトが尋ねる。
「はははははは、君、なかなか分かってるな」
ヒロタが得意げになって笑う。
さきほどまで萎縮していたくせに、幽霊ではないと分かった途端、いつものでかい態度を取り戻しているようだ。皮肉も意に介さない――というより、そうと気づいてもいないだろう。
「褒めてねーぞ……」
逆にダメージを受けてしまったマキトが、苦々しげに呟く。
「ああ、そうだよ。彼は正真正銘、ボクの友達だ」
ついでにボクも、皮肉をこめて言ってみたけれど、気をよくしているヒロタは、にこにことするばかりだ。羨ましいくらいに幸せなやつ。
「あのバラバラ殺人事件で、一人だけ助かったやつがいたって聞いたろ? このシュンが、その助かった一人なんだよ」
フルネームは、
「へえ、そうなのか。こいつが、例の」
とマキトが意外そうに。
「シュン、お前がなんでここに? まさかお前まで、肝試し、なんてことはないよな?」
冗談まじりに尋ねると、シュンは、昔から変わらずの優しげな口調で、
「ボク、毎年ここで、死んで行ったファンの二人の供養をしてるんだ。あんな酷い殺され方をしたわけだから、少しでもその魂を慰めてあげないとって」
「供養、か。お前、昔から優しかったからな。でも、身体の方は大丈夫なのか?」
「まだ治ったわけじゃないけど、最近は症状が回復してきていているんだ。透析を受けるのも、明日だから、今は別になんともないよ」
「そうなのか。でも、あまり無理はしない方がいいぞ」
「うん」
「お前、怖くないのか?」
と唐突な質問をマキトがぶつけた。
シュンは、少しばかり顔をかげらせながらも、
「……ボクがここで怖い想いをしたのは事実だけど、いつまでもそのことを引きずってるのは、ただの逃げでしかないからね」
「そっか。お前、見かけは臆病そうだけど、けっこう肝がすわってんな」
マキトが感心を示すと、シュンは、照れ臭そうに頬を指でかきながら、へへと笑いつつ、
「それに、ここに来たら、もしかして、レイナさんに――」
そこで言葉を切り、両手に抱えた花束を見やる。
マキトは、そんなシュンの肩を叩きながら、
「大したもんだよ。こんな薄気味悪いところに、真夜中に一人で来てまでそうするなんて、なかなかできやしないぜ?」
「そんな……別にそれほどってことじゃ……」
とシュンが、恥じらうようにもじもじとする。
「そんなにまでして、死んだ沖本レイナとファンの二人の供養を――」
「! レイナさんは、死んでなんかいない!」
突然、照れ臭そうにしていたシュンが、激高するように声を荒らげながら、マキトに食ってかかった。こいつがこんなに怒ったところは、中学三年間で一度も見たことがなかった。
マキトは、思わぬシュンの変化に吃驚したようで、あんぐりとしつつ、
「……あ、ああ……うん、そうだよな。悪い。沖本レイナは、死んだわけじゃなかった。彼女は、きっと今でもどこかで生きてるよ、きっと。うん、そうに違いない」
と決まりが悪そうに、茶髪の頭をぽりぽりとかきながら。
謝りを向けられて、シュンは、はっと我に返ったようにしながら、しょんぼりとなって、
「……ごめん……」
「あー、で、そっちのキミ――サキちゃんは、なんでここに?」
マキトは、ぎこちなくなってしまった場を取り繕うように、ツインテールの少女――サキに水を向けたけれど、彼女は、
「……あの……私は……」
と顔を俯かせたまま、口ごもるだけ。
そんな彼女を見かねてか、シュンが、
「彼女、人見知りらしくて、初対面の人とは上手くしゃべれないらしいんだよ」
「なんで、お前がそのことを知ってるんだ?」
とボク。
「去年の今日も、ここで彼女と会ったからだよ」
シュンは答えると、そのサキへと顔を向けて、
「そうだよね?」
サキが、その形の良い顎を引いて頷きを返す。
「彼女、レイナさんの妹さんなんだって。一卵性双生児だから、見た目もそっくりで、ボクも最初に彼女とここで会った時は、吃驚したんだ。ボクはレイナさんの熱心なファンだけど、こんなにそっくりな妹さんがいるなんて知らなかったからさ」
「そりゃそうだよな」
とマキトは同意しつつ、
「でも、なんで苗字が違ってるんだ?」
「苗字がレイナさんと違うのは、彼女たちの両親は、彼女たちが小学生の頃に離婚してしまって、それぞれ別々に引き取られたからだそうなんだ」
「そういう事情があったのか」
「うん。だけど、離れ離れになってからも、一ヶ月に一度は会って、前と同じように一緒に遊んだりしてたんだって。彼女も、ボクと同じように、そのレイナさんを好きでいてくれたファンの二人のために、彼らの命日にあたる今日、毎年ここで供養しているらしいんだ」
「それじゃあ、お前も供養するんだったら、ここで待ってるから、早く供養を済ませろよ」
とボク。
「この肝試しが終わったら、外で打ち上げするつもりなんだ。一緒にやろう」
「……ボクもまぜてもらても、いいの?」
とシュンが遠慮がちに。
「ああ。良ければ、星川さんも」
とそのサキへと顔を向けるけれど、彼女はボクの視線を避けるように、ぷいと顔を逸らした。だけど、ここを離れようとするわけではないので、人見知りらしい彼女は、ただ恥ずかしがっているだけなんだろう。
「皆もかまわないよな?」
と他の三人に確認をとる。
「どうぞウェルカムだよ。美少女と花火できるなんて、良い思い出になりそうだ」
と女たらしのマキト。こいつが、そのチャンスを逃すわけがない。
「うん、人数は多いほうが楽しいし」
とココナ。幽霊ではなかったと分かって、普段の明るさを取り戻しているみたいだ。
「もちろんだ。シュン君も親友の一人だしな」
勝手に参加したくせに偉そうなヒロタ。あと、たぶんシュンも、こいつのことを親友だとは思ってはいないはずだ。
「ありがとう」
とシュンは、嬉しそうににっこりと笑むと、「それじゃあ」と花が花瓶に活けられて置かれていた窓際に進んだ。
その横に、抱えていた花束を添え、両膝をついて祈祷を始める。
その様子を、ボクたちが見守っていたところ――
ガラガラガラガラガラガラ……
その祈りを妨げるように、どこからか、扉が閉まるような音が届いて来た。
「ちょ、ちょっと、あれ見て!」
室外に出て通路の様子を見たココナが、激しく動揺したように呼びかける。
「どうしたんだ?」
とボクもその横に行って、ココナが指し示す、まっすぐに伸びる通路の先へと目をやる。
ガラガラガラガラガラガラ……
その音を鳴らしているのは、天井からゆっくりと下りてくる防火シャッターだった。
「やばい!」
でも、そう叫んだ時には、既に手遅れだった。
気づいた時には、既に半分以上が閉じていた防火シャッターは、わずかの後、無情にも完全に閉じ切っていて、通路を完全に塞いでいた。
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