調査開始
玄関口の、片側だけ破られているガラス扉を潜って、我先にと先陣をきったヒロタに続き、院内へと足を踏み入れた。
その先に広がるエントランスで、両手を腰に当てながら、ヘッドライトの灯りでぐるりを見回しているヒロタの後ろで、ボクたちも、懐中電灯の灯りを周囲に這わせる。
椅子が並ぶ待合所があり、その前に案内所のカウンター、右手にエレベーター、奥にエスカレーターや階段などと、独特の饐えた臭いを漂わせ、どれも古びて錆びたり埃を被ったりしている以外は、いたって普通の病院の造りをしている。
他、空き缶やらペットボトルやらが転がったりもしている。これも肝試しに来た誰かがそのままにして帰ったためだろう。
電気が通っているわけがないから、エレベーターやエスカレーターは使えないため、上の階に向かうには、階段を使う以外にない。
ボクの隣で玄関口前に立つヒロタが、両手を腰に当てて、
「雰囲気ばっちりだな。マジで幽霊とか出てきそうだ」
満足げにうんうんと頷きながら。数々の修羅場を経験してきたゴーストハンターの言葉とは思えない。
先程までは呑気にしていたココナも、不安げな顔になりながら、
「何か、少し寒気がするんですけど……」
とノースリーブのブラウスから出ている二の腕をさする。
「気のせいだろ。外と同じで蒸し暑いままだぜ?」
とマキトが、チャラ男っぽいサテン生地のシャツの襟元を、片手で開いたり閉じたりしながら。
それについては同感だ。ココナがそう感じてしまっているのは、思い込みによるプラシーボ効果の一種だろう。思い込みによる錯覚が、不安や恐怖を生み、時に、幽霊を見たなんていう妄言を吐かせることにもなる。
「で、七不思議の調査をするってことだったけど、どっから始めるんだ?」
とマキト。
肝試しとして、ココナが事前に立てた計画では、友人から聞いた、この廃病院に潜む七不思議を、一つ一つ確かめていくというものだった。
「うん、ちょっとまってね」
とココナは、レギンスの上に羽織ったワンピースの胸ポケットから、携帯を取り出すと、
それをぽちぽちと操作し、
「まず、第一の不思議ね。『一階通路に飾られている、色褪せたポスターに映る、水着姿のアイドルの目が、その前を通りすぎた者達の後を追う』」
と携帯のモニターを見ながら、書きとめておいた七不思議の一番目を読んだ。
「何かそれ、学校の七不思議で良く聞くやつに似てるな」
とマキトはからかうように返してから、
「まあ、いいか。それじゃあ、さっそくその恐怖のポスターのところに行ってみるぞ」
*
ぞろぞろとその問題の場所へと向かうと、そこに近い通路を歩いていたところで、
ピピピピピピピピ……
「EMFが反応を示したぞ! それもかなり強い反応だ!」
何やら、手にしている怪しげな機械装置が反応を示したことで、ヒロタが、持ち前の芝居がかった仕草で、声を張り上げながら驚きを見せる。
「さっきから気になってたんだけど、それ、なんなんだよ」
訝しげにマキトに尋ねられて、ヒロタは、
「EMFさ。悪霊が近くにいたり、そういう霊的な力が強い場所に近づくと、今みたいに電子音を鳴らして伝えてくれる。ゴーストハンター界隈では、こういう場ではこれを用いるのが常識さ」
と得意げに鼻を鳴らしながら解説を加える。
「うさんくせー……」
*
[調査結果]
問題のポスターを調査するものの、特に何事もない。巨乳アイドルが妖艶にビーチに寝そべるポスターなので、仮に彼女の目が動いたとしても、「カモーン」と誘われているようにしか見えず、怖くも何ともないだろう。
*
「次は、第二の不思議ね。「『二階の休憩所に置いてある、壊れたブラウン管テレビをじっと眺めていると、突如点灯し、その画面にツチノコが映る』」
とココナ。
「うん。そこは、幽霊が映るってことにしとけよ」
すかさずマキトが突っこむ。
*
そこへと向かう途中、ヒロタが、EMFを片手に、
「凄い反応だ!」
「またか……」
とマキトがうなだれる。
*
[調査結果]
分かっていたけど、何事もない。
薄汚れたモニターにこびりついた染みを見て、ヒロタが、「これ、ツチノコに似てるよな?」なんて強引にこじつけようとしたくらい。
*
「第三の不思議。三階事務室の割れた壁の中に、この廃病院の創設者が遺したと言われる、国家予算にも匹敵する埋蔵金が眠っている」
とココナ。
「徳川埋蔵金かよ!」
マキトからの再三の突っ込み。
*
そこへと向かう途中、ヒロタが、
「凄い反応だ!」
対してマキトは、
「……それ、金属探知機もかねてんのか……?」
*
[調査結果]
あるわけがない。
*
「第四の不思議。『獣の数字である六百六十六を導かんとする、Xの三乗+Σ――』」
とのココナの言葉を遮って、マキトが、
「よし、それはパスだ!」
*
[調査結果]
複雑な計算式が含まれていたことにより、調査断念。
*
「第五の不思議。『五階の女性用ロッカーの一つの中に、昭和時代、数々のしょーもないギャグで、がきんちょたちのハートを鷲づかみにして一世を風靡した、某大物お笑い芸人が実は既に死んでいて、その死体が隠されている」
とココナが、吹き出しそうになるのをこらえるようにしながら。
「都市伝説のパクリじゃねーかよ!」
忙しなく突っこまされるマキトは、少し声が枯れてきているようだ。
*
そこへと向かう途中、ヒロタが、
「凄い反応だ!」
「…………」
マキトは喉を休めているようで、黙したまま。
*
[調査結果]
あるわけがないけれど、もしあったとしたら、色んな意味で大問題だ。
*
「第六の不思議。『山猫は眠らない』」
とココナが不思議そうに首を傾げながら。
「手抜きか! 意味わかんねーぞ!」
マキトの突っ込みが復活する。お疲れさん。
*
[調査結果]
解読不能により、調査不可能。
*
「第七の不思議。『八階のどこかに、巨大な獣の檻があり、その中には、地獄の番犬ケルベロスが鎖で繋がれていて、侵入者がやって来ると、その鎖を引きちぎり、地獄へと導かんと、口から炎を吐きながら襲いかかってくる』」
ココナが、映画のナレーションのように、口調に重みをもたせながら。ただ迫力が微塵もない。
「もう、なんでもありだな!」
マキトもそろそろ一杯一杯だろう。
*
そこへと向かう途中、ヒロタが、
「凄い反応だ! こいつは、マジでヤバいレベルだぞ!」
「マジでヤバい! マジでヤバい!」
マキトこそヤバい。
*
[調査結果]
檻さえ、ない。
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