第7話
「いよいよ山が動いたわよ、華蓮」
「な、なんと!」
そう最後の山、学校一かわいいと言われ、袖にした男子の数知れず!一個下の1年4組佐川朱莉が動いたのだー!きた!きたぜ!山口!どうも放課後に呼び出されているらしい。まったくこれだけ注目されたらプライベートなんてあってないようなものだわね。
私はもう山口とは走っていないし、学校でも全くのスルーなので、情報は風のうわさしかない。けれども私はそれで満足なのだ。美形を鑑賞する。これが私の唯一の趣味なのだから。
ところが、だ。世の中というのはなかなか思い描いたようには進まない。なんと、あの山口がプリティ佐川さんを振ったというのだ。
なんてことだ!私は頭を抱えた。もしや山口のやつ、自分を過信するあまり、理想がバカ高くなってしまったのではないか?いかん、いかんぞ山口。いくら何でも調子に乗り過ぎだ。私が導いたこととはいえ、これは説教の一つでもしてやらねばなるまい。都合の良い事に本日は私と山口の当番の花壇草むしりだ。
私がジャージにバケツに軍手といういでたちで花壇に到着すると、山口はもうすでに先に雑草を引っこ抜いていた。
「山口君」
呼ぶと、山口は驚いたように顔をあげる。するとにわかにあたりをきょろきょろし「いいの?」と口が動いた。
「?」山口が何を言おうとしているのかわからなくて私は目を瞠って首をかしげる。すると、気まずそうに山口は頬を赤らめながら咳払いする。そして私に視線を戻すと
「木下さん、俺と学校で話したら迷惑なんでしょ?」
周りをはばかりながら、小声でそう言う。ああ、そうか。そういうことになっていたのだ。いや、しかし今それどころではない。彼は知らないとしても、プロデューサーとして一言物申さねば。私は山口の隣に腰を下ろす。
「山口君、佐川さんを振ったって本当?」
ここでまた、はっとしたように山口がこちらを見た。向けられた瞳は何か言いたげだったが、それが何かわかるような超能力者ではない。頭にはてなを浮かべたまま私も山口を見る。すると、山口は私の顔をしばし見ると、何やら諦めたようにはあっとため息をついた。なんだ。私の顔を見て改めてため息とか。そりゃあなた様のように磨けば光る玉じゃございませんが。
「俺、別に佐川さんのこと好きじゃないから」
雑草を見つめながら山口が言う。
えー?なんですと!好きじゃないからって。何言っちゃってるのさ。
とりあえずあんなかわいい子に好きだと言われたら付き合ってみるべきでしょ。そのうち好きになるでしょうよ。中身はまだまだ以前の山口ね。甘いわ。
いかにイケメンに変身したからと言ってこの天上天下唯我独尊状態がいつまで続くかわからないというのに。
いやいやいや、もしかして好きな人がいるのか?外見はすっかり変わった山口だが、もしかして口説きあぐねているとか……。
だとしたらこれは私が手を貸すべき?そうだそうだな。外見が変わったからと言って中身もそれに伴って無敵のイケメンになっているとは限らない。なんてことだ。私はまだヨチヨチ歩きのひなを、もう大丈夫と水に沈めてしまっているのではないか。
「山口君」私は意志を固めて話かける。もちろん雑草を抜く手は休めない。
「何?」こちらを振り向かずに返事をする山口。横顔のラインも素晴らしいな。いや、眺めている場合じゃなかった。
「もしかして、山口君は好きな人がいるとか?」
そう尋ねると、山口の手がふと止まり、一瞬にして耳まで真っ赤に成り果てた。まさか!これほどまでに分かりやすいとか!
「ちょ、誰?誰なの?」
私は必死に聞く。これはまずい。見た目は全くすましたイケメンになったというのに、中身がこれでは女子を口説き落とすことなどできやしないじゃないか。
「すっかりかっこよくなったことに貢献した以上、山口君の恋も応援するよ!」
私にはそれ相応の責任があるんだ。
「ふーん?」
さっきはこちらが動揺するほど赤らめた顔をすっと元に戻し、山口は胡乱な目つきで私を見た。
「ほ、ほんとだよ」
私は信用を得ようと力いっぱい頷く。信じてくれ。トラストミー!
まあそれにしてもきれいな顔だ。黒目がちな瞳は案外色素が薄い。一重で切れ長だと思っていた目はどうも奥二重のようだ。形の良い鼻梁に薄い唇。
あれ?なんでこんな近くで観察できてるんだ?と思って我に返った。あり得ないほど、山口の顔が近い。はっとして身を引こうとしたら、すでに腕はつかまれていた。さっきと同じほどの近距離にいる山口。ちょ、これは、さすがにイケメンがこれほど近いというのはさすがに!!
「こういう角度の方が好きだっけ?」そう言って、山口は首を傾げながらやや下から私の瞳を再び覗き込む。隠されていた二重のラインが瞳に色気をくわえる。がは!その角度最高です!って、何。何をしているんだ山口!
「木下さんて、いろいろ観察力もあるし気が付くし、鈍感だとは思わなかった」
「はあ?鈍感?」
「それを読み間違えてたなあ」
「何の話?」
「木下さんさ、夏休み中使って、俺に木下さんの口説き方を教えてくれてたんだよね?」
「え……何を?」
「じゃあ、覚悟してて。木下さんの好きそうなことなら、全部頭に入ったから」
そう言って満面の笑みを至近距離で見せた。しかも斜め下から。思わず顔が赤くなる。これをスルーできる能力は備わっていない。当然だ。こういうのを鑑賞するのが好きなのだから。
「ど、どういうことですかね?」
「俺が好きなのは木下さんだよ」
「は?!」
「俺が初めて女の子意識したのが、木下さんだってことだよ。この夏休みの間にね。走る木下さんのTシャツに透ける下着の線とか、ぴったりしたレギンスの下にあるきれいに引き締まった足に、欲情してたんだ」
「よっよくじょ……って!」
「楽しみに落とされるの待っててよ。絶対落として見せるから。だっていろんな木下さんの好みを俺は教えてもらったんだから方法なんていくつも思いつける」
そういうと、私の肩までの髪に触れた。
「髪、結わいているときに揺れる髪の向こうに見える首筋もきれいだったな」そう言いながら手を這わす。
が!ちょ!これ!待て!私は体が固まってしまったように声も出なければ、身動きすらできない。
「逃げ場無しだね」
含み笑いを向ける山口に、私は、眠れる獅子を起こすとはこういうことだと、身をもって知ることになるのであった……。
honey ナガコーン @nagatsukiyuko
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