第5話

 夏休みもあと1週間となった日の午後。私と山口はアウトレットモールにいた。ここで掘り出し物をじゃんじゃか見つけちゃおうというわけだ。

 この私の知識を総動員させて、山口を連れまわす。

 とりあえず一番手近な店で今着ているものすべてを着替えさせた。

 するとどうであろうか。お店の人も目を見張るほどのイケメンが登場だよ!これ!見たか!見たやつの目つぶれろ!これだこの喜びの為に私の夏休みのすべてを山口に費やしたのだ。この感動をだれに伝えるべきか。努力が実った喜び、達成感。駅伝につながるものがある。

 一人心の中で感涙した。しかも全身で1万円しないとかすごい。

 すごいけれど資金も把握してないといけない。

 「いきなりこんなに買わせちゃったけど、山口君、大丈夫だった?」

 「うん。俺さ、お年玉全然使ってないから結構あるんだ。だから程度はあるけど、木下さんがいいというのは買うよ。それに、俺の服買ってるだけなのに、すごくうれしそうな木下さん見るのが、俺もうれしい」

 そうか!そりゃ私はうれしいさ。

 何しろ今総仕上げの段階なんだから。

 ケーキで言えばデコレーションの段階なんだから!

 私は心から湧き上がる歓喜のベルを隠し通すことができずに、顔がほころんでしまう。私を見下ろす山口君も綺麗に笑んだ。

 うひょー!パーフェクトじゃない、今の!今の笑顔何!その笑顔でこの周辺少し時が止まったよ。私は山口の成長ぶりに目を見張った。さすが、さすが私の審美眼。

 あちこちのお店で女子たちの目をくぎ付けにして行く山口。

 素晴らしい。

 そう思うと同時に、この作戦の終了が名残惜しかった。文句なく成功だ。

 山口はびっくりするような変貌を遂げた。これで来週の二学期の皆の反応も楽しみだ。9月中には彼女ができるに違いない。私は私の役目を終え、ステージ上にひっそりとマイクを置いて観客席に戻るのだ。


 新学期。

 私は何かそわそわとしてあり得ないくらいに早く学校に着いてしまった。

 どこから観察するか。それがこの作戦の最後のお楽しみなのだから。

 まず登校してくる段階から見張らなければ。

 教室から門を見る。あの木陰か。いやその校舎の片隅か。逡巡したあげく、校舎の横から盗み見ることにした。

 段々と登校する生徒の数が増えてくる。

 今か今かと待っていると、何やら女子たちがさざめくのが聞こえる。

 さあ!来たぜ!来たんだ!山口が!私の興奮のボルテージは最高まで上り詰める。来たー!!!見よこれを!この変貌を!うっとりと見る女子の視線を!私は満足した。

 心の底から満足し、今やどこに出しても文句ないイケメンとなった山口を視界から外してそっと胸を抑えた。感動だ。感動で打ち震えるこの胸を押さえなければ。

 「木下さん?何やってるの?」

 驚いて振り返ればそこにはイケメン山口がいた。逆光になって眩しいくらいだ。光じゃなくて山口が。

 「えーっと、いやなんというかいやこの辺の雑草が!」

私は何とかごまかそうと、園芸委員ならではの妥当と思われることを口にして急いでぺんぺん草を抜いた。

 「今日からもう走らないの?」

 「え?今日?まさか公園行ったの?」

 「うん、でも木下さん来なかったから。俺あの公園まで自転車で行って引き返してそれから学校に来ても苦じゃなくなったから、学校行く前にいかれるよ?」

 何という成長ぶり!私はまたしても感動した。

 しかしそれほど走るのが好きになったら、部活にでも入ればいいと思うのだが、性格的にどうもビシビシ走るタイプじゃないしなあ。

 「私学校はじまったら、もうちょっと早い時間にいるんだよ、そうすると山口君なら大変でしょう?」

 「もっと頑張れば、そんなこと辛いうちにも入らなくなると思うんだ。だって夏休み前と今じゃ全然体の軽さ違うんだし」  

 「そ、そう?」

等と話していて私は多数の視線が流れてくるのを感じた。まずい!山口はいい。見られるべきだが、私がそこにいてはいかんのだ。

 これからまさに彼は女子の人気を独り占めしていかねばならない大切な身なのだ。

 「じゃ、じゃあ、その話は後にして……」

 と何とかこの場を離れようとしどろもどろに会話を打ちきり、後退しようとすると、山口が急に声をのトーンを落とした。

 「どしたの?俺と一緒にいるの嫌?誰かに見られたくないとか?」

 「ええ!いやそうじゃなくて、えーっと、ああ!そうそう私ちょっと友達に用があって、それでここで待ってるものだから!」

終了した作戦にはうまく頭が回らない。

 「じゃあ、アドレスとか教えて?メールするから」

 ああ!ナイスアイディアだ。メールのやり取りなら耳目を集めない。

 私はあわてて携帯を引っ張り出しさっさか連絡先を教え、とっとと退散した。

 不審そうに眇める山口の視線は振りきる。許せ、山口!山口は卵からかえった雛よろしく私になついているかもしれない。だがライオンとて崖から我が子を突き落すという。もう、親離れの時期なのよ!私はこの親という字のごとく、黙って木の下に立ってあなたを見守りたいのー!!そしてそれがこの夏休みの努力によって私に授けられる賜物なんだから!

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