第4話

 走りながら、山口のフォームやら何やらを指摘しつつ3キロ。計15分。めったくそ遅いけど、初めてだしまあ上出来だろう。

 「山口君、結構センスあるよ。このまま続けたらもっと長く走れるよ」

 「あ、ありがとう……っていうか……木下さん、全然息、切れないんだね……」

息も絶え絶えといった様子で私を見る山口。当然だ。このスローペースでどうやって息切れするんだ。

 「まあとりあえず、この調子で様子見ながら距離伸ばしていこうか。汗しっかり拭いて、水分とって、さっき教えたストレッチしてね。私はもう少し走ってそのまま家に帰るから」

 「うん。じゃ俺ちょっと休憩してからにする。すごい疲れた」

 「了解!じゃあねー!」

 私は後5キロは走るか。そのまま走りはじめる。

 高校へ入ってからは陸上を辞めてしまった。賞を目指して走り続けるには、私には何かが足りなかった。でも走るのは好きだし、趣味で走っては市民マラソンとかに出ることにしている。

 さて、山口君改造計画でも練るか。のんびり、とは言いつつももちろん3キロ15分なんてペースじゃないけど、私は軽く5キロを走り終え、元居た場所に戻ると、山口はまだそこにいた。

 「あれ?大丈夫?なんか調子悪いとか?」

 「ううん、大丈夫。なんかここ木陰で涼しいし。それになんか走ってる木下さん、綺麗だなってつい見ちゃって」

 ぬおう!私は瞠目した。女子に簡単に綺麗とか言えちゃうなんて、私が思っている以上の器かもしれぬ山口。これはますます期待大ではないか。

 「木下さん?」

 私がひそかに闘志を燃やしている事が伝わったのか、不審そうに山口が私を見る。

 いかん、このような闘志は山口を委縮させてしまう。

 私はなるべく親密そうな笑顔にすり替えて、安心させようと山口を見た。

 すると、山口もふっと笑みをこぼす。

 いい!今の笑顔いい!私は首振り人形のように肯定の頷きを繰り返しながらおやゆびを突き出した。

 もちろん心の中でだ。この様な大げさなリアクションは山口を不安にさせちゃうからね。



 そうして夏休みも半ばまで来ると、山口は案外早いペースで走ることに慣れていった。

 心なしか体つきもしっかりしてきているような気がする。

 やはり私が見込んだだけのことはある。

 それになんだか、なんだか少し背が伸びたのでは?夏休み直後の目線の位置を考える。

 そんなに見上げなかったはずだ。これはますます今後が楽しみだ。

 もしかすると私の想像以上に化けるかもしれぬ。にわかに興奮してきたが、ここは一つ冷静にならねば。

 そうでなければ目が曇って客観的に情報を整理できなくなるからな。親の贔屓目という言葉もあるし。

 それにしてもだ。磨けば磨くほど、その外側の私服がどんどんダメになっていく。これはそろそろお買物させたい。

 買ってあげたいのはやまやまだが、私とて同じ高校生。お小遣いなどたかが知れている。どうするか。私は率直に山口に尋ねてみることにした。

 「山口君」

7キロを走り終えた木陰で、スポーツドリンクを飲みながら休憩する山口に私は尋ねる。

 「洋服とかどこで買ってんの?」

 「服?うーん、そういえば最近全然買ってないなあ。中二くらいから買ってないような……」

なんですとー!まあそうだろうとは思ったけども、ズバリ過ぎる。

 「じゃあ、今度さ、一緒に服買いに行こうよ」

 「え?!でも木下さん、そういうのは女子と行った方が楽しいんじゃないの?」

 「私の服じゃないよ、山口君のだよ。ほらなんか背も伸びたみたいだし、ジーンズとかなんか足の長さにあってないというかなんて言うか」

 「ああ、そう?伸びたかなあ?でもそんな買い物につき合わすの悪いし」

 「全然大丈夫!私洋服選んだりするの大好きなんだよね」

 「そうなんだ。じゃあ一緒に来てもらおうかなあ。俺服とかっていまいち分からないから、助かる」

 「よしじゃあ決まりね!」

 「木下さん、楽しそうだね」

 「うん、山口君と買い物したかったから!」

 「え……あ、そう?」

 「うん!!」

 何やら少し照れた様子の山口はさておき、私は胸が高鳴った。いよいよ、いよいよこれでほぼすべての作戦が終了するわ!

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