第3話

 こ!れ!は!一文字一文字にエクスクラメーションマークをつけねば気が済まないほどの美形が登場した。山口である。髪型ひとつでこうも変わるとは。驚天動地だ。さすがなっちゃん!そしてさすが私が目を付けただけのことはある山口の顔!

 「山口君それすごくよく似合う!」私は満面の笑みで山口を迎える。本人はなんだかいたたまれないとでも言いたげに、ちょっと下を向いていた。

 「山口君、ちゃんと顔をあげて歩くのよ!せっかく素敵にしてもらったんだから!」 

 「す、素敵って……」

 「じゃあ、なっちゃん!ありがとね!」

 「どいたしまして。私もやりがいあったわ~」


 笑顔のなっちゃんに見送られて、私たちは再びメガネ屋に戻る。心なしか、先ほどまで私の影くらいにしか思っていなかったであろう道行く人々の目が山口に止まるようになって、私は気分が良かった。

 今に見ておれ!もっとだ!山口はこの程度ではない!


 メガネを装着すると、びっくりするようなメガネ男子が誕生した。お店のお姉さんもよくお似合いですと、頬をやや赤らめていたと思う。

 メガネ屋で働いているくらいだからきっとメガネ男子もお好きに違いない。

 ああ、素晴らしい!こうやっていろんな人の心を占拠していくのだ、山口。

 それは天から認められたことなのだよ。


 駅ビルを出るころには、外は既に夕暮れだった。夏の湿気を含んだ風が頬を撫でていく。

 「今日はいろいろありがとう、木下さん」

 「なんだか連れまわしちゃって、ごめんね」

 「いや、俺、楽しかったよ」

 「そう?!私も楽しかったよ~」

 「じゃあ、また9月にね」

と手を振る山口の、駅に向かう手を掴む。

 「え?なに?」

ここで私の作戦第二弾が発動である。

 「山口君、廊下でぶつかったくらいでひっくり返ってしまうんじゃ、メガネがいくつあっても足りないよ。ここはひとつ足腰を鍛えてみない?」

 「え?」

 「私、夏休み中、朝運動公園を走ってるのよ。良かったら山口君も走らない?走るのはすべての運動の基本なんだよ?」

 「は、走る?」

 山口は驚愕したように私を見た。

 「でも、俺、運動とか苦手で」

 「大丈夫!走るのは道具もいらないし、短距離じゃないから速く走る必要もないのよ!ね!山口君、夏休みもし予定が無かったら挑戦してみない?」

逡巡していた山口だが、やがて顔をあげた。

 「うん、やってみるよ、木下さん。俺も女の子に跳ね飛ばされちゃうんじゃ、どうかなと思うし」

 「よし!決まりだね!じゃあ時間はねえ……」


 というわけで、夏休み山口君改造計画は突如発表されたのだ。はー!楽しみだ。毎日会う中で、少しずつ仕草についても教えなくちゃいけない。そして新学期が始まるころには、振り返らないものなどいないほどの山口君を皆さんにお見せしよう。



 夏の7時。それは思ったほど早朝ではない。太陽にはやる気がみなぎっているが、まだそのやる気を十分発揮できるほどの角度ではない。が、もう暑い。

 しかしせめてこれくらいの内でないと走ることなどできやしない。

 本当はもっと早くにしたかったが、私は至近のこの運動公園でも、山口は電車で来なくてはいけない。

 夏休みの終わるころには電車ではなく自転車で来てもらうのが私のひそかな目標だ。

 時計を見れば時刻は7時を指した。そろそろ山口が来るころだ、と思っていると朝の光の中山口が現れた。

 かー!!!!私服ひどい!!!!顔だけ挿げ替えたようになってるしおかしいでしょこれ絶対。夏休み中に服装も何とかしなければ。

 「おはよう!山口君!」

 「お、おはよう木下さん。元気だね。俺もう日差しに負けそうだよ」

 「これしきの日差しに負けちゃダメだよ、山口君!さあ、体ほぐして走ろっか!とりあえず、超初心者の山口君は3キロから始めよう!」 

 「3キロ……ちょっとイメージわかないけど頑張るよ」

 山口は自信なさそうに、それでも何とか笑顔を作った。

 抜けるように白い肌だし、足なんか私に比べれば折れそうなほど細い。

 その儚げな笑顔と言い、このままの方がひょっとしたら一部では受けるかもしれない。いやしかしだ。私が目指すのはそんな一部のためじゃない。

 あの姿で、バッタバッタと並み居る女子をノックアウトする!それが私たちの目指すところなのよ!私の中でまたしても使命感が燃え上がる。

 「さ!山口君!そこのトイレで着替えて、走るわよ!」私は松岡修造のごとく熱くたぎる情熱を、今まさに目に宿したのであった。

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