第3話 魔王さまのくせに前代未聞の転移魔法陣を創りだす

 数日後、フィルは魔王城の地下室にいた。


「出来た……っ」


 部屋の中央の床には複雑に書き込まれた幾何学模様がある。


 これはフィルの考案したオリジナルの転移用魔法陣だ。


 ここ数日、フィルはリナリアの目を盗んでは魔法陣の制作に励んでいた。


 そして今日、その地道な作業が実りこうして完成の日を迎えたのだ。


 ちなみにフィルは数キロ転移するだけなら魔法陣の必要はない(常人なら百数メートルが限界だが)。しかし、今回のように別の大陸までの長距離移動は勝手が違った。そこでこのような転移装置を作ったのだ。


 フィルは魔法陣の構築にそこまで明るいわけではない。


そんなわけで仕組みは至って単純だ。



 “魔力をぶち込み、それだけぶっ飛ぶ”



 膨大な魔力を有するフィルだからこそ扱える魔法陣である。


「急ごしらえならこんなもんだろ。よくやった。さすが俺」


 感無量。


 フィルはその余韻に浸る。


 永いようで過ぎてしまえばあっという間とも言える数日間だった……。


 その間もずっと命を狙われていた。


 隣国の刺客の襲撃なんて当然のようあったな。


 ゴブリンたちがクーデターを起こそうとしたこともあったな。


 天才と紙一重の馬鹿野郎たちが造り出した亜神を退治しなきゃいけなくなったこともあった。


だが、心休まる日なんてものだけはなかった……。


「しかぁし! そんな毎日も今日で終わりだっ。これからは平和で穏やかな日々が始まるのだっ! ふは、ふはははははははははっ」


 少しテンションがおかしくなってはいたが、フィルは早速転移魔法を展開することにした。


 陣の中央に片膝を立てて、手を添える。


 フィルが魔力を注ぎ込むとそれは赤黒く輝き始めた。


 くくく、さらば魔王城。


 さらば、殺伐とした俺の毎日よ!


 そして待っていてくれ、安息の地ユーフェミニア!


 転移魔法陣が発動しようとした、まさにその瞬間、



「そこまでですー」



 不意に地下室の扉が開け放たれる。


「お、お前は――!?」


 そこに現れたのはリナリアだった。


「フィル様、あなたの野望はそこまでですよー」


「や、野望? 何のことだ?」


「……ユーフェミニア大陸」


 それだけでわかるだろうと言わんばかりに、無表情で追及の視線を送ってくる。


 ぎくり。


 フィルの肩が跳ねる。


「お前……なぜそれを……」


「ふっふっふ。知れたことですー。ここ数日フィル様の様子がおかしかったので仕事そっちのけで監視してたんですよー」


「いやいや! そこは仕事しろよ!」


「ぶつぶつと呟きながら薄ら笑いを浮かべて魔法陣を編む姿、最高にキモ怖かったですよー」


「うるせぇわ!」


 どうやらそういうことらしい。


 フィルはぎりりと奥歯を噛みしめる。


 くそっ、抜かったぜ。


 まさかリナリアに監視されてるとはな。


 ここまで俺が気付かなかったことを考えると、こいつも本気だったってことか。


「言っとくけど止めても無駄だぞ」


「フィル様、いきなりどうしちゃったんですかー」


「俺のいるべき場所はここじゃない気がするんだ。だから俺は行く、ここではない何処かへ!」


「はいはいー。多感期の子供みたいなこと言ってないでお仕事しましょうねー」


「てめ、俺の一大決心を軽くあしらいやがって……だが、一足遅かったな。この魔法陣はもう発動している。もう止めることは出来ねえ――」


「えい」


 ぐりぐり。


 リナリアが魔法陣を足で踏みつけ、乱暴に消し始める。


「ちょ、おま、何してんの!? 展開中の魔法陣を壊してんじゃねえよ! そんなことしたらどこに飛ばされるかわからな――」



 次の瞬間。



 転移魔法が発動し、フィルの姿が消えた。

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