第2話 魔王さまのくせに家出を企てる

 ところ変わってフィルの私室。


「も~~~~うこんな生活うんっっっざりだっ!」

 

 フィルはせわしなく部屋をぐるぐると歩き回りながら今日のことを思い返す。

 

 朝は寝首を掻かれそうになるわ。

 

 昼は飯に毒盛られるわ。

 

 刺客は押し寄せてくるわ。

 

 まっっったく気の休まる時がねーじゃねーかっ!

 

 リナリアたちもあの調子じゃ改善される見込みは薄い……てか、むしろ悪化する可能性のほうが高いしな、ちくしょう!

 

 おいおい、俺の未来真っ暗じゃね?

 

 フィルは椅子に腰を掛けた。


「はぁ」


 深いため息をつく。


 ……違うんだよな。


 最近、何かが違うように思う。


 その何かの正体はよくわからないがずっと小さな違和感があった。


 リナリアたちは変わってないはずだ。


 良くも悪くもあんな調子だからな。

 

 じゃあ変わったのは俺……なのか?


「やっぱりよくわかんねぇよな」


 ぼやいてみるもその言葉は虚しく宙に溶けていった。

 

 よくわからない。


 ただ、心の中でいつも問いかけられている気がする。


 これでいいのかって……。


 これでいいのか? 俺の――。


 ふと、視界の端にあった本棚の一冊に目が留まった。



『ユーフェミニア大陸紀行』



「あ」


 フィルはぽんっと手を打つ。


 天啓というものがあるとするならば、まさにそれだった。


 何を閃いたかというと、


「もしかしてどっか行っちゃえばいいんじゃないか?」


 こういうことだ。


「そうだよ! なんでこんな簡単なことが思いつかなかったんだ、俺! ここじゃない何処かへ行けばいいんじゃねーかっ。そうすれば気が休まらないなんてこともなくなるし、心の中のもやもやも晴れるかもしれない! ここ百年くらいドラグガリアの情勢も落ち着いてるし、今なら俺がいなくなってもこれっぽっちも問題ないだろ!」


 よーし、そうと決まればどこに行こうか。


 エレーニュ山脈は……駄目だ、ラウラの縄張りだ。


 あいつは鼻が利くからな、すぐに見つかっちまう。


 じゃあシュヴァルツヴァルト地方は――あそこはジョゼの庭みたいなもんか、却下。


 かと言って他国に行って見つかりでもしたら面倒くさいからなぁ、特にあの女は。


 ドラグガリアの中で選択肢はない、か。


「となるとやっぱここだろ」


 フィルは本棚から一冊の本を引き抜く。


 先ほど目に入った『ユーフェミニア大陸紀行』だ。


 この本は稀代の魔女アリウスの著書だ。


 存在は知られているが、“死淵の濃霧”の影響で上陸不可能とされているユーフェミニア、これは著者のアリウスが転移魔法を駆使して渡った際に綴った日記とされている。


 しかし、彼女が魔女ということもあり真偽は定かではなく、その突飛な内容から絵空事だというのがこの本の一般的な評価であった。


「ずっと前に一回読んだっきりだからなぁ」


 フィルはぱらぱらと本を流し読みしてみる。


 書かれている内容は大まかにこうだ。


 ユーフェミニア大陸は瘴気に覆われることなく、自然が豊かで空も海も青く澄んでおりまるで宝石のように美しい。


 多くの種族が存在するが、その多くが温厚で危害が少ない。


 その中でもヒト族は大陸全土に広がっている。


 旅先ではヒト族からよくもてなされた。


 そして最後にこの地がドラグガリアによって踏み荒らされることがないよう切に願う、としめられている。


「自然豊か、温厚な種族。それにヒト族が多いのも俺にとってちょうどいい……よし、ここだな!」


 本をぱたりと閉じ、フィルはさっそく行動に移すことにした。

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