第1話 魔王さまのくせに現状の改善を部下に訴える

ケース.1


 ここはとある寝室である。


 部屋の中央に配置してある豪奢な寝具にはひとりの男が眠りについていた。


 長身痩躯の青年。


 彼はフィル・オーランド、魔大陸ドラグガリアに名を轟かす“暴虐の王”だ。


 普段はヒト族のような容姿をしており、多くの種族が住まうドラグガリアでその体躯は小さいほうに分けられる。しかしその実、彼はその身体に驚異的なほどの暴力を宿していた。


「zzz……」


 大きく目を見開いて爆睡するフィル。


 その寝顔もまた暴虐の王という名に恥じぬほどに禍々しい。余談ではあるが、誤ってこれを見てしまい、恐怖のあまり辞めていったメイドの数は百じゃ足りなかったりする。


 まあ、それは置いておくとして、フィルの朝は早い――。


「魔王、覚悟っ!」


 頭上で突然響いた声にフィルははっと目を覚ました。


 咄嗟に歯を噛みしめる。


 がちん。


 硬質な音が寝室に響いた。


「ぐ、ぬぬぬ、ぬ」


 苦悶の声を漏らすフィル。


 ベッドに横たわっている彼の眼前にはメイド服の女がまたがっていた。別にこれからオタノシミが始まるというわけではない。


 むしろその逆、女の手にはナイフが握られており、その刃はフィルが歯を食いしばって間一髪受け止めているところだった。


 ドアが開け放たれ、騒ぎに駆け付けた護衛兵が入ってくる。


『た、大変だっ! また魔王様が寝込みを襲われておられるぞ!』



ケース.2


 正午過ぎ――。


「はうあ!?」


 昼食をとっていたフィルは突如、謎の腹痛に襲われた。


 食堂に料理長が慌ててやってくる。


『大変です魔王様っ! コックと配膳係にまた刺客が紛れ込んでおりました! そのお食事に何かを盛られた可能性がありますので手を付けられないようお願いします!』


「おせえよ……」


 0.1ミリグラムで大体のドラゴン種を動けなくさせるような猛毒ではあったが、不幸中の幸いでフィルは腹をくだすだけで済んだ。


 しかし数日はお腹の緩い日が続いた。



ケース.3


 どごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ。


 ある日の昼下がり、フィルのいる公務室の扉が壁ごと破壊され、巨漢のオークが現れた。その大きさはフィルを軽く三倍を超えており、手には赤黒く乾いた血がこびり付いている棍棒を握っていた。


 当然、フィルの知った顔ではない。


「おいおい。こんなひょろっこいやつが暴虐の王なのか? 本当かよ。ありえねーぜ」


 値踏みするように睨みつけながら下卑た笑い声をあげるオーク。


「だとしたら何だよ」


「ふんっ。偉そうに椅子にふんぞり返りやがって……気に食わねぇな。俺は“百人殺し”のクラードン! まわりの奴らはお前が怖くて仕方ねぇみてえだがな、俺はそんな臆病者達とは違う。お前は俺が殺す。そして俺が新たな魔王に――」


 などと意気揚々とまくし立てているその刹那。


「お前で今日は四回目なんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ」


 その言葉を待たずにフィルは一足飛びで近づき、すくい上げるように顎めがけて拳を繰り出した。


「がふぅ」


 オークは天井を突き破って勢いよく空の彼方へと消えていった。



◇◇◇


 数日後、ここは限られたものしか立ち入ることの出来ない謁見の間だ。


 フィルはその玉座にいた。


 玉座の前には四つの影がかしずいていた。



 流れるような金髪、整った顔立ちに透き通るような肌、漆黒のドレスに身を包んだ華奢な少女。彼女は東部統治管轄、“唯一無二”始祖吸血鬼種族のジョゼ・フレイダム・シュヴァルツヴァルト。



 身軽だが露出度の高い服装からすらりと伸びる健康的な脚線美、煌めく銀色の尻尾、成熟した身体つきとは裏腹にあどけなさの残る容貌。この少女は、“神屠る絶命の牙”人狼種族のラウラ。



 ボロボロのオーブで全身を覆う三メートルをゆうに超える巨躯、顔のある場所にはドラゴンの頭蓋骨が浮いている。彼は統治管轄、“万人死霊”エレメント種族のデスミストロード。



 そして、澄んだ蒼髪のヒト族を模したホムンクルス。彼女はフィルの懐刀であるリナリアだ。


 彼らはフィルが信頼を置く幹部たちだ。


 普段はリナリア以外の幹部は各々の管轄下にいるのだが、今日は訳あってフィルが呼び寄せていたのだ。


「いかがしましたか、魔王様」


 リナリアが恭しく尋ねてくる。


 それに対してフィルは固く口を閉じたままだった。


 部屋の空気が張り詰める。


 ぴくり。


 フィルの眉が吊り上がる。


「いかがした、だぁ~?」


 わなわなと肩を震わせながらゆっくりと立ち上がり、


「いかがしたわ! しまくりだわ! 俺の人生“いかが”しかねーわ!」


 そして大爆発を起こした。


「今の俺の話聞いてなかったのかよ! 寝込みを襲われ、飯に毒盛られて、刺客に襲われまくったっつってんだろうが! それを『いかがしましたか?』て、お前の頭の中のほうがどうかしてるわ!」


 ついついまくし立ててしまう。


 しかし、彼の不満はまだ続く。


「警護がザル過ぎだろ! 俺は魔王だぞ!? こんなにエンカウントしていい存在じゃないの! こんなに襲われていい存在じゃないの!」


 思うところがあったのだろうか、フィルのぶちまける不平不満をリナリアは表情を変えずに黙ってきいていた。


 すると彼女が俯き、


「………………ちっ、うるさいですねー」


 ぽつりと呟く。


 そんなことはなかったらしい。


「反省してまーす」


 別に思うところなんてなかったらしい。


「おい。聞こえてるぞ」


「まあ、実は城内で色々と怪しげな動きがあるのは知っていましたー。でもあのくらいフィル様ならなんともないと思いまして放置してたんですよー。些末なことにフィル様の貴重なお時間を割くのははばかれますのでー」


「いやいやいや! 実害被ってるから、俺! そこはきちんと教えとけよ!」


「えー。なんかせこいですねー。それでも魔王ですかー?」


「逆に俺が聞きてーわ!」


 リナリアへの指摘は理不尽なことに平行線を辿りそうだった。そこでとりあえずそれは後回しにして、フィルは他の幹部へと向き直る。


「お前らもそうだぞ。今日の奴らもそうだけど、聞けばお前らの中に定期的に刺客を送って奴がいるらしいじゃねーか」


「うんっ」


 ぺかー。


 眩しい笑顔の狼少女、もといラウラ。


 パタパタと尻尾を振っている。


「お、お前な……嬉しそうに白状してんじゃねーよ」


「気に入らなかったかしら、魔王?」


 呆れてものも言えなかったフィルに声がかかる。


 始祖吸血鬼のジョゼだ。


 口元に手を当ててくつくつと笑う。


 少女のような風貌にも関わらず、その雰囲気は妙に艶っぽい。


「私たちの管轄下で打倒魔王を掲げる荒くれ者を厳正に審査したの。倍率およそ1500倍」


「刺客を審査ってどういうこと!? てか、無駄に競争率たけぇな!」


「召集の際の恒例行事になってるわ。出店も出て大好評」


 彼女が「ねえ?」と投げかけるとデスミストロードも、


「……」


 無言でこくりと頷く。


 どうやら三人ともグルらしい。


 フィルは苦虫を噛み潰したようになっている自分の顔に手を当てる。


 な、なんか頭痛くなってきた。


「……まったく。お前ら一体どういうつもりだよ。俺に恨みでもあるのか?」


「えー。違うってば。ラウラは魔王さまが戦ってるの好きなだけだよっ」


 とラウラ。


「ふふ。右に同じ」


 とジョゼ。


「……(こくり)」


 とデスミストロード。


「お・ま・え・ら・なぁ……っ」


 と、まあこれが魔大陸ドラグガリア三王のひとり、フィル・オーランドの日常だ。


 ここで勘違いしてはならないのは、リナリアたち幹部はフィルのことをないがしろにしているわけではない。


 むしろその逆だ。


 彼女たちはフィルのことを崇拝していた。


 しかし、その絶大なる信頼の方向性が若干……いや、かなりずれてしまっているので、結果としてフィルの生活は超絶カオスな状況になってしまっているのだ。



「駄目だこいつら、早くなんとかしないと……」



 そんなわけで魔王の気苦労は絶えない。

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