第15話 異世界のドージンウォーズ①

 おはようございます。アニゲーブックスイケオウル店、小田です。

 え? 今日は妙に早いって? あれですよ、あれ。いよいよ、今日がイケオウルコミックウォーズですよ。

 どうですか。トゥイッターで宣伝してくれました?

 ええ、どうしてですか。うちの神レイヤーバイト山田が作ったコスプレ売り子姿の写真も、出来上がった同人誌の現品も送ったじゃないですか。歴史を塗り替える神イベントですよ。

 あ、そうですか。まぁ、まだ池袋店の異世界転移、外向けでは公表されていないんでしたっけ。でもネタじゃないんで。本はちゃんと出てますので。こっちでも展開はしますけど、通常のサークル扱いでもいいから委託展開してくださいよ。ふたなり界の超新星で。

 ああ、うーん、そうですね。まぁ、帰るまでに考えておきますよ。帰れるかもしれないってわかっているだけでも、だいぶ気が楽です。でも俺の日本のアパート、まだ家賃引き落とされてるんですよ。どうしましょうね。今の俺の家、衣食住が可能なラブピュア円盤保管庫じゃないですか。

 長引くんなら、こっちに転勤って扱いで家賃手当出してくれません? だめですか? 望まぬ転勤なんですから、それくらいあってよくないです?

 はい? ああ、その辺は大丈夫ですよ。こっちのメシも結構美味いですし、もうだいぶ慣れましたけどね。ブクロの空気が懐かしいですよ。あとこっち、生魚がないんですよね。寿司食いたいです。寿司。

 あー。はい。そうですね。バイトたちにもその辺は面談の機会を設けようかと思います。安全に帰れそうだと思ったら、まずバイトから帰さないとですから。

 いやいやいや、人聞きの悪いこと言わないでくださいよ。人身御供になんてしませんから。人身御供が必要なんだったら、俺はあの黒い穴発見した時に真っ先に飛び込んでいましたよ。

 帰ることができそうだからって、こっちで思考錯誤してお客様に来てもらっているイケオウル店を投げ出すわけにはいかないでしょう。俺だって考えますよ。バイトたちだって、好き勝手やっているようで割と考えてるんです。

 一緒に飛ばされてきたのが、ベテランのバイトばかりで助かりましたよ。

 まぁ、ひとまず今日はコミウォですね。コミックウォーズ。終わったら報告書あげます。ははは、楽しみにしていてください。

 では、もうそろそろ行くんで。はい。お疲れ様です。



「よっし、お前ら出陣だ!」

「らじゃー!」

 元気よく答えたのはメロディだけで、セージは名刺を片手に死んだ目をしているし、あんたまはやめりゃいいのに「ギリギリまで粘っていいですか」とか言って例の二次創作コピー本を作成しており、寝不足前後不覚。

 姫様とミシェルは、おそろいの色違いドレスを着て、ああでもない、こうでもないと言い合っている。完コス主義レイヤーのこだわりが強すぎる。ミシェルまでなんだか感化されているし。

 日本の同人イベントなら、コスプレ衣装を着て会場に行くのはご法度である。しかし、イケオウルにはコスプレ文化はなく、会場にも着替える場所はない。そもそもドレスや突飛な色の髪はこちらの世界では普通なので、衣装を事前に着て会場に向かうことになった。

 俺は作っておいたスケジュール表を持って、読み上げた。

「コミウォの会場は『太陽の塔』だ」

「てんちょ、それってつまりサンシャイ……」

「ちなみに六十階まである」

「やっぱそれサンシャイ……」

 メロディが何かを言いたげにしているが、俺はそっと目をそらした。俺もミシェルに聞いた時には三回くらい確認した。

「店長! アレ! アレはなんですかね! 池袋、もといイケオウルにある意味深な白くて高い塔、アレ!」

 セージが急にテンションMAXで駅舎の向こうを指さした。真っ白な細い塔が、青空に向かって伸びている。

 イケオウル魔導馬車駅の北側に位置する、真っ白な塔。池袋の駅前にも何かあった感じがする塔。サン●ャイン的な塔があるのだから、当然あれがあっても不思議ではないのだが。

 俺のかわりに、ミシェルが答える。

「あれは、不用品焼却塔ですね。イケオウルの商店街や屋敷から出た不用品は、あの塔に集められて焼却され、その力で夜間のガス灯をつけたりするんです」

 セージはあからさまにテンションが下がった様子で、「そうっすか」とうなだれた。

「わかるー。私も田舎から出て最初池袋に来た時、ラスボスいそうって思ったけど、ゴミ処理場だってわかってテンションだだ下がりだったもん」

 メロディが同意を示す。俺も彼らが言いたいことはわかる。なまじ駅からすぐのところに、ビル群を追い抜く高さのやたら目立つ白い塔が建っているから、めちゃくちゃ意味深に感じるんだよな。

「ブクロでもオウルでもあの白い塔、焼却炉の煙突なのね……」

 げっそりとしながら、あんたまが呟いたところで、自作コスにごきげんの姫様が心なしか胸をはった。

「姫はぁ。魔法パワーになるだけ、ファンタジーっぽさが上がったと思うよぉ」

 確かに。

 魔法で焼却処理をしているのだから、概念としてあれは魔法の塔で間違いない。ゴミ焼却場だと思うから何となくがっかりするだけで。

 そもそも勝手に妄想を膨らませるなという話なのだが、こればかりは仕方がない。オタクは非日常的な建物に過剰な期待をしてしまう生き物なのだ。だってラブピュアの敵本拠地もあんな感じのマジカルタワーだったし。池袋駅北の謎の白い塔は、オタクの空想を刺激する浪漫だ。ゴミ処理場だけど。

 さて、コミウォが行われるサン●ャイン60もとい太陽の塔は、三階に多目的ホールがあるのだという。ちなみに下の階は商店街で、上の方の階はほぼ魔術ギルドの事務所だそうだ。こんなところまで並行世界にしないでほしい。

 店に届いた同人誌は三百冊。これを手搬入するのは骨が折れるな、と思っていたら、ミシェルが魔導カートで運搬してくれた。魔法、ちょっとすごすぎないか。日本にも実装してくれないか。

 イケオウル駅の割とすぐそばにあるアニゲーブックスイケオウル店から、サンシャ……太陽の塔まで徒歩十分ほど。

 太陽の塔は、見た目だけならファンタジーな煉瓦造りの塔だった。魔法世界とはいえ、これを六十階分作るこの世界の建築技術、すごくないか? 白い塔のことでしょげていたセージが、見事に復活した。

「あーーー、これはよくある、クリアしなくても本編に影響ないけど、クリアしたら最強武器がもらえるタイプの地獄ダンジョンっすね」

「いや、イベント会場だよ……うん」

 そんな地獄ダンジョンでイベントができてたまるか。こちとらスライムに勝てるかどうかもあやしいオタク共だぞ。

 俺とセージの微妙なやりとりには興味がないらしい女子勢は、さっそく段ボール開封の儀をとりおこなっていた。

「わぁ、こんなにたくさんの本が! ニホンの印刷技術はすばらしいですね!」

「こっちの魔法製本とは違って、文字やイラストとインクやトナー……ええと、インク代わりの粉を紙に定着させるて印刷するんです。こちらの製本とは違って、印刷原本となるデータや紙原稿が必要になりますが」

「なるほど、そんな技術があるんですね。この表面がキラキラしているのは、どういう仕組みですか?」

「光の屈折率を変える『ホログラム』という技術を使った。透明な薄いフィルムを貼っています。光が当たると透明に見えていた部分が特定の形に色が付いて見えます」

「そんな加工もできるんですね」

「このフィルムを貼る加工は、向こうではPP加工といいます。表面に光沢を持たせるだけではなく、細かい傷を防止する効果もあるんですよ」

「素敵ですね!」

 ミシェルは本の装丁がいたく気に入ったようだ。なんども光にかざしてホログラムを見つめている。

 さて、いよいよ設営だ。コス衣装保護のため、ミシェルと姫様は設営では戦力外である。元々この二人は肉体労働に向いていないタイプであるので、問題ない。

「さぁ、いくっすよ、我々のオタク魂を見せつけてやんよ!」

 メロディが張り切って腕を回すのを見て、へろへろのあんたまがその場に座り込んだ。

「メロディ、超元気じゃん。今日の設営任せた……」

「え、まってくださいよ。あんたまさんの神設営アニゲ積みに期待してんですから。私、アレ、ヘタクソなんですよ!」

 ちなみにアニゲ積みとは、アニゲーブックスチェーンのお家芸であり、大量入荷した本をパズルのように組み立てたり、トルネードのように回転させながら配置したりして、オブジェのような本のタワーを作る積み方である。

 一歩間違えるはと倒壊する危険があるため、ベテランにしか任せられない匠のワザ。本来、イベント会場でやるような陳列ではないが、今回は会場側に規制もないし、大平台並みのスペースがあるのでよしとする。

 一応、今日ここにいるメンバーは全員アニゲ積み習得者なのだが、一番得意なあんたまがここまでヘタれているのは想定外。

 想定外だが、慌てるほどのことでもない。

「アニゲ積みなら俺でもできる。一応バイトからの叩き上げなんでな。あんたまは、とりあえず休め」

「わーーー店長、今だけは神! できる男!」

 あんたまは一瞬にして元気になった。復活してるんじゃないか。

「今だけじゃなくても、俺は一応できる方なんだっての!」

 これでも二十代のうちに社員登用&首都圏店舗の店長まで上り詰めている、社内でも出世頭の方なのだ。もう少し尊敬してくれてもよくないか。

「アニゲ積みは俺がやる。大判ポスター設置はセージに頼む。背が高いやつがやる方がいいからな。メロディは下のポスターと飾り付けに入ってくれ」

「了解〜」

 さすが、よく訓練されたオタ書店員たちである。手際は良い。一度の指示でテキパキと動く。

 戦力外が三人になっても、問題無く回せる。

 俺は同人誌を箱から出してはトルネード積みしながら、周囲の様子を伺った。

 こちらの世界でのコミックは一点もの。正しくは量産できなくはないが、時間もお金もかかる。見本は一冊か数冊しか出していない。

 そういう意味では、俺たちの世界でいえばホビー系のイベントに近いものがある。ガレージキットのように、展示品を見せて買い付けしてもらい、写本か魔法製本による少数受注を代理してもらうわけだ。

 だから、明らかに同一の本を大量に、しかもタワーにできる積み方をしているミシェルのブースは、良くも悪くも目立っている。

 周囲のブースの主たちが、明らかに奇異の目を向けていた。

 これは想定の範囲内。

 コミウォの準備を女性陣がしている最中、俺とセージは店を閉めた後に現地調査を地道に行っていた。

 こちらの世界のコミックは、萌え絵が少ない。可愛いイラスト、耽美なイラストは希少だ。絵柄は、いわゆるリアル系、サブカル系が多い。

 だからこそ、アニゲーブックスがこの世界で共存する余地はある。萌えも耽美も、求めている客層が違う。

 ミシェルの絵柄は、男性向けのエロ漫画から入ったためか、やや少年漫画寄りの萌え絵だ。が、女性らしく男性をイケメンに描写する力もある。

 これはアシスタントに入ったメロディの趣味も入っているのかもしれないが、今後男性向けと女性向け、どちらの方向に振り切れてもいい伸びしろがある。

 描き慣れなさもあって、現時点では中途半端なハンコ絵とも言えるが、何せこちらの世界ではこの絵柄と作風が希少なのだ。間口が広い普遍的な絵柄は、初心者向けとしては武器となる。

 そこに、やや特殊な性癖が乗っているので、意外性もある。これからどんどん成長すると考えれば可能性も無限大だ。

 この絵柄であれば、十分に日本での委託販売でも通用する。

 コミウォで販売実績を作れば、今後はミシェル以外のサークルから同人誌の委託を受けることができるかもしれない。日本の同人誌印刷所との仲介もできる。

 何よりも――。

「異世界同人専売店……やっぱロマンだよな」

「店長、感極まるのは設営終わってからにしてください」

 メロディに夢想タイムを強制終了された。

 何はともあれ、完成である。スマホで写真を撮影。後で本部に報告だ。

『これより、第百二十六回コミックウォーズイケオウルを開催します!』

 響き渡るアナウンス。案外歴史があったコミウォ。コミケよりも歴史があったコミウォ。

「さぁ、ここからが勝負だ」

 俺たちはこれから、この世界の同人誌に革命を起こす!

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