第13話 異世界から帰る方法を考えてみた

 お疲れ様です。アニゲーブックスイケオウル店小田です。あ、お久しぶりです。そうです、池袋から異世界にぶっ飛ばされた小田です。本社以外の人も割と普通に知ってるんですね。

 へぇ、池袋店跡地、今はそんなことになってるんですね。まぁ、騒がれますよね。店の荷物届く問題、どんな感じになっています? ああ、届いちゃったものは一度警察が回収していくんですね。そりゃそうか。

 こっちが本社宛に出したものは、いつの間にか荷物に混ざってる? 何それ怖い。

 ええ……ああ、そうですね。まぁ、たくましく生きてますよ。あ、部長来ました? はい。替わってください。お疲れ様です。


 ……もしもし。お疲れ様です。イケオウル店小田です。

 アキバの店長、本社に呼んでるの、何かあったんです? ああ、そういうことですか。いや、こちらとしては検討してもらえるだけでもありがたいですけど、異世界からの委託ってこと信じてもらえるかは謎ですよね。

 戻る方法、一応調べてはいるんですよ。コミウォ対策もある程度落ちつきましたし。

 こちらの文献をいくつか調べたんですけど、結構異世界から人がやってくる系の都市伝説が多いみたいです。だけど、帰ることができたという証明は何もなくて。……はい。そうですね、人知れず帰っていたら文献にも残らないでしょうから、帰ることができないと決まったわけではないですけど。

 ただ、定住したっぽい都市伝説も結構な割合でありまして。ニポーンとかトキョートとかイケオウルとか、微妙に現代日本に似ている地名、やっぱりこの世界に来た日本人がつけたのかもしれないですね。あ、個人的な推測ですよ、推測。

 あー、でもアキハーヴァラもあるわけなので、池袋だけではなくアキバでも異世界と繋がる可能性あったり? いや、ははは……念のためアキバ店長にも気をつけるように言っておいてください。突然店ごと転移するかもしれないって。

 え? 気をつけようがないって? ああ、それはそうですね?

 荷物転送の法則はわかってきましたが、実際どういう仕組みになっているのかはわかっていないですし、その辺は調べようと思っています。

 ああ、みんな元気ですよ。原稿で徹夜したり、コス衣装で徹夜したりで、死にそうな顔しているスタッフもいますけど。まぁ、元気じゃなければできませんよね。

 はい……。はい、大丈夫です。お疲れ様です。失礼します。



 今日、定時連絡で本社に電話をかけたら、秋葉原店の店長が出た。ちょうど誰も手が離せないか、席を外すかしていたらしい。

 なぜ彼が本社にいたのかと言えば、俺が異世界の同人誌を委託することを話したので、男性向け最強店舗である秋葉原店に置けるかどうか検討する方向性になったようだ。

 実現すれば、異世界同人誌をアニゲ専売する夢が早々に実現するわけだが、俺の心はいまいちスッキリしなかった。

 そもそも、俺たち池袋店の面々が異世界転移したことを、日本の人間に証明する手立てがない。

 池袋店跡地は、今は穴が塞がって池袋店と入れ替わりで転移した建物が建っている。最初は虚無の大穴になっていたところが、時の流れとともニポーンにあったものと入れ替わる。それが良いことなのか、悪いことなのか判断がつかない。

 完全に入れ替わるようになったら、荷物が届く謎現象やこの店のチートが失われる現象が起きる可能性もゼロではない。もちろん、逆に行き来が自由になる可能性だってある。

 こちらの『なろう系』元ネタ都市伝説を調べたところ、定住したと思われるものと、転移後最終的にどうなったのか不明なものが、大体半々。元の世界に戻ったと明言されているものはなかった。

 元の世界に戻る方法があったとして、戻る時にこの世界の人間が見送りしたのでなければ、逸話として残ることはない。だから戻る話が存在しない=戻ることができない、というわけではない。

 そのはずだ。希望はある。部長もそう言った。

 俺はこの日、バイトを全員アパートに送った後、店に戻った。久々に事務所で雑魚寝だ。敷布団がわりに段ボールを敷いて、寝転がる。

 一度でもベッドに戻ると、この段ボール布団で寝ていた自分が信じられなくなる。俺もバイトも、異世界から来た当初は一ヶ月以上この段ボール寝で耐え忍んでいた。本当に地獄だったな、と思う。

 店を通常営業していたのは、メンタルの保全も兼ねていた。わけのわからない世界にいきなり放り投げられた俺たちは、なんだかんだで店を普段通り営業することで救われていたのだと思う。

「静かだなぁ……」

 閉店後の静まった店内。こちらに来てからはバイトメンバーと一緒にいることが多かったから、こんなにも静かな店内にいるのは久しぶりだった

 日本にいた頃はなじみ深かった。バイトは閉店作業を終えたらすぐに帰ることができるが、社員はそうもいかない。営業中に手持ちの仕事が終わることは少ないのだ。だから閉店後に残って一人、もしくはもう一人いた社員と残って事務作業をしていることが多かった。

 店長や社員でなければ不可能な客対応もあるし、新刊の入荷が多ければシュリンクや品出しも手伝うことになる。発注、売上分析、入荷処理、返本処理。やることはたくさんあって、その日のうちに終わらないこともあるくらいだった。

 アキバほどではないが、池袋もオタク街の店だ。コミック・同人誌専門店が多い。競合の店がたくさんある中で生き残っていくのは大変だ。

「ブクロの他のやつら、どうなったのかな。他店舗に移動になったのかな。社員は間違いなく移動だろうけど、バイトは職場が無くなって、辞めるしかなかったやつもいるだろうな……なんか悪いことした」

 今日、電話をした時に聞いてみれば良かった。こちらにきてから、必死すぎて池袋店の他のメンバーがどうなったかまでは気が回っていなかった。店長として申し訳ない。

「……」

 黙り込むと、静けさが染みるようだった。池袋店で夜に事務作業をやっている時は、ただひたすら早く終わらせて帰りたいとしか思わなかったのに、なんだかやたらとセンチメンタルな気分になる。

 今日は、仕事のために店に残ったわけではない。

 やることはたくさんあるが、仕事はやらないと決めた。

 確かめたいことがあったのだ。

 イケオウル店に転送されている荷物は、朝来た頃には事務所に届いている。それは、事務所で寝泊りしていた時もそうだった。

 寝ているうちに、音もなくいつの間にか届いていわけだが、事務所に届くという点だけは絶対に揺るがない。

 俺たちが送りたい荷物は、逆に事務所に置いておいた時だけ回収されることがわかっている。

 それならば、事務所で待ち伏せしていたらどうだろう? ということで、一人店舗泊なのだ。

「荷物が何時くらいに届くかわかれば……」

 異世界と日本が繋がる瞬間が、わかるかもしれない。そう踏んだのだ。

 この店の開店は午前十時であるが、新刊の品出しがあるので午前八時にはすでに人がいる。入荷が多ければ、午前七時に来ていることもある。

 そして俺はたまにたまった事務作業をするために残業していて、何度か午前零時近くまでいることがある。その時は何も起こらなかった。

 となると、夜中に荷物が転送されてきている可能性は高い。

 現在、午前一時。

「これは……予想以上に忍耐力がいるな」

 仕事をしていれば、見逃すかもしれない。眠ってしまっても、しかり。数時間虚空を見つめ続ける耐久プレイだ。

「ラブピュア聴こう……」

 気を紛らわせるために、スマホに入っているラブピュア神曲セットリストを再生する。三十路の男が段ボールの上で寝転がりながら、女児向けアニメの曲を鳴らしている図。おまわりさんこちらです。異世界だからいないか。そういえば、こちらの世界の防犯ってどうなんだろうな。ファンタジー世界だから、自警団とかあるのかな。

 らーぶらぶ、らぶりーで♪ ぴゅあっぴゅあ〜♪

 いや、改めて聴くと名曲だな。メインターゲットの女児が歌いやすいシンプルな歌詞と曲調でありながら、歌が得意な声優のポテンシャルを最大限に活かしている。透明感のあるボイスがキラキラと輝く。素晴らしい。

「……いやこれ、集中力が持っていかれるな?」

 再生をオフ。くっ、神曲すぎて当初の目的を忘れて聞き入ってしまうとは不覚。

「やっぱ仕事するか……ノーパソをこっち向けて……」

 椅子に座って、持ち出し用の社用ノートパソコンを膝に乗せる。荷物が届くのは、外に繋がる裏口のドアの内側。

 裏口から出ると、すぐ隣に従業員控室兼倉庫として使っている裏部屋がある。こちらにきた当初は女子専用室になっていた場所だ。しかし、そちらに届いたことは一度もない。

 となると、事務所裏口のドアが異世界との接続口になっている可能性は高いのではないか。

 もちろん、鍵をかけているので、ど●でもドアよろしく都合よくパカッと開いてはくれないのだと思うが。

 しばらく、俺がカタカタとタイピングする音だけが事務所に響いていた

 仕事はいくらでもあるから、ラブピュア曲を流すよりは眠らずにいる効果は高そうだ。ラブピュア曲では気持ちよく眠ってしまう。癒し効果が高すぎて。

 そうやって、パソコンの画面と裏口のドアを交互に眺め続けて午前二時。

 いわゆる『丑三つ時』に、変化は訪れた。

「ん? なんだ、これ……」

 最初に感じたのは、空気がヒリヒリするような感覚。

 次に、空気が揺れるような感触。

 地面が揺れたわけではない。空気が揺れた。風が吹いたのとは違う、一瞬生温い空気が腕を駆け巡るような感触があったのだ。

 俺は反射的に顔をあげた。

「なん、……なんだ、これ」

 裏口のドアがあった場所が、真っ黒な穴になっていた。そこから、静かに段ボール箱が滑り出してきて、音もなく床に落ちた。

 俺たちが送るはずの荷物は、音もなく吸い込まれていく。

 荷物が回収された後も、しばらく裏口には黒い穴が空いたままだった。

「これなら……人間も通れる……よな?」

 俺は恐る恐る、その黒い穴に近づいた。近づいただけでは何も起こらない。もしかすると、宛先がない荷物は吸いこまないのかもしれない。

 ――それなら、例えば荷札を貼り付けてこの穴の前に立ったら?

「だ、ダメだ、ダメだ……危険すぎる」

 だけど、一度可能性を考えたら、どうしたって振り切れない。そもそも俺は荷物がどんな風に届いて、届けられるのかを確認すれば、日本に帰るための手がかりになると思ったからここにいるのだ。

 俺は手を伸ばした。黒い穴に、もう少しで触れそうだった。

 池袋店の跡地には、建物が出現するまで黒く大きな穴が空いていたという。それと同じものがこの穴だとすれば、この中に飛びこんでしまえば池袋に帰れるのではないか?

 指先が、黒い穴に『触れた』。

「……っ!」

 一瞬、引きこまれるような感覚があった。

 反射的に手を引っ込めてしまったが、やはりこの穴には物を引きこむ力がある。

「どうする……?」

 家に帰りたいかどうかで言えば、当然帰りたいに決まっている。たまたま異世界でも運よく店を経営できているけれど、運が悪かったら早々にのたれ死ぬ未来だってあったはずだ。

 書置きを残しておけば、バイトたちにも俺の身に何があったか把握できるはずだ。無事に池袋についたら朝を待ってイケオウル店に電話をかけて、夜中の二時に事務所に集まって穴に飛び込むように電話で指示を出せばいい。

 何事もなく――帰りつけるなら。

 何も連絡がなければ、俺に何かあったと考えるはず。

 帰りたい。危険すぎる。帰りたい。帰りたい。帰りたい、けど。

 ふと、事務所の片隅に目をやった。こちらの世界に来てから備品として購入した、素朴な木のテーブルが見えた。ミシェルとあんたまとメロディが顔を突き合わせて、原稿を作っていたテーブル。

 ミシェルの本を作るために、委託するために、必死に方法を考えた。彼女の想いを無駄にしたくなかった。ちょっとニッチな性癖だろうが関係ない。同人誌において、性癖がとがっているのはむしろ武器だ。

「帰りたい……けどさぁ」

 帰る方法を、可能性を試すのは、コミウォが終わってからでも良くないか?

 ミシェルが初めて触れた同人誌で一念発起したのを、〆切ギリギリになって展示内容を変えて資金のために親に頼み込んで、少しでもいいものにするために何度もやり直して作品を描いたのを、放り出していいのか?

 俺はこの店の店長だ。アルバイトへの責任がある。そして、サークルから作品を預かる責任も。


 午前二時半。事務所裏口に空いた黒い穴は、だんだん淡く薄くなって、消えていった。

 また同じ時間に穴が空く保証はない。

 帰れる可能性を、潰したかもしれない。

「それでもさ。俺はコミウォを成功させたいよ」

 たとえ日本に帰れたとしても、一生後悔するようなことは、したくないよな。 

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