第11話 異世界でもコスプレはできます
お疲れさまです。イケオウル店小田です。
はい、そうです。表紙ができたので、ポスターをお願いしたくてですね。ねぇ、この二人ちょっと初代ラブピュアに似てると思いません? はい……はい、ふたなりエロ本なんですけどね。
やめてください。俺はラブピュアをそういう目では見ていないんです。だって女児向けアニメですよ! あ、いや、うん……はい。それは買いましたけど。だって大手サークルが! 俺の推しサークルがラブピュア描いてたんですよ。キター! ってなるじゃないですか!
……すみません、取り乱しました。はい。はい……これ、初めての同人誌なんですよ、異世界の原稿魔法やばくないですか? 描き慣れたら普通に壁サー狙えますって。
せっかく荷物の行き来ができるようになったので、この同人誌、日本でも委託できません? 異世界同人誌、マジで売れますって。
あ、そうか。俺たちが異世界にきたことは、まだそっちでははっきり周知されているわけじゃあないんですね。異世界同人誌売りてえ〜……。何とかして周知できないかな、これ。周知されれば救助が来るかも
しれないし。
はい。……はい。ネットはこの店の中でしか使えないんです。電話をかけたり、この店のパソコンでネットに繋ぐのはできるんですけど、スマホで送ったメッセージは不通になるみたいですね。バイト同士でためしにスタンプ送ってみたけど届かないし、既読もつかないって言っていました。
原稿ですか? 今やっと最終チェックの段階でして。うちのバイトの中でもぶっちぎりの性癖モンスターがケシ作業をやっているので、まず問題はないと思いますけど、入稿前には俺がダブルチェックします。
いえ、どうせスキャン画像をPDF化してデータ原稿にするの、俺ですから。うちの大野と志度がその辺は詳しいので、心配はないかと思います。
入稿したら、どんな展開をするか相談させてください。はい。俺は異世界同人誌アニゲ専売、諦めてませんからね!
はい……、お疲れ様です、失礼します。
◆
「いらっしゃいませー!」
今日のシフト入りバイトはあんたまと姫様。どうやら姫様がオークさんに貢がれたメイド服は一着ではなかったらしく、何故か二人でメイド服を着ている。姫様がロングスカート、あんたまが膝丈スカート。
原稿に目処がたったので、メロディとあんたまは通常シフトに戻っている。戻って早々これか。
「アニゲーブックスはコスプレ屋じゃあないんだぞ」
「店長、この世界的には普段の私らの格好の方が、メイド服よりコスプレじゃあないですか」
「あー、うん、それもそうか」
あまりにも日本との共通点が多すぎる上に、すっかり光景に慣れ切ってしまったので忘れていたが、この世界はRPG風ファンタジーランドである。確かに現代日本の服よりもメイド服の方が一般的なのだろうか。
そういえば、メイド服を着た姫様を使用人扱いしていた腐女子開眼悪役令嬢、元気かな。
「こっちでは基本服は手洗いじゃないですか。シワになるし、日本の服は一着きりなんであんまり汚したくないんですよね。ミシェルちゃん家は魔法クリーニングできてよかったなぁ」
「ああ、そうだな、洗濯の問題はあるな?」
さすがにもう三ヶ月近くこの世界にいるので、下着やシャツ、ズボンなどは何着か買って着回している。まだまだ帰るのには時間がかかりそうだし、バイトに臨時ボーナスを出して、衣類を買わせておくべきかもしれない。
「それにしても、こっちではクリーニングも魔法か……」
「姫様も何度か使ったよねー」
あんたまが、ちょうど売り場整理からレジ前に戻ってきた姫様を捕まえた。
姫様はロングメイド服のすそをつまんで優雅にお辞儀をすると、どこか誇らしげに微笑む。
「魔法クリーニングなら、メイド服もこの通りしわひとつない仕上がりですぅ」
「あ、ああ……そう」
確かに手洗いで干した割には、毎回綺麗に整っている気がする。姫様ならミシェルに頼まなくても、オークさんにクリーニング代を出してもらうくらいはしているだろう。
そこまで考えたところで、お客様が入店の気配。
「いらっしゃいませー」
満面の笑顔で振り返ると、ミシェルが立っていた。原稿修羅場を脱したため、今日はいつものヒラヒラドレス。
「こんにちは、店長さん」
「こんにちは、ミシェルさん。何か入稿のことで聞きたいことでも?」
「あ、いえ。今日は普通にお買い物を。サークル『ラーメン屋。』の新作はありますか?」
「はい、昨日入荷したばっかりですよ」
「良かったぁ。欲しかったんです」
微笑むミシェルの姿は清純可憐そのものだが、『ラーメン屋。』はエロ系壁サークルである。あんたまはレジなので姫様に案内を頼んで、やや遠い目になりつつ売り場整理をしていると、二人は新刊片手に一緒に戻ってきた。
「他にも何かお探しですか?」
「いえ、それが……」
ミシェルが戸惑ったような顔をしている。まさか新刊が性癖にあわなかったとか? ……余計な心配をしていたら、姫様が心なしか胸を張って言い放った。
「てんちょ、せっかくなので、姫もミシェルちゃんの同人誌のお手伝いをしますぅ」
「え? いや、手伝ってなかった? 確かに姫様とセージは普通にシフト入れてたから、あんまりミシェルさん家の恩恵にはあずかれなかったかもしれないけど」
「そうじゃなくてぇ、友達として、協力するんですぅ!」
強めに否定された。しかし、後はスキャンと原稿チェック、入稿待ちの段階まで行っている新刊原稿のどこをどう手伝うのか。
姫様はレジ内に入って、貼る予定のコピー機出力A3ポスターの中から、ミシェルの新刊(予定)のポスターを引っ張り出してきた。ちょっと初代ラブピュアに似た、藍色の髪と金髪の髪の女の子が手を握り合って寄り添っている。しかし、ふたなりエロ本。これはあくまでふたなりエロ本。
「この服を作ってぇ、姫がコミウォでコスプレをしまぁす」
「な、なるほど……コスプレ売り子か!」
我が店屈指のオタサーの姫様である。すでに複数のオークに貢がせている、魔性のオタクプリンセス。その卓越した姫様の特技を、存分に使わない手はない。
「でも、ここにはミシンがないぞ」
「てんちょ、布地と針と糸があれば、衣装は作れますよぉ」
まさかの手縫い。できるのか。姫様にそんなポテンシャルがあったなんて、初耳すぎる。
ミシェルは少しだけ考えた後、顔を上げた。
「コスプレ……というのが何のことかわからないのですが、衣装を作ること、なんですね」
そうか、こちらではコスプレの概念はないのか。二次創作が一般的ではない世界なのだから、当然かもしれない。
「コスプレは、キャラクターの衣装そっくりに作って着る、日本の文化ですね。ニポーンではあまりメジャーではないかもしれないです」
「あ、そちらの世界の文化のお話だったのですね」
「正確にはぁ、衣装を着ることだけがコスプレなのぉ。姫は作るところからやるけどぉ、買ったりオーダーしたりする人もいるよぉ」
間延びした声で、俺の解説も捕捉をする姫様。どうしよう、こんなに目を輝かせている姫様、池袋にいた頃にも見たことがない。本気を感じる。ヤバイ。
「布地なら、私の家に出入りしている商人に用意させられます」
「ホント? サテンはある? フリルの部分はレースも使いたいし。スカートにボリュームを持たせるためのパニエ、腰を細く見せるコルセットはこの世界でも購入できるはず」
ミシェルが布地のことに言及した途端に、姫様の食いつきがますます加速した。こんなに早口で色々まくしたてる姫様も初めて見た。ヤバイ。
「ミシェルちゃん、メリッサとダリア、どっちのドレスがすき~?」
「え? ドレス……ですか?」
「二人のお話なんだからぁ、コスもミシェルちゃんと姫で着ようよぉ、ね?」
「私が……この子たちの衣装を?」
「どっちのドレス着る? 布にはこだわる? ウィッグは? あと、手縫い仕上げになるし、作るとしたら急いでも一着半月かかるかもしれない……」
早口。だから急に早口になるな。ミシェルさんが戸惑っているいるだろうが。
それにしても、手縫いなのに半月でできるんかい。もしかして姫様、ものすごい高度なコス制作技術をもっているのでは? チートか? リアルチートか?
「そ、そこまで言うならやって……みますかね?」
「やったぁ! みしぇるん! 姫、頑張って衣装作るねぇ!」
おずおずとうなずいたミシェルに、姫様が抱きついた。みしぇるんとは。
ミシェル自身がOKなら、この展開は大歓迎である。姫様グッジョブだ。初同人誌発売に自作品のコスプレイヤー、作者本人もコスプレ。ミシェルのビジュアルと姫様のビジュアルがあれば、つかみはOK。何せ、オタサーの姫とリアル姫だ。
「よし、店長の俺が許可する! 姫様にはコミウォ特別衣装顧問に就任してもらう!」
「それぇ、就任して何かお得なことあるんですかぁ」
特にない。言ってみただけだ。
「店長、私もコスしたぁい!」
あんたま、お前は新しい服が欲しいだけだろ。ダメです。というか、ダンボール箱で引っ掛けてダメにしそうなので、もっと動きやすい服を買ってほしい。
書店員は肉体労働なんだよ……。
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