第9話 異世界だから悪役令嬢くらいいるよな

 アニゲーブックスイケオウル店、小田です……。

 あ、すみません、部長。ちょっと疲れていて……はい、気合が足りないですね。いや、面目ないです。

 今、色々あって俺と浅尾と山田の三人地獄シフト中でして。他の二人は、ちょっと出張を……。はい。はい……いや、俺の判断です。思っていたよりも、こっちの同人イベントの〆切がヤバくて……。はい……。

 同人作家みたいですよね……。いや、同人作家か。俺が手伝うわけにはいかないんで、女子に行かせているんですけど、そのおかげで店の方が人手不足でして。俺はもう、ずっと出勤ですね。バイトを休ませないわけにはいかないので……はい。毎日残業ですし。はは……、ははは……。

 はい。……ええ、そうです。許可いただきありがとうございます。正直、日本の印刷所を使えないのだったら、ほぼ詰みでしたね。詰みだったところから、頑張ればワンチャンくらいにはできたので。ええ。本当にありがたいと思っています。

 こちらの世界の原稿作りですか? はい。何でもベースになる原稿を魔法でまず作ってもらって、そこから修正点を見つけてアナログで手を加えていく形ですね。

 あと、今回は成人指定ですので、ケシの作業も必要です。こちらのレーティングがどんな感じかはわからないので、ひとまず海苔ではなくライトセーバー方式にしています。ケシが甘くて販売停止は、一番悔しいやつですからね。イベント会場でマッキーでケシいれるのイヤじゃないですか。

 はい、ああ、そうですね。作家としてはせっかく描いたのをライトセーバーにしちゃうのは残念かもしれないですけど。まぁ、仕方がないですよ。こちらの基準でケシを甘くして、日本で売れなくなったらそっちの方がもったいないです。

 俺は異世界同人誌を日本の書店に卸すの、諦めてないですよ。それくらいやらないと、異世界に飛ばされたかいがないなって。

 あー。すみません。レジがヘルプ呼んでいるみたいです。

 はい、すみません。また電話します。失礼します。



 ミシェル宅で行われる原稿合宿で最低一人は必ず足りない状態で営業しているため、アニゲーブックスイケオウル店は多忙を極めている。

 ただでさえ異世界にきてから、少ない人数で回していたのだ。そこからさらに、一人か二人、常に穴が空くというのは、予想していたよりもはるかに過酷だ。

 ついでにいえば社員は店長である俺一人なので、当然のように一番地獄のシフトになっているのは俺だ。三日に一回しかアパートに帰っていない。年末年始の繁忙期レベルの労働を、一ヶ月ずっと続けるようなものだ。

 今日は姫様、セージがシフトに入っているが、どちらか一人が休憩に入っている間は実質二人。お昼過ぎ、閉店間際が一番混むのでその時間帯の休憩は避ける。二人しかいない時は、基本俺がレジ。二人しかいないと問い合わせ対応などでバイトが俺を呼びにくる時、レジを無人にしてしまうからだ。

 本社への定時連絡も、なるべく早めに切り上げる。先ほども電話の途中でレジに呼ばれた。そして、そのままセージが休憩に入ったので、交代して俺がレジ。

 だからその時、俺がレジにおさまっていたのは必然なのである。

「ちょっと、ミシェルのコミウォ参加をこの店がバックアップしているって、どういうことですの!」

 しかし、突然見知らぬお嬢さんが乗り込んでくるのは想定外。

「ええと……どちら様でしょうか?」

 髪の毛が青い。THE異世界人。そして縦ロールヘア。ドレスは紫で、手には扇子。ミシェルとは系統の違うプリンセス。メルヘンというよりは、ゴージャス系。

 女子向けなろう系小説の悪役令嬢モノとかでよく見るキャラデザインだ、これ。口調もなんかいかにもな感じだし。

 ちなみに補足しておくと、なろう系悪役令嬢はよく乙女ゲームのライバルポジションとして登場するが、実際の乙女ゲームにはなろう系に出るタイプの悪役令嬢が登場することはほとんどない。なろう系独自の文化である。

「私の名はアイリーン・ノワール! 芸術学院ではミシェルと首席の座を奪い合うライバルですわ!」

「あっ、はい」

 説明的な自己紹介セリフをありがとう、アイリーン嬢。というか、ミシェルは首席レベルの成績なのか。そりゃあ初めての同人誌で、伸び代ありすぎな絵を披露するはずだ。

「この店ができてから、あの娘はコミックのことばかり。魔法絵画術の首席が、毎日エロコミックの生成ばかりを行なっているのです。ライバルとして看過できませんわ。貴方達、妙な洗脳をなさったのでしょう!?」

「あ、それは……なんかすみません。でも洗脳するようなマジカルパワーはないですね」

 アニゲーブックスのせいでミシェルがふたなりという性癖に目覚めたのは、間違いなく事実である。しかし、それを洗脳と言われるのはいささか語弊がありすぎる。

「あ、会計待ちのお客様がおりますので、少々横にずれてお待ちいただけます?」

「いいでしょう!」

 アイリーンは素直に、しまっているサブレジの近くに移動した。悪役令嬢っぽい外見と肩書きだが、普通に品が良いお嬢様だ。

 ゴブリンさんに少年漫画を三点お売りしたところで、売り場管理をしていた姫様がレジ近くにやってきた。どうやらオークさんにまた貢がれたらしく、本日の衣装はまたもメイド服。

「屋敷から使用人を連れてきているのね。貴方、どこの家の者ですの? 名乗りなさい」

「いや、どこの家っていうか、この店の店長です。名前は小田です」

 ちなみに、実家は埼玉。特別何もすごいことはない、リーマンの両親。

「姫はメイドさんですけどー、てんちょの使用人じゃあないでぇす」

 妙に間延びしたアニメ声で、姫様が横入りしてきた。今はややこしくなるので黙っていて欲しかった。

「メイドは使用人でしょう」

「メイドはぁ、姫にとっては人生の一部なの」

 アイリーンがこちらに目配せしてくる。どういうことなのか説明してほしいのだろう。しかし、姫様の人生哲学は、姫様にしかわからないので俺には答えられない。正直、勘弁してほしい。

「まぁ、いいですわ」

 いいのか。今度は俺の方が納得いかない気持ちになってしまった。姫様はアイリーンのことを敵認定したらしく、暗黒のオーラをまといしものになっている。勘弁してほしい。

「この店のことについて、もっと詳しく聞かせてもらいましょう。どうやってあのミシェルを籠絡したのかをね」

「籠絡っていうか、ミシェルさんが自分から性癖の大海原に飛び込んでいったというか」

「嘘おっしゃい! あんな、ふ、ふたなり!? の、エ、エロい話なんて、そんな大胆な娘ではなかったはずですわ」

 あ、やっぱりこの世界でも、初めてのエロデビューでふたなりにいくのはかなり変わった性癖なのか。安心したような、残念なような。

「俺もできればもう少し段階をふんでソフトなところから攻めていってほしかったんですけど、性癖に嘘をつくのはこの店の存在意義の全否定なので無理ですね」

 だって、もうふたなり本を作る前提でスタッフも応援に行かせているし。ここで諦めたら、俺が地獄シフトに耐えている意味もなくなるし。

「大体、成人指定の本が、一般向けの本と同じ店で売られているなんて、間違っていますわ!」

「あー、それは日本でもよく問題になるやつなんですけど、基本うちの店は棚位置やポスターでゾーニングしていますよ。あと、成年指定は年齢確認必須です。こっちの年齢確認、最初はだいぶ大変だったけど」

 オークさんやゴブリンさんの年齢、わからないし。学生証らしきものを出されても、まずはこの世界の学生が校則的にエロ本買ってもO Kか調べるところからだったし。

「いや、苦労したんですよ。ミシェルさんに色々聞いたおかげで、学生さんでも学院四年からはエロOKってわかって助かりました」

「そういう問題じゃないですの!」

 アイリーンがキレた。キレられても、こちらとしてはやってもいない洗脳の罪を認めるわけにはいかない。もちろん、ミシェルの性癖を否定することはできない

 自分が萌えていなくても、この店に来る誰かの萌えならばそれで良い。あらゆる性癖にやさしい世界がこのアニゲーブックスである。

「あのぉ……姫はぁ、納得するまで、この店の本を読んでみればいいと思うのね。どの本も萌えなければぁ、それをミシェルちゃんに伝えればよくないですぅ?」

 姫様が再び横槍を入れる。今回はナイス横槍である。ただでさえレジに俺が入っているレベルで人手不足な現状、このままレジ前でねばられるのは勘弁していただきたい。

 セージはまだしばらく休憩から戻らないだろう。たった二人しか店員がいない時に、レジ前に固まって客対応するのは防犯的にもよろしくない。

「そうですよ。まずはこのアニゲーブックスの本をご覧になってみてください。ミシェルさんみたいに、意外にハマるものがあるかもしれませんよ」

「ふん、私の目にかなう作品があるとは思えませんけれど、そこまで言うならば見てあげないこともないですわ!」

「あー、はい。姫様、ご案内してあげて」

「はぁい……」

 あんまり気のりはしない様子で(多分メイド服で使用人扱いされたから)姫様はアイリーンに店内を案内した。

 約一時間後。セージが昼休憩から戻ってきた頃に、アイリーンはレジにやってきた。

 腕の中に数冊の本を抱えて。

 タイトルは……『俺とお前の運命の恋』『オレたち付き合っています』『αはΩを離さない』……思いっきりBLである。オメガバースを含む。

「こちら、三点でお間違い無いでしょうか?」

「……間違いないですわ」

「一点、成年指定を含みますので、身分証のご提示お願いいたします」

「……これですわ」

 ミシェルの学院と同じ、カードタイプの学生証。四年であることを確認。

「三点で一六七〇円になります」

「……これでよろしくて?」

「二千円お預かりいたしましたので、お釣りが三三〇円になります。ありがとうございます」

 袋に入れた本を渡すと、アイリーンは顔を真っ赤にしてプルプルと震えていた。

「こ、これで屈したなどとは思わないでいただきたいですわね!」

 捨て台詞を吐きつつも、買った本はしっかりと胸に抱えて、アイリーンは去っていった。その後ろ姿を見送って、姫様がひとこと。

「てんちょ、あの人、メロディちゃんの手描きポップめちゃくちゃ見入ってましたよぉ」

「なるほど、メロディと同じ魂の持ち主か」

 BLか百合にしか興味がないメロディと共鳴してしまったなら、もうそれは運命だろう。グッドラック。またのお越しをお待ちしております。

「あの、店長、何があったのか知りたくない気がするんですけど、何があったんです?」

 セージの言葉に、俺は姫様と顔を見合わせて曖昧な笑顔を浮かべた。

 こっちだって何があったのか、説明するのが面倒だよ。悪役令嬢が乗り込んできた上に、腐女子になって帰っていったとかさぁ。

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